第3話 それが幸せ
虚無に呑まれたいとずっと思っていた。
だからこの状態は僥倖なのだ、たぶん。
繰り返す、繰り返す、いつまでもいつまでも。
気が狂っても、壊れても、繰り返す。そういうふうになっているから。
俺が繰り返しているのか、この世界が回っているのか、それとも俺は同じところを回っていると思っているだけで同じつくりの別の世界を周っているだけなのか、考えても考えても答えを教えてくれる人はいないし、あのきのこ自身にも意思なんてない、と思うので、考えるだけ無駄なのだ。
夕方起きて、ネットを見て、動画を見て、冷蔵庫のパスタを食べて、ゲームをして、寝る。
その一日をただ繰り返す、同じ一日。
まあ俺も引きこもりなのでわざわざその一日を繰り返さなくたって毎日が同じ日の繰り返しみたいなものだから別にいいっちゃいいのだが、そんなことを考えて虚無に呑まれてる引きこもりは俺以外にもいそうだなんて不毛な思考を回したりして。
暫定的な一日の終わり、朝焼けの中で眠りに落ちて、目が覚めそうになったおそらく昼。虚無に呑まれる。
部屋の中に生えていたわけではないと思う。たぶん。床は見えてないけれど、見えていないほどものがあればきのこが生えていても口を開けるスペースなんてないわけで。
おおかたアパートの廊下だかその辺だろう。共用部を掃除するやつなんていないし。
部屋ごと呑まれたのかどうかは知らないが、周っている。それなら部屋の外は周っていないのかと思ったこともあったが外に出るなんてまっぴらごめんなので確認したことはない。
俺が周っているのか世界が周っているのか世界線を移っているのか、その思考の中に部屋が周っているというパターンが入ったところで俺が繰り返すのは俺なりの日常でしかないので特に何も変わらない。
何かが変わるなんて苦痛でしかない。何も変わらなくていいんだ。このご時世だし、俺はこんなだし、変わったところで良い方に向かうなんてありえない。
絶望しているといえばそうなのかもしれない。けれど、諦めというものは安寧でもある。人間なんて何かしらをどこかで諦めないとやってられない、金は有限だし才能だって決められている。環境も選べない、そう来たら、次に来るのは諦め。当然だろ。誰だってそうなる。
停滞する人間に世間は厳しい。俺だってこんな生活いつまでも続けられるわけがないのはわかってた、わかってたからこそ毎日燃え続ける焦燥感を押し込めて見ない振りして日常を送っていたわけで、そこに来てこの虚無。好都合に過ぎた。
虚無によるループ、世界の決まりで無限の停滞を強いられたこの状態は、俺にとっては救いなのだ。
俺がループし続けることで世界が歪もうが滅ぼうが知った事じゃない。肝心なときに助けてくれなかったのは世界だし、まあでもそこは虚無をくれたということで許してやってもいいけど、例の世間についてはやっぱり許す気にはなれないわけで。
諦めなんだよ、結局は全て。
安寧に落ちるしかない。それが幸せ、一番の幸せ。
つまり俺は今この瞬間、世界で一番幸せなのだ。今となっては比べる相手もいないし。
幸せを繰り返す、それが無限に続くなら、悪くない。悪くはないんだ。
そうやって、昨日も明日も明後日もない今日を繰り返す。
ずっと。
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