第8話 最強のサーバント





(今のは、スルーズの記憶なのか……)

 目が覚めた葵は自分の体の上に倒れ込んでいる、スルーズ・ロゼ・ランブルフを見つめた。

(読心魔法がスルーズの固有魔法なんだな)

 シンクロした事でより強い負荷が双方に掛かって、ともに気を失ったようだ。

 葵はスルーズの手首にはめられた主従契約の腕輪を観察した。

 スルーズがこれを壊そうと試みていた事は知っているし、自分で出来ないのなら、誰かに頼んで壊してもらう事も考えていた。

 だがそれらは全て主従契約に反して、出来なかった。

 それに……。

 死んだとは言え、サダムが最後に課した召喚者暗殺のミッションはまだ生きているのだ。

(だけど、ぼくが勝手に壊す分には何の問題もない)

 葵は腕輪の隙間に銅板を差し込むと、リュックから取り出した充電式電気ノコギリのスイッチを入れた。

 腕輪は簡単にノコギリの刃を通した。

 切り口の反対も同じように刃を入れると、二つに割れた腕輪はベッドの上から落ちた。

 床に落ちた腕輪がゴトンと重い音を立てると、スルーズは小動物のような素早い動きでベッドから飛び出して身構えた。

 そして床に落ちている腕輪に気付くと、驚いた顔を葵に向けた。

「桐葉…葵様ですね」

 スルーズはもう身構えていなかった。

 すべてを悟ったように葵の前に膝を落とした。

「わたしの記憶をご覧になったのですね」

「ああ。キミも…だろ?」

「はい」

 スルーズには、入ってきた時のような敵意の面差しはなかった。

「葵様もわたしと同じ、お独りだったのですね」

 葵は小さく頷いた。

 何も語る必要はなかった。

 両親が殺された事も、家も財産もすべて親戚に奪われた事も、親戚の家をたらい回しにされて、愛情のない家庭で育ち、心を失った事も、学校でも常に孤独だった事も、スルーズには全て知られてしまったのだから。

