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@Trimura

第1話 八百長

 2014年11月26日、その男は着慣れないスーツ姿でグランドプリンスホテル新高輪にいた。この催しに出席するのは8年連続である。着慣れない服ではあったが、この場所にこの男が居ないとエベレスト並に空気が薄くなる。


 もちろん、あなたはこの男の名を知っている。だって、この男の名を耳に、

目に、酒の肴にする事なく生活するのは、雨の中、濡れずに百メートル走り切る程、難しい。

 男の名は、荒川茂男。9年前までは無名に近い存在であった。その荒川が表舞台に立つきっかけになったのは2006年のプロ野球ドラフト会議である。

神宮球場を本拠地に置くシェパーズが、4巡目で荒川を指名した時は、

会場は静まり返り、各球団関係者はスクリーンから目をテーブルにある資料に移した。


 シェパーズの最終ドラフト戦略会議では、オーナー、GM始め監督から荒川の指名は最後(6巡目)と、指示とも取れる、意見が出ていた。それでも球団側にとっては大変な譲歩である。1回目の戦略会議で、スカウトの梅田義正が荒川をリストアップした際、指名には皆、猛反対だった。しかし、スカウトの梅田だけは、頑として譲らなかった。会議を重ねる中、荒川の指名を球団は折れたが、『最後に指名するなら』、と条件を付けていた。


 梅田としては、どの球団も荒川の存在を知らないと思ってはいたものの、確証はない。梅田の算段では、ドラフト候補の顔ぶれから、各球団が3巡目までに荒川の様な実績がない選手を選択する事はない。ただ、4巡目での選択は譲れなかった。梅田は、荒川が1年目から活躍しなければ、私は辞職すると宣言し、

この議論を終わらせた。オーナーは、納得したわけではなく、梅田のこれまでの実績から、一度くらいは、失敗をしても看過できた。ドラフトでは、ある程度の冒険が、大きな成果を上げる。


 荒川が、セ・リーグ打撃部門表彰式に出席する姿を想像出来たのは、

日本でただひとり、梅田だった。荒川が受賞するのは、首位打者、最高出塁率、

最多安打、そしてベストナインである。


                   ***


 平穏時に犯罪を行うと一瞬で全てが調べ上げられる。翌日にはその人間の学生時代の成績、友人のインタビューなどなど。

 でも、その人間の友人が本当に親しかったなんて保障もないし、調査をすることはまず無い。例えばこんな感じである。


 この間、他局で放送された犯人のに付いての調査報告をします。あの友人と紹介された方は、実は同じクラスに1年間一緒だったが、その間、2人の間には殆ど会話を交わした事が無いと分かりました。


『それでは現場から田島さんお願いします』

『はい、現場から田島です。今、私は先日Nチャンネルの報道の中で、友人と紹介されましたAさん(実際の放送では実名がテロップで紹介されていた)の地元に来ています。本当に友人だったのか証言を得るために犯人の同級生100名にインタビューしました。その結果、100名中97名(97名がミソなのである)があの2人は友人では無かったと回答を得ました。それではインタビューの模様をご覧ください』


 そしてインタビューが流れる。インタビューは2人が友人で無かった事を強調する様に巧みに編集されている。そして最後の1人はおまけと言った所であろう。

 1人目:

『僕はどちらも知っているけどあの2人が話しているのを見たことがないです』と前後のやり取りは綺麗にカット。野球で例えるなら、初回、先頭打者が四球で歩いていきなり盗塁を決める感じ。

 2人目:

『私は、犯罪者のB君(こちらも実際の放送では実名が紹介されていた。なぜなら犯人は20歳を超えていたから)を良く知っています。でも、あの友人と紹介された人と私は話した事が無いです。B君もあの人とは殆ど話したことはないと思います。でも信じてください。本当に私はあの人があんな事をするなんて信じられません』これで、2塁にいた走者をセカンドゴロで3塁に進める事に成功。チームバッティング。

 3人目:

『何で今頃来るのだよ。インタビューだったら俺が一番相応しい・・・』全く信憑性の無い人物である。この人物はNチャンネルが犯した間違いを故意に再現している。注意しないとこんなのを選んでしまう、と、視聴者に問いかける嫌味な編集となっている。スクイズ成功って所か。

