第二章 国境の砦 2

 空を覆う雲の僅かな切れ目から、ほんの少しだけ光が挿している。

 空気は冷たく張り詰め、大地は一面、雪に覆われている。その上を、白い馬はたてがみをきらめかせながら、地面には足をつけないまま風のように駆けていた。

 雪に覆われた世界には、動くものの姿は見当たらない。空にも、地上にも。幸いなことに、ドラゴンが追ってくる気配も無かった。

 ソールは揺れる鞍にしっかりとしがみついたまま、前のほうに乗っているフリーダの背中に視線をやった。

 「この馬、大丈夫なのか? 二人乗りだけど」

 「心配はいらないわ。この子は力持ちだから」

誰も踏んでいない雪と同じように真っ白な馬は、湯気の息を吐きながら走り続けている。その馬の手綱を握る少女が、ちらりとソールのほうを振り返った。

 「ソール、そんなに力いっぱい掴まらなくても大丈夫よ。…もしかして、馬に乗るのは初めて?」

 「ああ」

彼は正直に頷いた。遠くから見たことはあったし、知識としては持ってはいたが、実際に馬の背に揺られるのは、これが最初だ。

 「けど、空を駆ける馬なんて乗ったことがある奴は少ないと思うな。」

 「でしょうね。この子たちは、今じゃ私の国にしかいない、特別な血筋の馬。"古き神々"の時代の生き残りよ。賢い馬だから、主人と認めた人間以外は乗せないの」

フリーダの口調は、少し誇らしげでもあった。「どんな馬よりも早く走るんだから。」

 「それでも、ドラゴンには追いつかれるんだな」

 「違うわよ。あれは疲れていただけ。」

蹄が巻き上げた白い雪が、風に舞ってきらきらと輝く。

 「あの時は、道を急いでいたから。ちゃんと休ませていれば、追いつかれやしないわよ」

行く手に、白い地平線の彼方に黒っぽい建物が見えはじめていた。その手前には、白くなだらかな凍った川と橋らしきものが見えている。ソールの襟元からティキが顔を出し、物珍しそうに行く手を見やった。

 「あれが目的地?」

 「ええ。あの川を渡れば私の国、ローグレスよ」

馬は速度を速めた。砦までたどりつけば飼い葉にありつけることを知っているかのように。冷たい風が耳元で唸りを上げ、ティキは慌てて暖かい上着の下に潜りこんだ。ソールは、ヤルルとアルルが隠れている上着のポケットを確かめた。妖精の子供たちは、中でもぞもぞして、ときどき顔を出しては寒さにすぐ引っ込むのを繰り返している。

 「もうすぐだってさ」

話しかけると、上着の中からくぐもった返事がかえってきた。

 軽やかな馬のひづめが空を蹴り、風のように川を飛び越えると、目の前には小山の崖にはりつくようにして作られた城砦が迫っていた。




 城壁の上にも建物のあたりにも、人が沢山居るのが見えた。その中の多くは、揃いの鎧兜に身を包み、弓矢や槍を携えていた。

 白い馬が輝くたてがみを閃かせて城壁を飛び越えて門の前の広場に降り立つや否や、兵士たちは大慌てで姿勢を正し、フリーダに向かって敬礼して見せた。それから、後ろに乗っているソールには、ほんの少しの好奇の眼を向けた。

 馬から飛び降りると、フリーダは、近づいてきた兵士に手綱を渡しながら尋ねた。

 「戦況はどう?」

 「変わりありません。姫様が南へ向かわれてから一ヶ月の間、敵が攻め込んできたのは三回です」

 「そう。相変わらず、ってことね」

風でもつれた前髪を払いのけながら、彼女は、城砦の中心にそびえる館のほうにちらりと目を向けた。小山のちょうど山頂にある、そこがこの城砦の中心部なのは明らかだった。

 「アストラッド義兄さまは、館にいる?」

 「いいえ、数日前に兵を率いて出られております。代わりにフィオーラ様が」

 「姉さまがここにいるの?」

フリーダは、驚いたような顔で振り返った。「いつ、こちらへいらしたの」

 「アストラッドさまが出かけられる少し前です。ここのところは、攻撃が収まっていたものですから」

彼女は大股に館のほうへ歩き出そうとして、はたと気づいて足を止めた。

 「ソール、あなたも来て」

 「え? うん」

内側から見上げる石の壁と家々の様子に目を奪われていたソールは、フリーダに呼ばれて歩き出した。壁が周囲を取り囲んでいるお陰で、集落の中は風が吹いていない。そのせいか、外にいた時より空気がずいぶん軽いような気がした。