 そしてスルーズが目の前で膝を落としている理由も、葵は理解していた。

 バルキュリアには自分を負かした相手、或いは救ってくれた相手を主とする仕来しきたりがあった。


「ぼくはキミと闘って勝ったわけじゃない」

「分かっています」

「ぼくのシンクロ魔法が勝手に発動しただけだ」

「理解いたしております」

「たまたまぼくの方が早く目を覚ましただけだ」

「存じ上げております」

「腕輪を壊すのは容易だった。何の苦労もしてないよ」

「それでもです」

 スルーズは葵の瞳を外しながら、真っ直ぐな目を向けた。

「あなた様に負けた事実に変わりはございません。どうかわたしをサーバントに召し抱えくださいませ。葵様に忠誠を誓いどのようなご命令にも従います」

「スルーズ、キミは知らないのかい? 魔導師長サダムは死んだんだよ。キミはもう自由なんだ。誰かに縛られる必要はないんだよ」

「サダムの死は存じております。それを知った上で……今までのわたしの歩みとは一切関係ない所で、わたしは葵様にお仕えしたいのです」

 読心魔法でシンクロした二人だった。

 お互いの事はすべて理解していた。

「あなた様は、信を置けるお方にございます。葵様。どうかこのわたし、スルーズ・ロゼ・ランブルフをお傍に置いてください」

 そこまで言われては葵も断れなかった。

 スルーズの孤独と寂しさは、記憶をシンクロさせた事で、自身の記憶の一部となっていた。

「分かったよ。でも、みんなの前では…」

「心得ております。主様の名は諸葛亮孔明様にございます」

 と言ってスルーズは笑みを見せた。

「キミは賢いな」

「わたしの方が二つ年下ですが、子ども扱いはなさらないでください」

「すまない」

「いいえ。それから、わたしの事はロゼとお呼びください」

 真に心を許した人間にだけ、セカンドネームの呼称を許すのが、この世界の仕来しきたりだった。

「分かった。生憎あいにくぼくは戦闘力ゼロだから、キミにはぼくのつるぎになってもらいたい? 頼めるかい? ロゼ」

「はい、喜んで。わたしは今宵より葵様のつるぎとなることを誓います」

 葵は笑みを浮かべて小さく頷いた。



「ところでキミの読心魔法は何を魔道具にしているのかな?」

 葵の質問にスルーズは、ありませんと答えた。

「強いて言うなら、わたしのピンク色の瞳孔がそれなんだと思います」

「なるほど」

 と葵が桜色の瞳孔を覗こうとした時、スルーズは大きく頭を振った。

「いけません。葵様とシンクロするとまた気を失ってしまいます」

「ああ、忘れていたよ」

 ゴメンと葵は謝った。

「それにしても、キミの読心魔法は相手の生い立ちまで見ることが出来るんだな」

「それは葵様だから出来たのです」

「と、言うと?」

「シンクロしたことで、何百倍・何千倍の速さで過去にさかのぼり、互いの生い立ちを共有出来たのですが、普通は三日程溯るのがやっとでしょう。読心魔法の本来の使い方は、話している相手の心の内を、つまり本心を見ることにあります。葵様のシンクロ魔法に触れたことで、こんな使い方が出来るのだと、わたしも初めて知りました」

 それとは別の使い方も見つけました、と言ってスルーズは葵の足の先に指を置いた。


《葵様、聞こえますか?》

 いきなりスルーズの声が頭の中に響いた。

〈ああ、聞こえるよ〉

《シンクロ魔法を持った葵様限定ですが、葵様と触れていると心の中で会話が出来たり、わたしが読心魔法で見ている物を共有することも出来るのです》

〈これから先、いろんな場面で役に立ちそうだな〉

《わたしもそう思います。内緒話には打って付けですね》

〈よろしく。ロゼ〉

《こちらこそ。宜しくお願いいたします》


 その後二人は今後の事についていろいろと打ち合わせた。

 スルーズの読心魔法はこれまで通り秘匿する事にした。

 そして葵のシンクロ魔法がスルーズの読心魔法を、より強力に作用する事も分かった。

 だけど、葵のその能力はどの魔法にも適応できるかどうかは、今のところ分からなかった。


 スルーズは博識だった。

 読心魔法により他者から色々と情報を仕入れたり、他人の記憶からから知識を得たりもしたせいだが、何よりもスルーズの記憶力はかなりの物だった。

 葵のシンクロ魔法とスルーズの読心魔法は好相性こうあいしょうだと感じた。

 言葉の説明や身振り手振りの必要もなく、スルーズの見たまま聞いたままを、葵の脳でダイレクトに受信できるのだから、理解にそつがなかった。

 この世界の知識を得る上で、葵にとっては有意な能力だと言える。

 スルーズの知識により、葵はクロノスの世界の事があらまし理解出来た。

 


 夜が明けた。

 クロノスの一日は二十時間周期だった。

 中世的雰囲気を持つこの世界は、お約束通り天動説が信じられていた。

 だが、クロノスの太陽の動きを見た瞬間、葵は地動説を確信した。

 つまりクロノスは宇宙に浮かぶ天体の一つだという事だ。


 鳥のさえずりが聞こえる頃、

「孔明様、よろしいですか?」

 扉の外でミシェールの声が聞こえた。

 スルーズが剣に手を掛けたが、葵はそれを制した。

「ミシェールかい? 今着替えている所だから少し待っていてくれるかな?」

「申し訳ありませんでした。ご用意できましたらお声掛けください」

 葵はリュックの中からネックガード付きのガーデニングキャップとサングラスを取り出してスルーズに手渡した。

 桜色の髪と瞳を隠すためだ。

 バルキュリアはその強さ故、忌み嫌われる存在だった。

 ドアを開けて入って来たミシェールの顔が一瞬強張こわばった。

 が、直ぐに会釈して見せた。

「もしかして、この方ですか? 孔明様が探していた女の人というのは」

 確か、召喚された直後に、桐葉の消息をミシェールに尋ねた事を葵は思い出した。

(渡りに船だ)

