第10話 友達





 マイストール男爵夫妻及び兄を殺害したゴーランドの極刑は免れなかった。

 シャルルの心情を計れば、冷徹な判断を要求する事は、葵にも出来なかった。

 ゴーランドの家族とそれに従う者は、必要最低限の物資と馬車を与えてマイストールを追放した。

 三人の内通者は彼らの住む魚村の者達にその処分を委ねた。

 遺恨を残さないためには、親族を根絶やしにするのが戦国時代の武将の習わしだが、それは憎しみの連鎖を産むだけだと葵は考えている。

(果たして、ぼくの考えは正しいんだろうか?)

 馬車に揺られてマイストールを後にするゴーランドの子供達の泣き顔が、葵の胸を突いた。

(大人になった時、やはり復讐を考えるのだろうか?)


《葵様。そんなに心を痛めないでください》

 スルーズの声が頭に届いた。

 葵のシンクロ魔法が成長したのか、触れてなくとも一メートル程の距離にいれば心の会話が出来るようになっていた。

〈ロゼ。キミには見えるのだろうか? あの子たちがこの先復讐にやってくる未来が〉

《さすがに未来の思考は分かりません。今はただ、悲しみに暮れているだけですが》

〈それが憎しみに変わらなければいいが〉

《人が心に思うことは止められません。ですが、遺恨を残すことのない未来を作り上げれば、留飲を下げることは出来ます》

 葵はスルーズを見た。

〈ロゼ。やっぱりキミは賢いな〉

《また子ども扱いするのですね》

 スルーズは拗ねた仕草をして見せた。

「ありがとう」

 小さく呟くと、葵はスルーズから距離を取った。

 心の中とはいえ、泣いている姿をさらすのは嫌だった。 



 シャルルの帰還はマイストールの市民から大いなる歓迎を受けていた。

 葵はシャルルと二人でマイストールの大通りを街の集会所に向かって歩いていた。

 シャルルはマイストールの有力者達の晩餐会に呼ばれていた。

「シャルル様。一言いいですか?」

「軍師殿。シャルルと呼んでください」

「承知しました。ではシャルル、くれぐれも用心してください。彼らはゴーランド同様の特権を保証してもらうために、あなたを取り込もうとしているだけです」

「分かっています。わたしは何も自分の領地と地位の安寧がために戦っていた訳ではないのです。マイストールを豊かにしたい。皆が幸せに暮らせる場所にしたいのです。そのために立ち上がったのです。ここを牛耳っている連中にもそれを知らしめたいのです。ただ、思いはあれどわたしは策を知らない」

 だから軍師殿、とシャルルが生真面目な顔を向けた。

「どうかわたしを、正しき所に導いて欲しい」

 シャルルの純粋な思いはスルーズの読心魔法で先刻承知である。

「もちろん、尽力いたします。シャルル様がまず行わなくてならないのは減税です。それから、賄賂を受け取る役人と、贈賄によって特権を買う商人たちを取り締まらないといけません。そういった横に流れるお金をマイストールの公共施設や、貧困層の援助に充てるように持って行くのです」

「貧困層救済はこれまでも行っていました。でも、彼らは炊き出しに行列を作るも、それを当てにして自立しようとはしない。結局のところすべては一時しのぎ。本当の意味での救済にはなっていないのです」

「わかります。肝心なのはここからです」

 と葵は笑みを向けた。

「彼らには仕事という義務と責任を与えるのです。業績を上げた者には給与を増額し、職務に応じて昇進・昇給するシステムを定着させるのです。世襲制ではなく、家柄にも左右されない、努力の結果によって地位と報酬が得られる、実力主義の制度を作るのです」

 成程、とシャルルは深く頷いた。

「軍師殿…あなたはやはり天才だ。今まで聞いたことのない考えだが、それが正道であることは間違いない」

 シャルルは立ち止まり、葵の手を取った。

「晩餐会などに出席している時間など勿体ない。もっと軍師殿の教えを請いたい」

「その、軍師殿はおやめください。今まで通り、孔明でお願いいたします。それから、晩餐会には出席した方がいいですよ」

「何故です?」

「敵にしてはいけません。程々ほどほどのところで手を握るのです」

「悪と手を結べというのですか?」

「はい」

「孔明…!」

「言いたいことは分かります。ですが、国家の根底を覆すものでなければ必要悪というのもあるのです」

「必要悪?」

「考えてください。この世界の中に清廉潔白な生き方をしている人が、どれくらいいるでしょうか? すべての人にそれを求めるのは根本的に無理があるです。誰もついて来なくなります。むしろ悪に片足突っ込んで生きている人の方が、はるかに多い。これが現実なんです」

「分かっている。だけどそれを野放しにしたままでいいのですか?」

「だから悪の親玉が必要なのです」

「………?」

「悪に加担する者を野放ししないために、そういった連中をしかるべき組織で管理・監視させるのです。そして我々は、親玉だけを管理して、個々の悪事の責任は親玉に取らせるのですよ」

