冬の女王と黄金の鎚(つち)
獅子堂まあと
プロローグ 春告げの祭り
雪を踏み分ける、ギシギシという音が静かな小路に響いている。雪は木々の根元で溶け始め、黒々とした地面からは春を告げる若芽がぽっこりと頭を出している。
分厚いマントを纏った旅人は馬をとめ、片手でフードを上げてそれを見下ろし、白い息とともに微笑んだ。春告げ草が芽生えたら、そろそろ祭りの季節だ。長い冬が去り、春が始まったことを祝うこの祭りは、人々が一年のうち最も楽しみにしている催しで、どこの町でも、どんな小さな村でも、決して忘れられることはない。
行く手の木立の間に、かまどの火らしき細い煙が何本も上がっているのが見えてきた。再び歩き始めた男は、ほどなくして、森の入り口にある開けた場所に、十五軒ばかりの家が立ち並ぶ小さな村を見つけた。雪はもうほとんど溶け、泥と交じり合った雪の上を犬や子供たちが走り回っている。軒先には常緑の木の枝で作った輪が吊るされ、春告げの祭りの準備がされていた。広場には篝火のための木組みも作られて、周囲で子供たちがはしゃぎまわっている。
――どこか懐かしい光景だった。ここ何日も、ひとけのない道ばかりを通ってきたので、人の住む村は久し振りだった。
男は馬を降り、村人たちのほうへ近づいていった。やって来る見知らぬ旅人に気づいて、村人の一人が顔を上げる。
「あんた、こんな田舎の村に何か用かね? どこから来たのかね」
雪かきのシャベルを手にしたまま、てぬぐいを巻いた老人が男に訊ねる。男は、この辺りでは見かけない、立派な格好だ。服の仕立てや布地、マントには金糸の房飾り。それになめし皮の手袋。供も連れず、荷も少ないが、何といってもやけに毛並みのいい馬を連れている。もしかしたら、道に迷った貴族か何かかもしれないと思ったのだ。
「北の方からだよ。詩人をしていてね、吟遊しながらあちこち回っているんだが――春告げの祭りはこれからかな」
「ああ。いま準備をしてるんだ。あと十日もすれば、ここらの雪はみんな溶けて花が咲く」
人々の表情はみな明るい。春の気配を感じ取っているからだ。
老人は、旅人の馬の背にくくりつけられた竪琴に視線をやる。
「吟遊詩人さんなら、どうかね。今日はちょうど祭りの日だ。始まるまでここにいて、一曲歌ってはくれんかな? 滅多に無い、良い余興になると思うんだが。もし引き受けてくれるのなら、宿と食事の手配と馬の世話は、わしらがやろう」
「ほう。それは願ったりだ。ここらで少し休息を取りたかったところでね」
こうして、話は決まった。旅の竪琴引きは村に留まり、春告げの祭りに詩を吟じることになった。
「どんな詩が良いかね。物悲しい恋の物語、陽気で大笑いできる滑稽な話、古き時代の神話でも、何でもお好みに合わせよう」
「ああ。そうだねえ…そうしたら、何か、この辺りに関係する詩はないのかね? この近くの、皆が知ってる場所の話とか」
「ふむ」
男はあごに手をやり、しばし考え込む。
「それなら、あれがいいかな。季節もちょうどいいし、物語の始まりは、ちょうど、この辺りの山のはずだから」
「どんな詩だね」
「魔女と太陽の話だよ。黄金の鎚というのは知ってるかね?」
そう言って、男は竪琴なしに最初の一節の部分を
ヴィークリーズの頂は高く天にあり
空はかつて冬雲に覆われていた――
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