第15話 その想いは情景と共に

「うおおおお!」


 勢いよく斬りかかる。

 刀が発火する。

 怪物を喰らうように炎は燃える。

 真っ二つに割れた人の形は泡のように崩壊する。

 最初の無名の怪異は無言のままに消え去った。


「次は!」


『二時の方向!』


 目視で二体目の怪異が見えた。

 だが同時に、周囲に集い始めている複数の怪異、その集団の位置も把握してしまう。

 そうだ。黄昏が伝えてきた怪異はここから一番早く処理できる怪異だっただけで数は今も増えている。

 直感がビリリと体を重くさせる。

 これでは時雨さんを守れない。

 守れない。

 この方法では守れない。

 

「くっ!あああああああ!」


 刀を振り上げて二撃目。

 肩から右脚までを切除する。

 消滅を確認する前に体は次の敵へと動いていた。


 熱い。

 熱い。

 白煙が熱い。

 体内から噴出される鬼の力はまた体を蝕み始める。


「ぐああああああ!」


 三体目。叫びながら時雨さんの背後に潜んでいた敵を焼き払う。


『この速度だと捌き切れないぞ!』

  

 間に合わない?

 間に合わせる?

 それでも間に合わない?

 いつまで斬る?

 

【お前はもう負けている】


 ああ。

 幻聴がくる。


 黙れ。

 黙れ黙れ黙れ。


 じゃあどうする?

 諦めるのか?


 否。


「僕は、ここで諦めない」


 無意識の内に、右手に魔力が集中していた。

 やり場のない怒りが、収束する。


「はああああああああ!」


『なっ!主人様!』

 

 次の瞬間。

 腕から爆発するように白煙のような何かが解放される。

 ふわり。

 一点から勢いよく噴き出たそれは理不尽にも周囲の怪異を焼き殺した。

 怪異の発生源それ自体を殺すように。


「はぁ、はぁ、はぁ」


『と、とんでもないな』

 

 おそらくは黄昏の『怪異殺しの力』を自分の魔力と混ぜることで毒ガスのように噴射した魔術とは言い難い戦術。

 衝動的にとった行動にはもちろん代償があった。

 

「腕が焼けた」


 魔力の集中に耐えれなくてオーバーヒートしたのだろう。香夜が言うには僕の体は魔術の負荷に弱い体質みたいだし。

 右腕から白煙がドッと溢れ出ている。


『にしては驚いとらんな』


「どうせ治る」


 慣れてはいけないのだろうけど、慣れてしまった。

 ほっとけばすぐ治るという事に。


「青咲、くん————それに黄昏?」


 赤い刀は物質化したまま場を離れない。

 何かを考えているように。

 何かを見ているように、静かに。

 であれば当然、時雨さんもその存在黄昏をしっかりと認知してしまう。


「あ、大丈夫?時雨さん。どこも気持ち悪いところとかない?」


 にこりと笑ってそう言うけど、僕の声は震えていた。

 自分でもしっかりと自覚するほどに。

 さっきの攻撃が、もし生身の人間に対しても有効だったら。

 咄嗟に閃いた戦法で、もし、大切な人を殺していたら————。


「いえ。あ、青咲くんその腕————」


 ギョッとした目で右腕を見る。

 火傷のように全てが炎症している手を見れば、そりゃあそういう顔になってしまう。


「ごめん、しんどいね————せっかくの夏祭りなのに」


 ぎゅうと胸が痛くなる。

 僕が余計な事をしなければ彼女は彼女なりに穏やかに暮らせたのかもしれない。

 もしかしたらもっとちゃんとした怪異のプロが彼女の前に現れたかもしれない。

 勝手に彼女を救った気になっていた。

 でもそれは違うのかもしれない。

 再び突きつけられたこの責任に心は追い詰められる。

 ぐらりとバランスを崩し、しっけた土の上に横になる。

 黄昏はカラカラと地を滑り、離れる。

 夏の匂い。

 警戒していた虫たちがまた演奏を始める。

 

 キーキーキー。


 結末を笑う音のように。虫たちは平然と鳴く。

 時間は、怠慢を許さない。


「僕は結局、余計な事を————」


 数秒の沈黙が流れる。

 風が吹き、雲は流動し、月が街を照し始める。

 

「空は、何も変わらないな」


「そうですね。空はどんな時でも変わりません」

 

 いつの間にか時雨さんが僕のそばでしゃがんでいた。


「あ————」


 突然、彼女の手が頭に触れる。


「青咲くん————あり、がとうございました」


 すっすっと優しく撫でられる。

 いつぶりなんだろう。こうやって頭を撫でられるのは————。


「私、このまま早くに死んでしまうんだろうなって。ずっと思っていたんです。妥協して、諦めて、それでも辛くて、泣いて。でも、青咲くんはそれを一日で解決しちゃった。もしかしたら、ほんのちょっと無理やりだったのかもしれませんけど、わ、私が救われた事は事実なんですよ。この先にどんな苦悩があったとしても————」


「よく言った」


 人型になった黄昏も、にこりと微笑みながら僕に近寄る。


「原因なんて色々ある。お前さんが吸血鬼だから、その生命力にやられたのかもしれない。儂という『怪異』という存在に引き寄せられたのかもしれない。はたまた時雨の一族の血を狙ってのことかもしれない。だからな、そう考え込まなくてもいいんだよ。いつかはきっとこうなってたのさ」


「いつかは————きっと————」


「そう。いつかはきっと。主人様が雪を助けなくとも何らかの原因で数年後にはこうなってだろうよ」


「………」


 きっと、黄昏の言う通りなのかもしれない。

 だけど、やっぱり納得しきれない、しちゃいけないと思う自分がいたのも事実。

 だから僕は最後の最後まで彼女を守らなきゃいけないのだと、そう心は叫んだ。


「時雨さん————どんな事があっても、君を守るよ————」


 それが今言える精一杯の思い。

 その言葉に、時雨さんは綺麗に微笑んだ。


「はい!」


 タイミングよく、夜空に光が飛翔する。

 一定の高度に至ると、その光は開花する。

 

 どん。


「わぁ」


「お、おお」


 ああ。綺麗だ。

 きっと、この情景はずっと忘れない。

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