 ニュースが無ければこんな報道だって視聴者としては面白い気がする。更に、Nチャンネルがこの報道の正当性を追求するのも、ありかも知れない。


                   ***


 そんな時に事件は起こった。そう、とっても不運な容疑者の誕生である。

 ニュース開始を知らせるオープニングの背景に予定変更を示すテロップが流ながれる。番組は、毎週、月曜日から金曜日、午後10時から放送されている。

 今は、6月30日午後10時。取り立てほやほやニュースの幕開けである。


『今日は予定を変更してシェパーズ荒川選手の八百長疑惑について放送します。オールスターゲームを前にとんでもない知らせが舞い込みました』


 看板キャスターは思いとは裏腹に、神妙な面持ちを纏い番組の口火を切る。内心とてもわくわくしている。まるでモテモテの友人から振られ話を打ち明けられた時の様に。


 希望していた報道部に配属され、自分のやりたかったのはこんな大事件を自分なりに演じ伝えること。ニュースの内容など関係ない。自分の演技に酔いたい。本当の気持ちを抑えて役者のように演じきる。念入りに打ち合わせた、筋書きのある報道なんてやりたくない。前準備が過ぎる程、自分の演じる自由が奪われる。報道とは、自分を殺し滑舌良く、事実だけを伝える、と教えられてきたが、そんなのはまっぴらごめんだ。9対0の負け試合に登板する投手の如く、誰が演じたって結果に変わりはない。


『それでは先ずこちらをご覧ください』順調な滑り出しである。まずは舞台の黒子に成り切る。テレビ画面は、当事者である荒川選手のなまの様子を映し出した。映像から、今日のナイトゲームを終えた直後の荒川選手だと分かる。荒川選手からのコメントを獲ようと、アンテナを目一杯張り巡らせていた記者たちが、

まるでライオンが食べ残した獲物を貪るハイエナの様に群がっている。大義と言う牙で獲物に噛み付き、使命と言う槍で獲物を刺す。彼らは獲物の居場所を探る段階を終え、獲得した獲物の味に集中していた。塩を振っても、焼いてでも、肉汁と言う肉声が欲しい。しかし、獲物は、一言もコメントを発し無い。無言の獲物を写している間、看板アナは手書きの原稿と、次の演技の事で頭がフル回転していた。手書きの原稿より、上手い言葉が行列をなして、浮かんできた。看板アナは興奮した。やはり、自分には瞬発力が具わっていたのだ。それは、極限状態でないと発揮しない才能。

速報としては、失敗ではない。コメントを聞けないとしても、獲物を報道することに価値がある。


 オープニングは、成功だった。事件発覚後の姿だけでも報道出来たのだから。

この段階で視聴者もコメントなんて期待していない。追われる姿だけで、優越感を得られる。


 マスコミにFAXが送られたのは、午後8時頃、シェパーズの試合が行われている最中である。視聴者は2時間前の出来事に対して、細かい調査の報告より、

ハイエナに追われる荒川選手を何より期待しているのだ。

それは、どんなに長くても飽きない。視聴率はうなぎ登りに上がっていく。

ハイエナが躍動感に溢れた動きで荒川選手を追いかける。まずまずの合格点であったが唯一の誤算は、荒川選手がどの時点でFAXの存在を知ったのかを聞き出せなかった事である。視聴者の関心に、試合中、荒川選手が球団スタッフから知らされていたのか。もし、知らされていたとすると、今日の4打数4安打の成績が

ドラマチックになる。


 それでは今日マスコミ各社に届きましたFAXについて紹介致します。


『マスコミ各位

 4月18日、神宮球場にて行われた対フォエールズ5回戦において八百長が行われたので通達します。

 一.4回裏1アウト2、3塁。シェパーズの攻撃で荒川選手は故意に三振しました。

 二.8回裏2アウト2、3塁。シェパーズの攻撃で荒川選手は故意に三振しました。

これは単なる荒川選手に対する嫌がらせではありません。不正があった事実を明らかにする事が目的です。今後のプロ野球会を案ずる一ファンより

 以上』


「それでは、指摘のありました問題の場面を野球解説でお馴染みの元プロ野球投手、江田文雄さんとVTRで振り返ってみましょう。江田さんの方よろしくお願いします」


江田をこの場に抜擢したのにはテレビ局のしたたかな思惑がある。現役時代、

江田は新人の荒川に面白いように打ち込まれた。ある試合で解説者がこう言っていた。

『今の江田投手に投げる球はないですね。どの球種を投げても荒川選手を抑える事は出来ないでしょう』と。結果は言うまでもない。


江田はいつに無く神妙な面持ちで頷く。漸く、現役時代のリベンジが出来ると思っているのかは定かでは無い。でもその表情には自分は潔癖であると言わんばかりの主張が現れている。野球での勝負は荒川には敵わなかったが。


 テレビ画面は先ず4回裏の攻撃を映し出す。荒川は園田の投げた初球の変化球を見逃した。2球目は外角一杯のストレートをバックネットにファール。(バックネットにボールが飛ぶ場合、バッターはボールの少し下を叩いた為でありタイミングは合っている)江田は呟く。3球目はインコース高目に外れるストレート。ここでカウントは2ストライク1ボール。そして4球目は1球目と同じ変化球を空振り三振。荒川選手は無表情である。