 ティキが、襟元から顔を出した。空気の匂いを嗅ぎ、近くに薪が燃えているのを見つけて、嬉しそうに声を上げる。

 「ああ。ここならお前が死んじまうこともなさそうだ」

館へ続く坂道の途中には台所があり、かまどに火が燃えている。行き交う軍馬や兵士たち、武器や防具を打ち直す鍛冶場仕事の音。火の気配と、雑多な音。人の気配。

 城壁の中には、静けさに包まれた外の世界とは全く違う、熱と音に満ちた世界が広がっている。上着のポケットから顔を出したヤルルとアルルは、通り過ぎていく荷車に驚いて、あわててポケットの中に引っ込んでしまう。

 フリーダは、坂を登りきったところに待っていた。入り口の鉄格子が開かれ、両脇に姿勢を正した兵士が立っている。

 「こっちよ」

そう言って、彼女は先に立って門を潜って行く。ソールも歩調を早めて後を追った。門の奥には狭い中庭を挟んで、館の玄関になっている。その玄関が開いたかと思うと、中から甲冑姿の少年騎士が駆け出してきた。

 「フリーダ様!」

毛皮で縁取りした立派なマントを翻しながら大股に歩み寄ってくると、いかにもほっとした口調で呟く。

 「ああ、良かった…どこにもお怪我されていませんね」

 「何よベイオール。あなたまで来ていたの?」

フリーダの口調は、ややつっけんどんだ。

 「フィオーラ様がこちらへ向かわれるというので、護衛をしてきたんですよ」

少年は、フリーダよりは少し年上くらいに見えた。甲冑には立派な剣を下げ、がっしりとした体格。それに、どこか気の強そうな目をしている。

 眺めていると、その目が、ふいにソールのほうにじろりと向けられた。

 「時に何ですか、このこ汚い格好の男は」

 「……。」

ソールは、何とも答えられず黙っている。

 「彼はソール。途中で出会ったの、危ないところを助けてもらったわ。」

 「危ないところ? 危険な目に遭われたのですか」

 「そりゃあ、少しはね。」

苦笑しながら、フリーダは少年の脇を通り過ぎる。「姉さまはどこなの?」

 「フリーダ様が戻られたと知らせがあったので、居間でお待ちです――が――…」

 「そ。じゃあ行きましょうか、ソール。」

彼女の態度は、少年の狼狽ぶりに比べると、いささかそっけなさすぎるようにさえ感じられた。ソールは、ベイオールと呼ばれていた少年からの妙に敵意に満ちた眼差しに気づかないふりをしながら、先をゆく少女の後をついていった。




 連れて行かれた部屋は、ソールがいままでに見たことの無いような場所だった。過ごす人が快適でいられるようにと隅々まで心配りされた、明るい広々とした空間。ゆったりとしたソファに大きなクッション。暖炉には暖かな火が揺れている。目指す人物は、ソファに腰掛けて待っていた。フリーダと同じ艶やかな銀色の髪に、明るい春の緑色の瞳。年の頃は、落ち着いた妙齢の婦人といったところだ。

 「姉さま!」

勢いよく駆け寄る少女を、女性は立ち上がって抱きとめる。

 「お帰りなさい、フリーダ」

微笑んで少女の髪を撫でる女性の声は、ソールがそれまで聞いたことのないような、穏やかで、柔らかなものだった。

 「元気そうで良かったわ。うまくいったの?」

ちらりと向けた視線の先では、ソールの上着のポケットから出てきたヤルルとアルルが、物珍しそうに部屋の中を飛び回っている。

 「ええ、少し問題があったけれど…それより姉さま、アストラッド義兄さまが出かけているって本当? 義兄さまがいなきゃ、この砦を守る人がいないじゃない。一体どこへ向かったの?」