 葵はスルーズの肩に手を掛けた。

〈ロゼ。キミの名前を明かしてもいいかな? それとも偽名の…〉

《大丈夫です。本名で構いません》

〈分かった〉

「ああ、そうだよ。スルーズと言うんだ。ぼくのサーバントだ」

「孔明様のサーバントですか…?」

 ミシェールは怪しむようにスルーズを見た。

「彼女は強力なぼくの剣だ。きっとこの森の誰も彼女に勝てる者はいないと思うよ」

「ほおー、それは聞き捨てならないな」

 とシャルルがドアの傍に立っていた。

「わたしはこう見えてもB級シュバリエだ。キミの階級はいかほどだ?」

 シャルルはスルーズに見栄を切ってみせた。

「シャルル男爵。にはシュバリエなる階級はないので、答える事が出来ません」

 スルーズは膝を落として、貴族に拝謁する時の礼節を取り繕った。

《これでよろしいでしょうか?》

 スルーズは二人には気づかれないよう、葵のかかとに人差指を当てていた。

〈そうだな。異世界人を名乗った方が、何かと都合はいいかもな〉

《御意に》


「それでは、スルーズ。わたしと剣を交えてみないか」

 シャルルの言葉にスルーズが目配せした。

《よろしいですか》

〈ケガさせないでくれよ〉

《心得ております》

「シャルル男爵、承知いたしました。お手合わせの程、よろしくお願い申し上げます」



 シャルルとスルーズの試合が行われる広場には、森の全ての住民が集まった。

 ルールは木刀で、体の何処かに当たった時点で負けとする、安全に配慮した試合形式だった。

 葵は右手に持った小枝で、さり気無くスルーズの左肘に触れた。

〈一撃では仕留めないように〉

《はい。シャルル男爵のプライドを配慮いたします》

〈キミは賢いな〉

 スルーズが少しねた顔になった。

《また子ども扱いするのですね》

〈ゴメンね〉

 葵は小さく笑って隣にいるスルーズを見た。

 スルーズは、174センチある葵とそんなに変わらない長身だ。

 すべてを見たわけではないが、スルーズの記憶も含めて、この世界の住人の顔の形や髪の色は西洋風だが、体格的には葵の住む日本人のそれに近かった。

 具体的な数字を上げると男は170センチ。女は160センチくらいが平均身長だと葵は認識していた。



 試合が始まると、見物客のテンションも上がった。

 仲間内なのでシャルルに対してはないが、美貌の女剣士スルーズには品格に欠ける言葉もあった。

 それがスルーズの心に火を点けたのか、一合二合と木刀を合わせた三合目に、シャルルの剣を弾き飛ばした。

 シャルルは呆けた顔で自分の両手を見た後、

「参った。わたしの完敗だ」

 と男らしく負けを認めた。

 一同の歓声の後、この中で一番体格のいい男が前に出てきた。

「次はおれが相手だ」

 筋肉隆々の格闘家タイプの男を見ていると、葵の左に立つミシェールが説明した。

「彼はこの中で一番強いゴメス・ザーランドです。マイストール唯一のA級シュバリエです。シャルル様は彼には一度も勝ったことがありません」

 スルーズでもゴメスには勝てないと、暗に言い含めていた。

 が、試合は一瞬で決まった。

 疾風のごとく前に出たスルーズは、その勢いのまま、ゴメスの剣を弾き飛ばした。

 ゴメスは信じられないと言った表情でスルーズを見た後、笑みを浮かべた。

「剣を弾かれたのは十年ぶりくらいだ。スルーズ、おれを弟子にしてくれ」

 ゴメスがスルーズの前で膝を落とした時、歓声が沸き起こった。

「スルーズの剣がこれ程とは思わなかったよ。孔明の並外れた軍采とスルーズの超人的な強さがあれば、われらの大いなる力となろう」

 シャルルは言いながらスルーズの前に立った。

「スルーズよ、われらの力になってくれないだろうか」

 シャルルが握手を求めた。

「わたしは孔明様の剣です。孔明様の意向がわたしの全てにございます」

 スルーズの目配せに葵が頷くと、

「微力ながら尽力いたします」

 スルーズがシャルルの握手に答えると、再び歓声が起こった。

「ありがとう。孔明のサーバントよ」

 スルーズもシャルルの仲間に加わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る