 VTRは次の場面に移った。8回裏の問題の場面である。初球は外角寄りの

ストレートを見逃す。判定はストライク。荒川はピクリともしない。2球目は外角に外れる変化球。これも見逃す。カウントは1ストライク1ボール。3球目は、

インコース高目に外れるストレートで、荒川は身体を仰け反らせる。荒川はバッターボックスを外して息を整え、手袋のリストバンドを締めなおす。4球目は初球と同じアウトコース寄りのストレートを見逃す。カウントは、2ストライク2ボール。そして、5球目アウトコースにストライクゾーンからボール気味に外れる変化球を空振りし三振に終わった。


 画面は三振に終わった荒川からスタジオの看板アナに切り替わる。

「さて、江田さん今のVTRをご覧になっていかがでしょう?」看板アナはプロ野球OBで歯に着せぬ辛口コメントで有名な江田にVTRの感想を求める。と、同時に画面は再び4回裏の攻撃を映し出す。そして、初球の変化球を見逃した所で

VTRは一時停止。

「これは、大事な場面ですから、ある程度球種にので、山が外れれば見逃しますね。しかし、山を張るなら変化球だと思いますがね。素直にストレートを投げるとは思いません。まあ、キャッチャーの攻めが荒川選手の裏をかいたのでしょう」

「この場面、敬遠はどうだったのでしょうか?」

「良い事を言いますね。確かに、この場面で荒川選手との勝負は博打に近いですね。しかし、まだ、4回ですからね。それにピッチャーも調子が良いい。勝負しても良い場面ですよ」江田はフォエールズ監督の采配を支持し、荒川との勝負に問題を感じなかった。

 そしてVTRは2球目のストレートをファールする場面を流して停止された。

「恐らく狙い通りストレートが来た感じですね。ファールとはね。甘い球でした」江田は荒川の打撃技術を持ってすれば、この球を芯で捕らえる事は難しくないと、暗示した。これに対して看板アナは言った。

「故意にファールを打つことは可能なのでしょうか?」

「それは可能ですね。特に彼くらいの技術があれば。良いバッターと言うのはヒットやホームランに出来ない難しい球を故意にファールで逃げる技術がありますから。普通はツーストライクに追い込まれないと、カットつまり故意にファールにすることはしませんが。しかし、今のスイングはカットしに行った様には見えません。それに、通常故意にファールにする場合、右打者なら右側に思いっきり引っ張るか、ライト側に流し打ちをするかです。バックネット裏にカットをするのは、相当な技術がいります」

 看板アナはそんな事が出来るのかと視聴者を代表して驚く。

「それでは、続きを見てみましょう」

 VTRは荒川が3球目のボール球を見逃した場面を流した。ここではVTRは停止されず、続いて4球目に移った。そして、4球目は変化球を空振りする場面だった。これを見て看板アナは言った。

「今の空振りはいかがですか?」

「そうですね。2球目のストレートのファールといい、今回の空振りは荒川選手らしくないですね。2トライクと追い込まれていますから、変化球も頭に入っていた筈です。VTRを空振りする瞬間で止めて頂けますか?」この様な細かい指示は、アナに取っては大歓迎である。スタッフは大変であるが。


 VTRは荒川選手が変化球を空振りする場面で止められた。それを見て江田は解説を始めた。

「通常変化球を空振りするときはタイミングが合っていないからです。しかし、

VTRを見て頂くと分かると思いますが、荒川選手の下半身も上体も前に、つまり

ピッチャー側に流れていません。タイミングは合っています。次に空振りするもう一つの可能性ですが、変化球(遅い球)でも振り事があるのです。それは全く予期していない球が来て体が動かなくなることがあるのです。例えば、目の前に急に物が投げられると、一瞬それをキャッチするのか、避けるべきなのか迷うことが有るでしょう。それと同じです。その一瞬の迷いの為に、バットを振ろうとすると既にボールは体の近くまで来ている事があるのです。最悪、ボールは振る前にキャッチャーミットに収まっている。

 何が言いたいかといえば、この荒川選手の三振は、2つのケースのどちらにも当てはまらないです。荒川選手の体勢は、変化球に対応様に思われます。それに、バットに届かないボールではないので、ヒットを打てないにしても空振りの可能性は低いでしょうね。あくまで技術的可能性ですが・・・」