 「隣の砦よ。今なら取り戻せるんじゃないかって。ここのところ、攻撃が落ち着いているのよ。ここから数日の距離だし、偵察も出しているわ。この砦に攻撃があればすぐに引き返してくるはず。それにアストラッドがいなかったとしても、わたしが指揮を取れば、少しの間なら持ちこたえられるはずよ。」

 「だからって、姉さま直々に来られなくたって――」

 「わたしだって、少しは働かないとね」

ちょっと肩をすくめ、フィオーラは妹を脇へ寄せ、スカートの裾をつみまながらソールのほうに進み出た。

 「それより、お客様を紹介してくれない? 一体どなたなのかしら」

 「あ…えっとね。この人は…」

 「ソールだ」

と、ソールは自分から名乗った。「あんたは…」

 「わたしはフィオーラ・ローグレス。この子の姉よ。フリーダはご迷惑をおかけしなかったかしら?」

 「別に。フリーダの姉さんってことは、あんたも王女ってことか」

 「ちょっとソール、もうちょっと礼儀ってものを…」

ちょうどその時、ベイオールが追いついてきて部屋に入って来た。ソールを見て一瞬顔を顰めたのを、フィオーラは見逃さなかった。ベイオールが口を開いて無礼をとがめるより早く、彼女は自らの言葉を続けた。

 「ソールさんは、どちらからいらしたの? 精霊を連れていらっしゃるけれど、精霊使いさんなのかしら」

 「ヴィークリーズ山脈よ。精霊使いじゃなくて、"ブーリの一族"なんですって。」

ソールの代わりにフリーダが答える。「それ以上のことは知らないみたい。何を聞いても無駄よ。」

 「まるで俺が物知らずみたいな言い方だな。」

彼は、むすっとした顔で付け加えた。「少なくとも、森や獣のことはあんたより良く知ってるよ。」

 「ソールはソールだよ」

くるくると飛び回っていたヤルルが、可笑しそうに笑いながらふわりとソールの側に舞い降りてきた。

 「ニンゲンは、自分の知ってることしか知らない」

 「おかしいね。」

 「あらあら。――妖精さんたちがそう言うのなら、そういうものなのかしらね」

妖精の子供たちを見て、フィオーラの頬が緩む。

 「話を聞く前に風呂に入れたほうがいいんじゃないですか? そんなこ汚い格好で歩き回られても困る」

隙を突いて、ベイオールが不機嫌な顔のまま口を挟んだ。「獣の皮を着てるなんて。まるで未開の野蛮人だ」

 「失礼ですよ、ベイオール。――でもそうね、格好はともかく、顔くらいは洗ったほうがいいかも」

近づいてきたフィオーラは、白い手を挙げて、そっとソールの顔に触れた。「せっかく綺麗な顔立ちなのに勿体無いわ。」

 「…"きれい"?」

 「あら」

彼女は、ソールが腰のベルトに無造作に挿している鎚に視線を留めた。

 「変わった武器を持ってるのね」

 「ソールは、それで魔女のしもべのドラゴンを倒したんですよ」

 「あの、吹雪のドラゴンを?」

ベイオールは、信じられないというように大げさに頭をふった。

 「何かの間違いでしょう」

 「私が見たものを否定するの?」

フリーダは不満げな顔になる。

 「いえ…、そういうつもりではないですが…」

 「なるほど。強力な助っ人、というわけね」

にっこりと微笑んで、フィオーラは妹のほうを振り返った。

 「では、手厚く歓迎差し上げなければ。これから都へ向かうのでしょう? その前に、少しゆっくりしてお行きなさいな。」

 「……。」

何か言いたげなベイオールの視線を、ソールは、無意識のうちに流した。というより、まわりをヤルルとアルルが飛び回っているうえに、ティキまで走りまわっていて、そちらに気を取られていたからだ。

