1、ふりだしに向かう(4)

 宛もなく歩いていたらポケットの中で携帯が着信していた。知らない電話番号からだ。もしかしたらどこかしらの企業から連絡がきたのかもしれない。今となってはどうでもいいが、万が一採用通知ならば断らなければならない。


 受話すると聞こえてきたのはかつて聞きなれていたはずの声だった。その声の主は数年の月日がまるで空白だったかのように、僕の感情の全てを無視して話し出す。


「ハタチになったらって約束覚えてる? 遅くなっちゃったけどもし良かったら久しぶりに飲まない?」


 就活で忙しいので、なんて言って断ったらあの時の仕返しになるだろうか。そんな嫌味なことを考えていたら彼女は続けてこんなことを言うのだ。


「今さっきね、平沼先輩にフラれちゃったの」


 僕はクズだ。無職で自分がない。何もない。こんな自分が嫌いだ。もうわからない。何もかも。今までずっと逃げてきた。立ち向かっても負けてきた。もうこんな人生どうにでもなっちまえばいい。


「良いね。飲もう、どこで飲む?」


 僕の言葉はきっと明るく軽快だったに違いない。この数年の様々想いと経験を全部無視しているのは僕だ。たった今この瞬間僕の数年間はなかったことになった。


 後になって思ったのだが、この返事をした時僕の頭には一瞬たりとも詩穂のことが過らなかった。対して美沙希は平沼先輩に告白された時、僕のことが頭を過っただろうか。それがわからないから、僕は美沙希のことが嫌いになれなかったのだ。できれば僕のことなんて一瞬も考えていてほしくない。そうすればきっと僕は美沙希のことが嫌いになれたはずだった。


 美沙希に会いに電車に乗る。僕は一体何を期待して彼女のところへ向かっているのだろうか。


 こうしてクズな僕は、また美沙希を中心にしてふりだしに戻るのだ。

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