 江田の解説が期待通りだったのだろう、看板アナの演技はベテラン俳優の様になってきた。

「それでは、もう一つの場面を見てみましょう」

 VTRは、8回裏2アウト2、3塁の場面を映した。初球のストレートを見逃し荒川がバッターボックスを外して首を振った所でVTRは止まった。

「江田さん、いかがですか?」看板アナは言った。

「荒川選手はバッターボックスを外して首を振っていますよね。恐らく山が外れたのでしょうね。狙っていたとすれば今の球は打てない球ではないですから」

 そして2球目に移り、3球目を流そうとした時、江田は割り込んだ。

「ちょっと今の2球目をもう一度」VTRは2球目に戻され、スローで再生された。江田はその画像を見ながら言った。

「恐らく荒川選手は変化球を待っていたと思われます。それは、初球、甘めのストレートを呆気なく見逃したからです。しかし、荒川選手は2球目に、ボールとは言え変化球に全く反応しないのはおかしいですね。通常、山が当たった場合は、多少なりとも身体が反応するものです。分かりやすく言いますと、何かを熟考して予想します。トランプでもいい。もし、貴方が引いたカードが予想通りだったら、どうです? 身体が自然に反応しませんか。予想通りなのですから。少なくとも興奮はするでしょう。それと同じです。だから、荒川選手も何らかの反応を示すはずです。打者は、投手と0.4秒前後の世界で戦っている訳ですから。そして、ボールと分かり見逃すのです。1球目、2球目を見る限りでは荒川選手にように思われます。なぜなら、荒川選手は、絞り球を追い込まれるまで変えないのです。あくまで荒川選手の傾向ですが」


 視聴者の中には、江田がこれ程荒川の思考に付いて詳しいにも関わらず、どうして現役時代に抑える事が出来なかったのか、疑問に持つ者もいるだろうが、そんな事はお構いなしに、VTRは3球目を流し、そして4球目で止められた。

「江田さん、3、4球目を見ていかがですか?」

「そうですね。この2球に関しては特に問題は無いように見受けられます。つまり、この場面、ホームランは避けたいですから攻めは外角が中心になります。3球目のインコース攻めは問題ないですし、4球目に関しては前の球のインコース攻めが効いていますので見逃すのは仕方無いでしょう。少し甘い球ですけど、意外と見た目よりは荒川選手には遠くに感じられた筈です」

 看板アナはなるほどと頷く。そして、VTRは最後の投球を流した。それを観終えた看板アナは言う。

「最後の球ですがいかがですか?」

「2トライクと追い込まれていますからね。それに、荒川選手としては、外角中心に攻めが組み立てられていたことは分かると思うのですが。あの球を空振りするのはちょっと考えづらいですね。素人なら別ですよ」と言いながら看板アナを見た。

「いえ、勿論、私には打てません」看板アナはとても嬉そうに答えた。そして続けた。

「この荒川選手の2打席を観ていかがですか?」

「そうですね。試合は接戦ですし、ピッチャーも必死に投げていますからね。本来は敬遠してもおかしくない場面です。荒川選手の得点圏打率は四割近いですから。まあ、しかし、荒川選手も人間ですから、今回のような三振をすることは勿論有り得ることです。特にスランプに陥ると同じ大きさのボールでも小さく見えてしまいますし、同じスピードでも調子が良い時はゆっくり感じます。そこで、」と言いながら江田は準備していた手書きのパネルを取り出した。

「これを見て下さい。ここ最近5試合の荒川選手の打撃成績です。5試合前は4打数1安打、4試合前は3打数2安打、3試合前は2打数1安打、2試合前は5打数3安打、そして前回は4打数3安打となっています。これを見る限りでは調子は決して悪いとは言えません。結論を言えば調子は良いですね」


 これを見た看板アナは感心したように言った。

「なるほど、これは説得力ありますね。それで急に調子が悪くなることはあるのですか?」

「そうですね。急に調子が悪くなることはあまり無いですね。普通の選手なら別ですよ。それと怪我も別です。好調から不調に陥る原因はこの様に考えられます。調子が良い時には多少のボール球でも打ちに行ってしまうのです。ボールがからです。でもバッティングと言うのは幾ら調子が良くてもボール球をヒットにすることは良くないのです。ヒットが打てたとしても体制が崩れて仕舞うのです。これが引き金で調子が下降します。でも急に調子が悪くなることは考え難いです。勿論ピッチャーがエース級の場合はいくら調子が良くても打てない事はありますが、今回はそんな事は有りませんから」

ピッチャーのプライドなど蚊帳の外に、江田は言った。


 そして、続けた。

「荒川選手の場合は、とてもチャンスに強いバッティングをします。それは、積極的に打っていくからです。つまり初球ストライクなら先ず手を出します。見逃すことは珍しいですね。最初のチャンスで結果が出ていなかったので、荒川選手だったら8回のチャンスは初球を狙うと思いますけど。2点差を追いかける絶好の場面ですからね。まあ、フォエールズの監督も良くあの場面で荒川と勝負したと思いますね。監督あっぱれ」


 プロ野球解説者から事実上八百長の可能性が高いと言う解析結果を受けて、看板アナはとても気持ちがよい。仮に八百長が虚構であっても発言をしたのは江田である。看板アナは締めくくる。

「江田さん、お忙しい所ありがとうございました。最後に何か今回のことに対してありますか?」期待以上の働きをした江田に貴重な放送時間ではあるが、看板アナは機会を都合した。


「なぜ、この時期に、と言いたいですね。疑惑の試合は2ヶ月以上も前の事です。年間を通してプロ野球としてはここからが一番盛り上がる時ですから。最悪、オールスターゲームに荒川選手が出られないとなると大変な事になりますよ。本当にが憎いです」


