第31話 新藤綾香の物語

 性善説、性悪説って言葉がありますよね。私は断然、性悪説派です。それはもう、身を持って経験してきましたから。でも最近は心に余裕が出来ていて、人の性は悪、と言うよりも多くの人はただ頭が悪いだけなんだと解釈するようになりました。正吾君を見ているとそう思います。

 何の話かって?ああ、そうですよね。意味分からないですよね。大した話じゃないんです。ただ私、イジメが原因で自殺してるんです。え?だから意味が分からないって?そうですよね。すみません、そしたらつまらない話ですけど、少し私の物語を聞いて貰えないでしょうか?


 初めて自殺したのは高校生の時でしたか。それまでもずっとイジメにあってたんですけどね。えーと、私にとって致命的な事があったんです。あのドラマとか良く見るテンプレな攻撃です。トイレに入ってたら上から水掛けられたんですよ!私も色々経験してますけど、やっぱり物理的な攻撃が一番効くんですよね。あ、ちなみに一番楽なのは無視です。体育の時間とか少ししんどいだけなので。

 それでですね。それまでのイジメの事もあってですね。急に全部嫌になってしまったんですよ。私が通ってた高校の制服ってネクタイ付きだったんですよね。私もそりゃあ自殺の方法とか調べてたりもしていたので案外簡単でした。要は柔道の締め落としを、ネクタイを使ってセルフでやります。ハンカチとか使って要所を圧迫しやすくするとやり易いです。いわゆる普通の首吊りも実際には苦しくないらしいですが、やっぱり怖いじゃないですか。


 とにかく、そんなこんなで自殺しました。したと思ったんですけどね。目を覚ますと目の前には天使がいて、あまりにも不憫だから人生をやり直させてくれるって言うんですよ。いや、拒否しましたよ?やり直したって上手く行くとは思えませんでしたし。でも私に拒否権はありませんでした。気付いたらベッドの上。懐かしい部屋。親の転勤で良く引っ越してたんですけど、二回前の家でしたね。部屋のカレンダーを確認したら中学一年生の終わり位のタイミングでした。

 思い返してみると、確かにここはターニングポイントだったんです。中学二年生に上がる時に転勤があってですね、転校先で最初の挨拶で噛みまして。恥ずかしくて誰にも話しかけられなくて、誰も助けてくれなくて。そこからイジメが始まったような気がします。なるほど。それを回避すれば私の人生は上手くいくのか。私にしては楽観的にそう捉えました。

 

 それで、上手く行ったかって?はい。挨拶は問題なく出来ました。大人しいグループに入れました。わーい。これで明るい未来が待ってるぞー。天使さんありがとー。


 ってなれば良かったんですけどね。私、実は漫画を書くのが趣味なんですけどね。それも少女漫画と言うより、BL的な?授業中に描いてるところが男子にバレてですね。残念ながら理解を示してくれる友達もいなくて。自業自得と言えばそれまでなんですけどね。背筋が凍りました。またイジメが始まるという確信がありました。そして実際にその通りになりました。後はまぁ、前の人生と大体一緒でした。面白かったのは、前の人生の時とは別の高校に進学したんですけど、結局トイレで水掛けられたんですよね。それで、気付いたらまた天使が目の前に。有無を言わさず中学一年生の終わりからリスタート。


 まぁでも対策は見えてる訳じゃないですか。要は転校初日の挨拶を失敗せず、その後の学校生活においてイジメの原因になりそうな趣味を見せなければ良い。私だって幸せになりたいですから。見えている地雷をわざわざ踏みに行くような事はしません。それで、その結果どうなったか。


 やっぱり駄目でした。理由ですか?そうですねぇ。私の態度じゃないですかね。考えてみてくださいよ。私が入っていた大人しいグループの女子達だって、前の人生ではイジメに加担していた訳ですよ。信じられる筈ないじゃないですか。私には周りの人間全員が地雷に見えていました。踏まないように踏まないように。最低限の、上っ面だけの人間関係。そんな中でクラスで上位の女子が、ちょっとあの子気に入らなくない?ってなった時点でアウトです。誰も助けてくれませんから。

 イジメが始まってもですね、一応私も頑張るんですよ?でも、トイレで水を掛けられたら終わりです。反射的に自殺してしまいます。あ。ちなみにこの時は高校入学直後位でしたね。前回、前々回より早かったです。


 天使は残酷です。私は泣きながら訴えましたよ。もう止めてくださいって。でも駄目でした。中学一年生からリスタート。


 悩みました。一体どうすれば良いんだろうって。これまでの経験を振り返ってですね。ある方法を思い付きました。演じるんです。明るい子を、全力で。誰にも嫌われないように。

 そうなってくるとやはりスタートは肝心です。中学二年生。転校初日の挨拶。高校デビューじゃないですが、ここでの第一印象が大きく響いてくるだろうなって思いました。今まで化粧なんかしたことないですし、中学ではそもそも禁止ですが、母に聞いたり雑誌を見たりして出来うる限りお洒落に見えるように気を配りました。転校初日の挨拶だって色々考えて何度も練習しました。


「新藤綾香です。は、初めまして。よろしくお願いしましゅ!」


 何度も、練習しました。でも、いざ皆の前に立った時、頭が真っ白になってしまいました。台詞も全部飛んで、まともな挨拶すら出来ない。最初の人生と同じルート。当然その後のフォローも出来ない。一日が終わる。またイジメが始まる。


 終わったと思いました。今回もまた、どこかのタイミングでトイレで水を掛けられて自殺するんだろうなって。もう、諦めてました。そんな時です。


「ちょっと話があるんだけど、良いかな」


 帰宅しようとしていた私に、誰かが声を掛けてきました。怖かったです。今回は、もうイジメが始まるんだって。


「……なんでしょうか」


「引っ越してきたばかりで町の事とか何も知らないだろ?といってもまぁ、ショッピングモールくらいしかないけど。週末、暇なら案内するよ」 


 デートの誘い?意味が分かりませんでした。こんなことは、今まででなかった。


 声を掛けてきた男子は前田正吾。彼の事は認識していました。私へのイジメはクラスのほぼ全員が参加していましたが、彼だけはそうしなかったからです。でも、今まで助けてくれた事もなかったのですが……。


 週末の約束だけ取り付けて彼は部活に行ってしまいました。私は周りの女子に囲まれてもみくちゃ状態ですが、お陰で挨拶の失敗も帳消しにされたようです。私はここぞとばかりに明るい女の子を演じました。結果、今まで属したことのない上位グループに入ることになりました。理由は単純です。前田正吾はクラスのリーダー的な立ち位置だったから。これも私には不思議でした。これまでの人生において彼は、孤高というか、あまり目立つ事をするタイプじゃなかった筈なのに。


 何にしても、今回の人生は今までにないくらい明るいスタートを切りました。


 そして。


 私が正吾君に恋心を抱くのに、そう時間は掛かりませんでした。



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