 ここは不思議なところだ。壁の中に入っただけで冬の気配が消えた。おまけに、建物の外側は無骨な要塞のようだったのに、中の部屋だけはまるで王宮のような威厳が満ちている。




 食事の支度がされている間に、ソールは、案内された洗面所で顔を洗っていた。ごしごし擦ってふと顔を上げると、目の前に鏡がある。その中から、見覚えの無い顔が、こちらをじっと見つめていた。

 「……。」

それが確かに自分の顔だと確信を持てるまで、たっぷり十秒はかかった。

 こちらを見ているのは、記憶にある自分の顔とは随分違っていた。当たり前だ。最後に小川の水に自分を映して見たのは、雪が降り出すより前のことだったのだから。

 けれど、幼かった頃の面影は残っている。手を自分の頬にやり、間違いなくそれが自分だと確かめると、ソールは、急に恥ずかしくなって慌てて鏡の前を離れた。こんなところを誰かに見られて、鏡も知らないのかと笑われたくはない。

 「ソール、いた」

廊下に出ると、向こうから、ヤルルとアルルがふわふわ飛んでくるところだった。ヤルルは、鮮やかな色をした果実をひとつ、両手に抱えている。

 「何だ、それ」

 「たべもの! 貰ったの、向こうにまだ、たくさんあるよ」

 「ソールも、いこ。」

アルルがソールの袖を引っ張った。妖精たちの出てきた部屋からは、いい匂いが漂って来る。中に入ると、テーブルを挟んで向かいあって座っていた二人がほとんど同時に顔を上げた。フィオーラが、朗らかな声で言う。

 「綺麗になったみたいね。さ、好きなだけ食べていって。」

 「ミルク粥は無いけど、もっといいものが並んでるわよ」

弾んだ声でフリーダが言い、料理をたっぷり取り分けて自分の前に置く。ソールは、言われるままに席に腰を下ろしながらテーブルの上に並ぶ皿に目をやった。湯気をたてているスープに焼きたての肉。それにチーズを添えたパンや果実まで並んでいる。

 豪華とはいえないまでも、十分すぎる食料だ。

 「外は雪なのに、どうしてこんなに色んな飯がある?」

 「ほとんどは王都から送ってもらっているんだけど、砦の中には少しは畑もあるわよ。それに家畜もいるの」

黙って食卓を眺めていると、フリーダが、皿から取り分けた肉をソールに差し出た。

 「遠慮しないで。ちゃんとした料理なんて、久し振りなんじゃない?」

 「まあ…。」

確かに、久し振りだ。

 妖精たちは遠慮など知らず、果物を盛った皿の端に腰掛けて、次から次へと手をつけている。ソールがパンを取り上げると、フィオーラの柔らかい声が響いて来た。

 「フリーダから話は聞いたわ。一人で山奥に暮らしていたそうね」

 「ああ。」

 「外のことは何も知らないわけね。戦況を知りたい?」

 「…頼む」

塊を一息に飲み込み、無造作に手元の杯を引き寄せながら彼は頷いた。

 「冬が終わらないのは、魔女のせいだと聞いた。そいつは、どんな奴なんだ?」

 「冬の女王のことは、正直に言えばわたしたちも良く知らない。遥か昔から、北の果てのスリーズル山に住んでいて、"古き神々"の時代の生き残りとも言われているわ。姿を見た者は誰もいない。――ただ、吹雪の晩に、声が聞こえるという言い伝えだけ。彼女が山からしもべをけしかけるようになったのは、十五年ほど前のことよ。しもべというのは、冬の巨人と吹雪のドラゴン。それはもう、見たのだったわね?」

ソールは頷いた。

 「あの巨人は…まがいものだ」

 「ええ。あれは大昔に生きていた本物の巨人族を模して作られた氷で作られた人形。ドラゴンだって、純粋な種はもうとっくに絶滅してしまった。だから、どちらも魔女が作り出す、昔のものに似せただけの生き物よ。でも、"古き神々"の力を失った今の私たちにとっては、強力すぎる相手だわ。」