「江田さん、最後に、荒川選手は無実だと?」

 看板アナは、思い切って質問した。江田の答えによってはこれまでの良い流れが台無しになる。野球と同様、ニュースにも流れがあり、読み違えると命取りになる。


「それは私が判断する話ではない。私は解説を公平にしましたが、彼が無実だと信じています。と言うよりこんな事があってはいけません。ファンに申し訳が無い。とにかく、白黒をはっきりして頂きたいですね。有耶無耶にしたら絶対許しません」江田は両手を使って選挙の最終演説のように熱弁を振るった。看板アナは圧倒されたように江田を送った。


「ありがとうございました。それでは次に荒川選手とはどんな人物なのか皆さんにご覧頂きましょう」


 始めに、荒川の生い立ちが紹介される。人海戦術により短時間で荒川の経歴はそれなりに整理されていた。短時間でここまで調べ上げるのは流石である。

『1978年10月26日、静岡県で生まれる。兄妹は兄が1人と妹が1人います』

 直ぐに兄と妹のコメントを求めるハイエナが彼らの元に現れる事であろう。しかし、2人のコメントは必須ではない。容姿だけでも捉える事が出来れば合格である。


『野球を始めたのは、荒川選手が6歳の時、地元のリトルリーグに所属したことが切欠です』

 後日、リトルリーグの監督が恩師としてインタビューを受ける。監督は血の繋がりが無いから兄弟よりは容易にインタビューに応じてくれる。ひょっとしたらこのニュースを見て既にインタビューの練習をしているかも知れない。

『そして2006年のドラフトで指名を受けてシェパーズに入団します。この時は全くの無名でした』


 看板アナから入団会見に画面は切り替わる。荒川選手の初々しさを出来る限り強調する。この時はこんな事件に関わるとはとても想像出来なかったと言わんばかりに。荒川はどんどんガラスの梯子を登らされる。出来るだけ高い所から落とした方が視聴者は喜ぶ。そして、荒川の名声はガラスの破片でより傷つくのだ。彼ほど成功した人間が落ちていくのを視聴者はドラマチックに観たいのだ。破片で出血すればやり過ぎだが、その辺に転がっている三流映画を観るより楽しい。


 プロ入りしてからの荒川の紹介は、自局の情報収集能力と、映像の保存量に比例し報道される。看板アナの演技にも力が篭る。勿論、プロ入り後のヒットやホームランの映像もバランス良く流れたが、江田から放ったホームランの映像は無かった。


『荒川選手は入団1年目から打率3割4厘、ホームラン31本、打点78点で文句なしの新人王となる。そして、同選手は2年目のジンクスなど関係なく、前年の成績を全ての打撃部門で上り、2年目にして初のベストナインを獲得する。3年目には打率3割2分3厘で首位打者を獲得。その年の契約更改では年俸は低いと言われているシェパーズが荒川選手に1億円を提示。これは球団史上最速であった』

 コメントと同時にテレビ画面の右上に契約更改後、ぎこちない笑みを浮かべた荒川選手の映像が流された。この場面を見て妬んでいた視聴者はそっと胸を撫で下ろすのだ。


『その後、荒川選手は順調に階段を上り球界を代表するバッターとなる。入団以来、8年間3割を打ち続けていました。これは日本記録です』

 これ以上登れない所まで荒川は登って行ったのだ。事件は既に発覚している。荒川が落ちる事は明白なのだ。たとえ八百長の疑惑が晴れたとしても既に遅い。看板アナに順調だとカンペで告げられる。無論、それを観た看板アナの表情は変わらない。


 荒川の紹介が終わると看板アナはプロ野球の事情に詳しいジャーナリストの大崎徳太郎に質問した。VTR中、江田に代わり大崎が席に着いた。大崎はスポーツ界に事件が起きると必ずテレビに顔を出す人物である。ハイエナ界の女王蜂と言ったようなものだ。自分から動くことはしないが、美味しい蜜を手にする術は知っている。スポーツ関係のシリアスな案件は、ことごとく情報を得ていると視聴者に広く認知されている。

「大崎さん、先ずは今回の事件をどの様に思われますか?」

「先ずは、江田さんも言われていましたが、八百長疑惑の試合は4月の出来事です。どうしてこの時期にFAXが送られて来たのか。一つ考えられるのは、オールスターゲームに合わせての事かもしれません。万一、荒川選手が出られなくなった場合、球界にとってはかなりの痛手です。ファンも荒川選手が出ないオールスターゲームなんて白けますよ。荒川選手個人というより、球界に対して恨みを持っている可能性があります」

「オールスターゲームには出ないのでしょうか?」

「現時点では何とも言えません」

「では、今後どのような事が予想されますか?」

「今回の事が事実であればプロ野球会に及ぼす影響は計り知れませんね。この所、素晴らしい新人も入団し、野球人気の回復に球界を挙げて努めて来た矢先の出来事ですから。今後、調査が進み事実が明らかになると思いますが、早急に荒川選手は全てを公表するべきですね。あと、荒川選手以外にも関与があるのか」大崎は得意げに答えた。

