第13話 恋愛感情とか言う邪魔なバイアス

「正吾、進路面談なんて書いた?」


 昼休み。中学生も二年生になると将来何になりたいか、というよりはどの高校に進学したいかという調査が行われる。そう言えばあったなぁ。当時もあんまり意味がないと思っていた。やるのであればズバリ何になりたいかを書かせてその仕事に関する給料とか内容の実態説明だったりそのためにはどういうルートがお勧めかを助言してくれたら良いのに。それこそリクルート会社と提携とかしてさ。


「そうだなぁ。なりたい職業はある程度決まっててさ。インフラまたは準インフラ系で、

後は転勤がなければ何でもOK。電力会社でも良いし、例えばティッシュとかの日常品を作る工場でも良い」


「何それ。正吾、県内一番の進学校に行って、そこから東大とか目指すんじゃないの?」


「どうかなぁ。結局さ、良い大学に入って大きな企業に入るとさ、管理する側の仕事になるわけですよ。給料は良いけど、対人ストレス半端ないし、大きな会社って基本的に全国展開してるから転勤は回避出来ないし、下手すれば海外なんてのもあり得る」


「えー?海外とか格好良いじゃん」


「やだよ。製造系だったら間違いなく後進国になる。かといって金融とかITとかも興味ない。技術の進化なんかこれ以上は不要だとさえ思ってるくらいだ」


 もう少しするとスマホとかSNS出てくるけどアレは進化と言えるのだろうか。やれる事と金額が全然釣り合ってないというか他人と一々繋がりたくないというか。このくらいの時代が丁度良かった気がする。ゲームとかもそう。グラフィックが綺麗になったから何?って感じ。皆もっと中身を見ようぜ。


「そういう情報、一体どこから得てくるの?」


「主に綾香ちゃんパパからの愚痴から」


 あれから綾香ちゃんパパと何度か会ってるのは本当だけど、実際は経験談です。


「俺、お金の掛かる趣味もないし、そんなに給料はいらない。インフラなのは、なくても良い事を仕事にしたくないから。例えばさ、化粧品とかなくても困らない。テレビとかのメディアもそう」


「えー?正吾、普通にテレビの話とかで盛り上がれるじゃん」


「リア充でいるための努力ってやつだよ。実のところ、芸能人に対しての羨ましさとかは全くない」


「そうなの?」


「彼らが一杯お金を貰えるのは、人々が彼らに羨望の眼差しを向けてくれないと広告塔としての役割を果たせないからだよ。プロデュース側は凄いと思うけど、される側は運が良いだけなんじゃないかと思ってる」


 まぁどっちにしても要らない物は要らない。やり直し前でも家を出て以降テレビも新聞も見てなかったけど一度も困ったことがない。欲しいものは自分で調べれば良いだけなのだ。


「……俺は正吾みたいに頭良くないからさ。なんとなく東京とか行きたいなって思ってるんだけど、どう?」


「俺なら選択しないけど、だから悪いってこともない。東京の大学で薔薇色のキャンパスライフを送るってのも、それはそれで楽しいと思うし、出会いの数は多ければ多いほど良い。日本ならどんな選択をしたって死ぬ訳じゃないし。重要なのは、彰が何を優先するかだよ。将来、どんな風に生きたいか。具体的であるほど良い」


「そんなの、まだ分からねぇよ……」


 だよね。俺だってやり直し前にここまで考えていた訳じゃない。ただ頭が良くて働きたくもなかったから適当に一流大の大学院まで行っただけの話だし。


「まぁ、友人として助言するなら、今のうちに真剣に考えた方が良いとは思う。途中で路線変更するのは難しいんだ。レベルを上げる事も、下げる事も。……いや、なんか脅すみたいになったけど、無理しない範囲で適当にやれば良いと思う。地元で適当に就職して可愛い幼馴染みと結婚するってのも、悪くない。そう。本当に考えるべきなのは結婚だけです」


「まぁ、その辺、正吾はガチってるからなぁ。最近綾香ちゃんとはどうなの?親と会ってるくらいだから、上手くいってるんだろうけど」


 季節は夏。ちなみに彰は先月香苗と別れました。方向性の違いでしょうか。っていうか一般的に中学生が付き合う意味ってあるの?女性との付き合い方の練習かな。意味あるじゃん。


「そうなんだよ。ほら、付き合い始めの一件があってさ。彼女の親、すげーウェルカムなんだよ。おまけに綾香ちゃん、結婚相手としては申し分ないんだ……」


「いや、何で深刻そうなの?」


「綾香ちゃん、俺の事を神様かなんかだと思ってる節があってさ。いわゆるゾッコンですよ。俺の言うことに何も文句を言わない。相手に否定的でないのは俺も同じだし、そもそもおかしな事も言わないけど」


「え?急にノロケ入った?」


「いや、だからこそだよ。これじゃあ、綾香ちゃんが相手に求める条件が分からない。あのシンデレラ状態が解けるまで判断できない。困った」


 この状態がズルズル続くことが何を意味するか。いつか魔法が解けて彼女の本音が聞けた時、実は彼女にとって俺が不合格である場合にはそれまでに掛かった時間全てが無駄になる。時間は有限だ。この関係を続ける事は非常にリスキーな話なのだ。かといって浮気という選択肢はあり得ないし理由もなく別れるのは難しい。それは綾香ちゃんが可哀想だ。


「そんなときは正吾、別れれば良いんだぜ!得意だろ!そして俺と一緒に新しい女の子を探すんだ!俺が信じる、お前を信じるぜ!」


 何で急に兄貴なの?言ってること普通に最低なんですけど。あ。やば。彰がデカイ声出すから綾香ちゃんがこっちに来たじゃん。うわ。既に泣いてるし。めんどくさ……。彰、お前マジでぶっ殺すぞ。


「じょうごぐん……、わだじとわがれだいんでずかぁ?」


 妖怪かな?


「ちょっと!綾香ちゃんが可哀想でしょ!謝りなさいよ!」


 委員長と見せかけて図書委員の花井さんが正義感をぶつけてくる。はは。悪いのは彰だけだぜ?しかし振り向けばそこに彼はいない。凄い生存本能だ。うん。そういう要領の良い所、嫌いじゃないぜ。


「いやいや。そういう話じゃない。真面目な話なんだ。俺は綾香ちゃんと結婚したいと思っているけど、彼女から見たらどうなのか心配だなっていう」


「……そうなの?」


「正吾君!私、信じてました!私、正吾君とならいつでも結婚しますから!それは杞憂というものです!むしろ今すぐ結婚しましょう!」


「それは法律的に出来ないし学生結婚する気もないです」


「もう!そういう堅実な所も大好きです!」


 パァ!って感じに花が咲いたような笑顔を放つ綾香ちゃん。こりゃあかん。うーん。魔法は中々解けそうにない。


 ……さて。どうやってこの停滞を打破しようか。



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