「つまり…下っ端が起こした悪事は、すべて親玉の責任にすると言うんですね」

「その通りです。悪という言い方はいささか語弊がありましたが、商人を例えに挙げれば、商人ギルド長はそれに加盟している末端商人から上納金を取っていますよね」

「そうです」

「ギルドに加盟して上納金を受け取っている以上、組の長としての責務が発生するのです。加盟者の犯したことは、知らぬ存ぜぬは通りません。すべてギルド長に責任を取ってもらいます。それを理解させた上で、今までの特権を保証してあげるのです」

「そういうことでしたか」

 シャルルの顔がパッと開いた。

「ギルドに属さない小さな商人はアウトローに上納金を納めています。その上納金も認めてあげるのです」

「それも認めるのか!?」

「認めます。ただし、店舗の規模や収益に応じて上納金の上限を決めます。そしてもし、その金額を超える金品の請求があった場合、その罪は実行犯と組織のトップに取ってもらいます」

「それは分かりました。でも、アウトローを生かせるのは、少し納得いかないな」

 葵はクスッと笑った。

「少しずつ崩していくのです」

「崩す? どういうことですか?」

「この制度の適応後、アウトローの収益はかなり落ち込むでしょうね。そうなれば末端の者から組織の離反者が出てくることでしょう」

「それでは離脱した者が個々に悪事を働くようになるのでは?」

「はい。そうなるでしょね。放置していればの話ですが」

「わたしには孔明の狙いが分からない」

「放置しなければいいのです。職業安定所を設立して、職に就かせるのですよ。職業訓練も必要でしょう。その中で自らの適性を見出して、自分に合った仕事に就かせる。堂々と稼いだお金で暮らせる安定した安全な生活を知れば、きっとアウトローにカムバックすることはないでしょう」

「成程……だがそれでも、アウトローを完全に消滅するには至らないと思いますが…」

 そうですね、と葵は街角に咲く名も無き花に目をやった。

「この世界にはミツバチはいますか?」

「はい?」

「ミツバチですよ。いますか?」

「あ、はい。いますが…それがなにか?」

「ミツバチはよく働きます。ですが、その中の何割かのミツバチは怠け者なんです。そこで、その怠け者のミツバチをすべて駆除したら働き者しか残らないだろうと、それを実行してみたところ、同じ割合で怠け者のミツバチが発生したのですよ」

「それってつまり、働きバチの中から、怠け者が生まれたということなのですか?」

「ええ、その通りです。すべての生ける物はきっと、真面目な者と怠け者が共生しているんじゃないでしょうか? 真面目な者がいるからアウトローが生まれ、アウトローがいるから真面目な者が生まれる。そういった関係が成り立っているんだと思います」

「つまり孔明は、こう言いたいんですね。アウトローも必要悪だと」

「端的に言うと、そう言うことです」

 二人の前に街の集会所が見えてきた。

「根絶しようとするから、抵抗にあって事が進まなくなってしまうんです。そうじゃなくて、存続を前提に出来るだけ規模を小さくさせるんです。アウトローじゃなくて、怠け者ギルトと考えたらどうです?」

「怠け者ギルドか。ハハハ…」

 シャルルは初めて笑った。

「いつの世代にでも一定数の怠け者は出てきます。それの受け皿と考えたらいいんです。怠け者を一か所で管理する。そのうち今までの生き方を悔い改める者も出てくるでしょう。その時、新たな人生を歩めるよう職業安定所で仕事の手助けをしてやればいいんです」

 なるほど、とシャルルは頷いた。

「孔明の言っていることがようやく分かった。人間は失敗する生き物だ。だから失敗した後の助けと受け皿が必要となる。そういうことですね」

「正解です」


 街の有力者の集まる集会所の前で、二人は立ち止まった。

「孔明。よろしく頼みます」

 それから…とシャルルには珍しくはにかんだ顔で俯いた。

「どうかしましたか?」

「あの、孔明…」

「はい」

「わたしの友人になってはくれないだろうか?」

 シャルルに改めてそんな事を言われて孔明はどう答えていいか分からなかった。

「ダメだろうか?」

 乙女のようにモジモジするシャルルに、葵は吹き出してしまった。

「何が可笑しいのですか?」

「いや、失礼。すいません。…な、なりましょう友達に。ぼくも初めてのことなのでどうしていいのか分からなくて…」

「孔明も友達はいなかったのか?」

「はい」

「わたしも仲間は大勢いるが、すべて家臣ばかりだ。対等の友がいなかった。孔明のことを兄として慕うと言ったが、あの時も本当は友達と言いたかったのだ。しかし恥ずかしくてそれが言えなかったのだ」

「分かりますよ」

「だから、その、敬語は止めてくれ。わたしのことはロイと呼んで欲しい」

「いいでしょう、ロイ」

 シャルルはまるで恋人でも見初めるように頬を紅色させていた。

「改めてよろしく頼む、孔明」

「こちらこそよろしく、ロイ」

 シャルルと葵は互いのこぶしを合わせると、建物の中に入った。

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