うなされる十夜

しお部

第1話 風呂

 こんなにうなされた。


 私はずんどうな老木に、一所懸命に登っていた。老木の太い枝に、浴槽が載せられており、湯が貯められている。その不思議な風呂場で、入浴しようとしていたのだ。もちろん服は着ていない。タオル一枚で登っていた。



 すると木の下から声がする。

「何してるんだ」

「風呂に入るんだ」

と、私は彼に聞こえるように、大声で答えた。



 彼が立つ歩道には、多くの人々が行き交っているようだ。私は、枝に載せられている浴槽に向って、一歩一歩と老木の窪くぼみに、手を掛け足を掛けながら進んでいた。


 

 木の下に立つ彼は、中学時代、狸とあだ名された同級生のようだった。それがそのまま大人になったような顔立ち、出立ちで、上を見上げて、また何か言っている。

「商工会の副会長を、お願いできないか」

「嫌だね」

 私は、彼の申し出を断わり、さらに木の上の風呂場へと向った。



「そんなこと言わないで」

 彼の近くに立つ女性が言った。段々と上に登りつつある私には、その声が聞取りにくくなっていたが、そう言ったと思う。

「嫌だね」

 私は構わず木を登っていった。



 徐々に、木の下で私を見上げる人が、増えてきた様だ。皆が、商工会の副会長や自治会の副会長、同窓会の副会長など、此の世にある、あらゆる副会長になってくれと言って、叫んでいるのが聞こえる。

「嫌だね」



 近くに見えていたはずの老木の枝に載せられた浴槽まで、なかなか辿り着けない。登れば登るほど、遠ざかっていく様だ。浴槽を引っ掛ける枝が急に伸び始めたのだった。私は慌てた。いつまで経っても辿り着けないと、慌てたし、焦りもした。

 そんなときに、副会長就任の要請などあるものか。



 浴槽から上る湯気が、高く舞い上がり、夕陽の光を受けて、紅く染められてゆく。しばらくすると浴槽は雲を越え、白く広がる光に輝くだろう。木の下の、皆の声も姿も見えなくなった。



 私は雲の上に出た。そこでやっと、老木の風呂場に辿り着いた。

 ゆっくりと湯につかっていると、羽の生えた見慣れぬ狸がやって来た。

「入浴料をよこせ。あと商工会の副会長になれ」

 そう言って、こちらに手を出す。

「分かった」

と、私は承諾せざるを得なかった。



 そんな夢にうなされた。




(つづく)


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