「と言う事は荒川選手意外にも関与した選手が居ると言うことですか?」

「はっきりとしたことは分かりませんが、八百長が事実となれば、単独で行う事は難しいですから。他の選手の関与は調査結果を待たないと何とも言えませんが、

背後関係を明確にすれば見えてくるでしょう」

「では、匿名で届いたFAXに関してはいかがでしょうか?」

「出所がはっきりしていないですからね。しかし、煙の立たない所に火は起きない。先ほども言いましたが、荒川選手は正式な記者会見なり何らかの方法で彼の意思を伝える必要があると思いますね」

「先ほどの江田さんの解説についてはいかがですか?」

「私は技術的な事は何ともコメントできませんが、江田さんのお話は説得力があると思いますね」

「確かにそのように思われます」

「何れにせよ、これからですね」


 突然、アナウンサーの目が泳いだ。何やら情報が入ったようである。アナウンサーの元にメモが渡された。流石にプロである。テレビ画面には、メモを渡した人間の姿が最小限に押さえられていた。

「たった今情報が入りましたが、現在、荒川選手は球団代表と会談中との事です。えっと。現在、球団関係者が荒川選手から事実関係を確認中との事です。近々球団の方から正式な会見が行われるでしょう」

 言い終えるとアナウンサーは、途中で会話を止めた事を謝り、大崎の意見を伺った。

「そうですね。最初の会見が重要でしょうね。球団が、いや球界が真剣に事実の解明と、どの様に対処するかによって将来のプロ野球会の運命を左右するでしょうね。どんなに根が深くてもとことん追求しないといけないですね。だから、

最初の会見で野球ファンがある程度納得いくよう踏み込んで情報を集め、開示するべきですね。また、第三者委員会を設定する事も必要でしょうね」

「そうですね。の尻尾きりで済ますとファンを裏切る事になりますよね。折角野球人気が回復傾向にありますから」

「おっしゃる通りです。今後の球団、球界の対応を見届ける必要があります。絶対に時間切れを狙って曖昧にしてはいけません。この問題に取り組む姿勢が大切です」

 そして、番組は過去、同じような事件について簡単に触れた。こんなことが無ければ再び脚光を浴びることはなかったのだが。


  ***


 マスコミにFAXが流された時、荒川の2打席目は終わっていた。試合中、

球団スタッフは首脳陣にこの事を告げていた。荒川選手にも試合後、話を聞きたいと伝えていた。つまり、荒川は、後の2打席、今回のFAXについて知っていたにも関わらず、2安打を放っていた。

 試合後、荒川は球団関係者と本社を訪れ、会談を持った。荒川が球団本社を後にしたのは、深夜1時過ぎ。球団側は荒川に何があったのか困り果てた様子で聞いた。入団以来荒川にはスキャンダルが全くない。荒川程の選手でなくても、活躍するにつれて大半の選手は勘違いを始める。最初は、豪遊から始まり、契約交渉での我が儘へと繋がる。しかし、荒川の場合、入団時と同じ姿勢を貫いている。


 荒川のおかげで入場者数は増加し、グッズの売上げも活躍と共に右肩上がりである。負の要素が全く見当たらない。荒川は、球団幹部のどの質問に対しても無言を貫いた。この無言が最終的に球団幹部を苛立たせた。荒川が一言でも否定さえしてくれれば、球団には断固戦う準備があった。球団側は仕方なく問題となった場面を荒川に見せ、調子の悪くない荒川が、あの2打席で凡退ならともかく、三振に倒れた事実は合点がいかないが、10回中3回(いわゆる3割打者)の成功で好打者となる世界で、これが決定的な証拠にはならない。球団としてはこれまでの貢献度から荒川を信用するしかない。しかし、無言を貫く荒川の態度に球団サイドは困り果てていた。結局、球団が出した答えは、引き続き荒川には普段通り試合に出てもらう、であった。しかし、荒川は自ら自宅にて謹慎すると球団に告げた。


 球団オーナーはこの荒川の主張には同意しなかった。その様な決断を許せば球団として荒川の八百長を認めた事になるからだ。加えて、7月17日から始まるオールスターゲームのファン投票において荒川は12球団最高の投票数を得ている。オールスターゲームファン投票1位の選手が八百長疑惑で出場辞退することは前代未聞である。本人が否定しない事を球団が世間に対して真っ向から否定出来ない。ただ、荒川の思いとして、このまま試合に出場すると、野球以外の話題で球場に出現する部外者達によって試合が干渉される。ファンも試合には集中出来ない。プロなのだから話題は球場内で創るもので、3流のプロレスのように場外で試合が盛り上がっても先はない。