フィオーラの口調は凛として、王族然とした責任感に満ちている。

 「人の力だけでは、魔女の魔力に抗うことは難しい。古えの知恵と高い魔力を持つ妖精族でさえ苦労しているくらいだもの。今までに九つの国が雪に閉ざされたわ。フリーダの話では、南のほうの国々でも雪が降り始めているらしいの。このままでは、大陸中が凍りつくのも時間の問題ね」

 「そうなる前に、なんとかしなきゃ」

と、フリーダ。テーブルから身を乗り出すようにして拳を握り締める。

 「人も獣も、もうどこにも逃げる場所がない。これ以上、無駄に死なせたくないの」

 「そうね。ある意味で前線基地なの、ここは」

テーブルの真ん中に置いた燭台の灯が揺れる。フィオーラは、テーブルの端にゆるく両手を組み合わせていた。

 「魔女のしもべたちは山で生まれ、そこから送られる。ここで少しでも食い止められれば、南の国々を持ちこたえさせられるはず。でももう十年以上、攻めてくる敵を追い返すのがやっとで、反撃は出来ていないわ。数年前にはこの近くのもう一つの砦も落とされてしまった。それを今、わたしの連れ合い、本来ならこの砦の総指揮官であるアストラッドが取り戻しに行っているのよ。」

 「姉さま、ここのところ攻撃が緩んでいるって仰いましたよね」

 「ええ」

 「もしかして、少しは戦局がよくなったってこと?」

 「分からないわ。偵察は何も異常を察知していないから…。」

フィオーラは、少し悲しそうな顔をした。

 「あの人ったら、散々止めたのに今しかないって飛び出していってしまったのよ。ずっと防戦一方だったから、気持ちは分かるんだけどねぇ」

 「アストラッド義兄さまなら大丈夫よ。だって強いもの、王国一の槍使いでしょ」

 「だといいのだけれど。」

 「……。」

ソールは、ぐいと杯を干してしばらく考え込んでいた。

 「その、スリーズル山とかいうところへ行くことは出来ないのか?」

 「出来るわけないでしょ。言ったでしょ、ひどい吹雪に凍りついた高い山――おまけに魔女のしもべたちまでうようよしているのに、どうやって行くのよ」

 「けど、行かなきゃ終わらないだろ。まさか魔女がのこのこ山を降りてくるのを待つのか?」

 「それは、――」

 「なぜ雪を降らせるのか知りたいんだ。俺は、そいつに会ってみたい」

 「ダメよ」

はっとするほど強い口調だった。それは、フィオーラの口から発せられたものだった。

 テーブルの中央にある職台の下でうろうろしていたティキが、思わず動きを止めて振り返った。フィオーラは、表情を曇らせて手元に視線を落としていた。

 「…魔女は、心臓だけではなく、人の心も凍らせてしまう。魅入られた者は二度と戻って来ない。いけないわ、魔女の言葉に耳を傾けようなどとしてはダメ」

 「姉さま…。」

 「わたしたちの父も、帰ってこなかった」

そう言って、彼女は片手を顔にやった。

 フリーダは、小さくひとつ溜息をついてちらりとソールのほうを見やると、小さく首を振った。会話が途切れ、部屋の中に僅かな沈黙が落ちる。ソールはパンを取り上げながら、ほかの事を考えていた。

 北のほう――魔女は山に住む、と言っていた。近づけば、きっとそれと分かるような場所なのだろう。

 けれど、今すぐ向かうのは駄目だ。フリーダを目的地まで送り届けなくてはならないし、北の果てまで行くための食料も道具も持っていない。雪の上を何日も歩き続けるのなら、たぶん、スキーかソリがないと無理だろう。

 (どうやって行くかは、考えないといけないな)

フィオーラの言葉とは裏腹に、ソールの中では、もう、魔女の棲む山へ行くことは決められていた。そうしなければ、永遠に続くこの"冬"は終わらないのだから。

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