第172話 憤怒の炎は吹き消された

主の承認は得た。

承認が早過ぎたことに驚いたが、我が主ならば当然か。

主は更なる状況の混迷――――――ダンジョン内の混沌を望んでいる。


もう敵対者の声も、煩わしい攻撃も、目障りな魔法攻撃でさえも気にならない。

稚拙な連携も、紙のような防御にも、今なら苛立ちも感じず喜びと共に打ち砕こう。

この場に満ちる恐怖が、悲鳴が、怒号が、主の望んだ状況へ一歩近づけるのだ。


そんな主の望みの一助となれる、それだけで先ほどまでの怒りは彼方へと消え去り、そして代わりに湧き上がってきた喜びに打ち震える。

即ち、主の承認を得てから。




オハナ眷属 2号 の特殊進化を開始します




それら全てが――――――福音であった。





















此方を蹴散らすように進んでいたオハナ眷属『2号』、此方の前衛の攻撃にもびくともせず、後衛を潰すことに専念していたかのような相手が突然歩みを止めた。


何が起きた………?


わからない。

わからないけど、


そんなぞわりとした嫌な気配を感じた。


「全員今すぐ先に進むんだ!!何かわからないけどとんでもなくヤバい気がする!!全力で走れぇー!!!!!」


言うが早いか僕も2号が守っていた扉へと駆け出す。

いつだってオハナとその眷属たちは此方の予想を上回って来た。

想定なんて意味がない、判っている事への対策に全力を注いできた。


そして今、オハナとその眷属を相手にした時特有のがする!!


2号はまだ止まったままだ、けれど嫌な気配は止まらないどころか更にそれを強めている。扉に向けて走っている今も、背後から濃密な殺気が膨れ上がるのを感じて泣きそうになる。


「SOUさん!?何やってるんだ!?敵が動かない今がチャンスだろ!?」


僕の言葉に異を唱えたプレイヤーが何人か、微動だにしない2号を攻撃しに行く。


知らないよ!そう思うなら勝手にすれば良い!

僕は一刻も早く此処から離れたいんだ!!

今の2号を相手にしてはいけない、戦いの時間はついさっき終わったんだ。

此処からはきっと――――――。


瞬間、背後から爆発的な熱を感じて足を止めた――――――否、止めて、振り返ってしまった。

そこには変わらず動かない2号、先ほどまで攻撃していたであろうプレイヤーたちは攻撃の手を止め、一人、また一人と此方に駆け出し始めていた。

徐々に2号の身体が赤褐色へと変化していき、身体の所々に走る鮮やかな赤い線は血管の様だった。

頭からは炎が噴き出し馬の尾のように、そして獣の牙のような鋭く尖った口の部分が割れる様にして出来上がった。

まさか、進化しようとしているのか………?


「ゴオォォォ――――――!!!!!!」


周囲にまだ居たプレイヤーたちを竦み上がらせる咆哮と共に、2号の身体中から蒸気が立ち昇り部屋の空気を焼く音が響く。


「逃げろぉぉっ!!!!!!!」


叫びつつまだ状況を確認しようとしてしまう自分が嫌になる。

本当は誰より先に扉の先へ駆け出してしまいたい、それなのに彼らを扇動してしまった責任感なのかそれが出来ずに居ると、突然発生した爆発によって僕は吹き飛ばされた。

飛ばされながらも2号の姿を確認すると、蒸気が昇っていた赤褐色の身体は全身が銀色に輝き、所々に走る鮮やかな赤い線はそのまま、炎のたてがみと両腕に備えたトゲ付きの大きな盾、身体の大きさは変わってないはずだが威圧感からか大きく見えた。


こんな魔物知らないっ………まさか………ユニークモンスター………?

唯一無二を此処に出現させるなんて――――――。



此処からはきっと戦いにすらならない。




僕は幸いにも扉の先へと吹き飛ばされた。

ヒトヨリさんに受け止めてもらってダメージも少ない、すぐに回復しようと仲間が集まってくるのを手で制止する。


「すぐに離れよう、ヤツがあの部屋の中だけを活動範囲に定めてるかわからない。最悪扉の先に居る僕たちを攻撃してくるかもしれない」


僕の言葉に皆頷いてくれた。

「助けよう」とか、言い出す人が居なくて良かった………。



















オハナ眷属 2号の〖ニルヴァーナ〗への特殊進化を完了しました。




ニルヴァーナですってよ?

なんかカッチョ良くない?――――――って2号の編成コストヤベェ!!!


2号一人編成するだけでこのフロアのコストギリギリなんだけど!?

オハナの眷属って事でコストの割引が適用されてるはずなのに噓でしょ!?


「他の魔物を自然発生させず、罠も全て解除しておきました。勝手ながら眷属の皆様にはくれぐれも2号様の居るフロアへ立ち入ってくれるなと、オハナ様の名前を使って指示しています」

「ありがとうサンガ」

「これからは後先考えず進化させるのはやめてくださいね?」

「その後先さえ考える暇が無かった場合どうしたら良いの?」


「「………」」


このあと、とりあえず〖お知らせ〗をもうちょっとコマメに見る事で合意しました。

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