 聞き取り調査を終えた荒川は自宅で待つ妻に連絡を入れた。唯一の見方の声は恐怖心を押し殺し、荒川を気遣った。荒川の妻も事件の全貌を全く知らない。荒川は自宅にハイエナが屯していることは承知だったので、自宅には帰らずホテルに避難することも考えた。しかし、妻には支えが必要だし、荒川もそれを望んでいる。


 荒川は球団が用意した車で自宅に向かった。車はSUVで後部座席の窓にはスモークが張られており、外から中が見えないようになっている。自宅に通じる細くなった道に入ると自宅の前に集まっているハイエナを確認する事が出来た。いつもなら夜は暗く感じられるが、照明のせいか、明け方のように明るい。荒川は自宅の前で車を降りた。と同時に、池にパン屑を投げ入れた瞬間に群がる鯉のように、ハイエナは四方八方から荒川を取り囲んだ。


 荒川には彼らが何を言っているのか聞き取れない。日本語なのかも不明。本当に鯉になったのだろうか?車と自宅の門までの距離は数メートルだったが塁間より遠く感じられた。荒川はこんな時でも隣の家が気になる。隣にはもうパトカーは停まっていなかった。ようやく門に辿り着いた荒川は妻の出迎えで家の中へ消えた。この様子を少し離れた場所から宮野浩二郎は見ていた。


 荒川は漸く堅い鎧から開放された想いがした。それは世間を騒がせているモノからではない。荒川は、幼い頃から野球だけに命を掛けてきた。自分がコントロールせずとも、勝手に身体が反応するまでひたすらバットを振り続けた。人の身体は脳からの指令で筋肉を動かす。荒川の打撃は筋肉、細胞レベルにまで、ボールを打つを植え付けた。振ることだけを課せられた筋肉、細胞らは、どんな緊迫した場面でさえも、同じレベルで機能した。感情を持ち合わせていないのだから当然である。代償も計り知れなかった。身体は限界を迎え、元来の目的以外の指令を与えられた細胞は、本来の機能を失いつつあった。


 荒川の望みは、妻と残りの人生をゆっくり送る事だった。酷使いた細胞への償いもしたかった。これから試合に出るつもりがないのだから、外出する必要はもはやない。今後、収入がなくても不自由なく生活できる蓄えは十分にある。数年経てば、この事は世の中からも忘れられるだろう。新たに、八百長が起きない限り。妻は緑茶を煎れ、荒川は飲む意思もなくそれを口に運び、こんな時に直立する茶柱が愛おしく思え、それが倒れるまでじっと見ていた。


 翌日、荒川の携帯が音を立てた。携帯は登録者以外着信音を鳴らす事はない。だから、鳴った電話はいつも出るようにしていたが、今回ばかりは気が重かった。しかし、荒川はその電話に出た。荒川は誰か信頼の置ける家族以外の人間と接触していたかったのかも知れない。


 マスコミが作り出す自分の虚像が自分の身体から離れ、多人数で歩き回っている。全く躾を怠ったペットの様に、鎖を握っていないと何処へ行ってしまうのか見当が付かない。視聴率が目的の看板アナや、球団の体面を守ろうとする者には、この鎖の役には到底なり得ない。自分から話したくなる相手が欲しい。


 電話の主は記者の宮野であった。宮野は荒川が新人の時からの付きあいで、現在では荒川の一番の理解者である。宮野はずっと、入団以降、不調知らずの神懸かった荒川の活躍に、漠然とした不安を抱えていた。それが、八百長となって現実になるとは、全くの想定していなかった。


 宮野は荒川に何故こんな事態になったのかとストレートに問うた。球史に残る打者が八百長なんてする筈が無い。荒川が無実である事は確信していた。だから、荒川から真実を聞けると思っていた。しかし、電話に出た荒川の反応は鈍いものだった。厳しいボールを、体の一部と化したバットが、切れ味鋭くさばく、

いつもの調子ではない。2軍選手の様に荒川は話す。宮野は荒川の歯切れの悪さに体中から液体が染み出た。これは、球団関係者が感じたとは全く異種のものである。そして、荒川はあの日の様に呟いた。

「宮野さん、僕は妬まれていたのだよ。海よりも深く。太陽よりも熱く」

 宮野の体の芯に激震が走り、波動は、携帯を少し耳から遠のけた。宮野は、確信した。荒川は八百長に関与しているのだと。それから何も聞かずに電話を切った。



 3日後、球団は堪えきれず会見を開いた。会見には球団社長と副社長、プロ野球界からはコミッショナーの3名が出席した。当事者とされている荒川の姿はない。先ず球団社長が現時点までの調査の報告を行った。


『先日荒川選手に八百長の疑惑の報道がされました。その件に付きまして同選手に真相の確認を行いました。荒川選手は身に覚えがないと言っております』


 この瞬間雷のようなフラッシュが焚かれた。注目度を示すバロメーター以外の意味はない。


『何故この様な事態になったのかに付いてはただいま調査中でございます』


裏切られた思いから、最前列に座っていた記者が、用意してきた質問以外をした。

「何もないなら何故荒川選手はどうしてこの席に姿を見せないのですか?」


 この質問に対しては球団副社長が答えた。

「この会見はあくまで現時点での事実関係を報告する場です」

 再び同じ記者が。

「どうして荒川選手から直に関与を否定されないのですか?」

 同じく副社長。

「荒川選手は今体調が優れませんので今日は同席を控えさせました」


 3列目にいた記者が質問した。

「問題の場面はどの様にお考えですか?球団とコミッショナーのご意見を聞かせてください」


 球団社長が答える。

「どんなに良いバッターでも打てない時はあります。彼も人間ですから」


 再び同じ記者が。

「それは分かっていますが、荒川選手があのような場面で2回も三振する事は有り得ないでしょう?」


 今度は副社長が答えた。

「野球に絶対ってことは有り得ません。たった2度の失敗で荒川選手が故意に三振した証拠にはなりません」


 2列目の記者が尋ねた。

「それで荒川選手の今後の処分はどうなるのですか?」


 球界コミッショナーが答えた。

「事件の真相が分かるまでは謹慎とします。最終的な処分はその後に決定します」


「どう考えても、八百長していないのなら謹慎処分はおかしいでしょう」

「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」


 予想通り会見場には不満が充満し、発言の規律が乱れ始めた。たまり兼ねて1人の記者が質問した。

「今回の八百長は根が深い噂があるのですが。例えば荒川選手が金銭がらみでなくなんらかの圧力を受けているとか?」


 3人はマイクを手で押さえて相談を始めた。なかなかコメントが出そうになかった。今の話を聞いた別の記者が詰め寄った。

「どう言う事ですか?荒川選手は誰から圧力を受けていたのですか?」

 他の記者も続けた。

「何を隠しているのですか?これは、荒川選手を狙ったと言う事ですか?」

 導火線に火がついた。


漸く球団社長が口を開いた。

「ただ今ご質問を受けました点に付きましては球団側としては何も把握しておりません。今後調査いたしますので今日はこの辺で会見を終了させて頂きます」と言って3人は逃げ出した。火種は導火線の8割を灰にしていた。


「まだ質問が終わっていませんが・・・」記者達から罵声とも言える声が散乱したが、3人の逃げ足は、会見に現れた時の動作からは想像出来ない程、早かった。


 圧力の話を切り出した記者は宮野である。荒川との電話の後で宮野は荒川が前々から溢していた事を思い出していた。

『出る杭は打たれる。特に俺の様に突出すると、な』

 これが先日荒川の言った

『僕は妬まれていたのだよ。海よりも深く。太陽よりも熱く』の意味なのかと、宮野は思った。


 宮野は当時、成功者は妬まれる事は往々にしてあると思っていた。人の妬みはどの世界にも存在する。その強弱は別にしても、人の成功を心から『おめでとう』とは誰も言わない。だから、荒川から告白された時もそれは強打者故の宿命と思い、深く理由を聞かなかった。真剣に話を聞くより、荒川に、妬みの深さと成功の大きさは比例する。妬みが深い程それは成功の証だ、と荒川を褒めた。


 しかし、今回の一件で荒川があの時話したかったのは、人間が持つ本能的な妬みではない。強烈にねじ曲がった邪悪な妬みである。荒川が金銭的なトラブルに巻き込まれるとは到底思わない。荒川は純粋に野球が好きなのだ。史上最速で1億円を突破したときも、会見では、笑みを浮かべていたが、本心はどうでも良かった。


 それに、当時、荒川がプロ野球のレベルが低い、との発言が週刊誌に出た時、宮野には真実を告げていた。あれは、たまたま、銀座に記者と訪れた時、記者が面白がって荒川にその様な言葉を引き出させた。その記者は荒川の事を快く思っていなかった。荒川は宮野にはを惜しむ事なく提供する。しかし、その記者には、何も話さない。荒川自身、この記者が好きにはなれなかった。この記者の目的がクリスタルの如くはっきり透けていたからだ。そう、この記者もハイエナの一味であった。恐らく、今回の事件が発覚してこの記者は美味しい酒を飲んでいるに違いない。今後、荒川に近づく事はしないであろう。高みの見物を決め込むタイプである。


 宮野は、今回の一件どうにも腑に落ちなかった。あの野球をこよなく愛していた荒川がその野球を裏切ったのだから。荒川には、ずっと何かが迫っていたのだ。恐らくその恐怖は、成績を残せば残す程、距離を縮めて来たのだ。宮野は、今、球界の見えない手の存在を信じている。と同時に、後悔していた。こんな事件が起きる前に記者として、友人として未然に防ぐ事が出来たのではないか。それは、自分にしか出来なかったのではないかと。宮野は必ず真相を暴くことを、心に誓った。

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