ツイートをひとつだけ

いがらし

ツイートをひとつだけ

「弟がいなくなっちゃったんです。どこにいるのか探してください」

 探偵の事務所兼住居に飛び込んできた女性は、そう叫ぶと泣き崩れた。


 探偵は、長い時間かけて初対面の女性を落ち着かせると、質問を始めた。

「どこかへ行ってしまったんですね。なぜそんなことをしたのか見当はつきますか?」

「私のせいなんです。私がツイッターを勧めたから……」

「ツイッター?」


 彼女は、来客用のソファーに浅く腰掛けてゆっくり語る。

「弟は、あちこちへ出かけて写真を撮るのが趣味なんです。時々、自分が撮影した写真を一人で眺めたりしてました。他人に見てもらおうとは思ってなかったらしくて」

「……うん、良い趣味だと思いますよ。それで?」

「私が『写真をネットに上げて、みんなに見てもらおうよ』と提案してしまったんです。弟にツイッターのアカウントを作らせて」

「なるほど、ツイッターに写真をアップしたんですね」

「そしたら、叩かれたんです」

「え?」

「まったく知らない人が『下手な写真は目障りだ』とコメントしてきて」

 探偵は小さなため息をついた。そういうことか。ネットの世界では時々、目をそむけたくなるほど汚い言葉が飛び交う。見知らぬ相手に罵られるのも、ありえる話だ。


「弟は、荒れてしまいました。ツイッターを勧めた私ともケンカになってしまって」

「もともと誰かに見せるつもりじゃなかった写真をツイッターにアップして嫌な思いをしたわけですか。でもそれは、あなたや弟さんに落ち度は一切ない。通り魔に襲われたようなものだ。

……まあ、そんなことを言ってもしょうがない。そんなことがあり、弟さんはいなくなってしまったのですね」

「はい、いなくなったんです。ツイートをひとつだけ残して」


「ツイートを、ひとつだけ?」

「連絡が取れなくなったんです。電話にもメールにも反応がありません。ツイッターを見たら、写真はすべて削除されていて、ツイートがひとつだけ」

「そのツイート、いま確認することはできますか?」

 彼女はスマートフォンを取り出して操作すると、液晶画面を見せた。

 信楽焼のタヌキのアイコンと、短い文章が表示されている。



   かたたたきたぬま @picture……


   ありがとう

   楽しかった

   みんなのおかげ

   下手な写真は片付けたから

   いまはスッキリ

   クールダウンしてきます



 不自然で、どう解釈するべきか判断がつきにくい文章だ。探偵は首をひねった。

 楽しかった、という過去形の表現が不穏ではあるが。

「クールダウンしてくると書いてありますね。弟さんは、冷静になろうとしてるのでは?」

 女性は、涙目で探偵を見つめる。納得はしてない様子だ。

「せめて、どこにいるのかを知りたいんです。家出なんて初めてのことで、心配なんです」

「どこかで辛く寂しい思いをしてるのではないかと?」

「はい」

 探偵は腕を組んで考える。この短い文章は手掛かりなのだろうか。ところで……。

「ところで、ハンドルネームというのですか。面白いですね。『かたたたきたぬま』とは。

そういえば、まだお名前をお伺いしてませんでした。もしかして、田沼さんですか?」

 探偵の頭の中には『肩叩き田沼』という文字が浮かんでいた。

 しかし。

「いいえ、柿沼です」

「え?」

 探偵は、スマートフォンの液晶画面を見た。信楽焼のタヌキのアイコンが目に止まる。

「あ、そういうことか」探偵は声を上げた。「アイコンがタヌキ。これはヒントですね」

「弟は、そういうダジャレや言葉遊びが好きなんです」

「タヌキ、つまりタぬき。『カタタタキタヌマ』からタをぬいて、カキヌマなのか」

 探偵は笑いそうになった。事務所兼住居の天井を見上げて、そこでふと、動きが止まる。閃きが、頭の中に生まれた。


 しばらくして、言葉を発する。

「柿沼さん。この文章からすると、どこかで弟さんは頭を冷やそうとしてるのだと思います。

このツイートは、あなたへのメッセージです。あなたがこの短い文章から真意を汲み取るには時間がかかると考えたのでしょう。冷静になるため、その時間が欲しかった。『心配しないで、しばらく一人になりたいだけだから』と伝えるかわりに、この言葉遊びを残した。弟さんは、あなたが思うよりも余裕があって、お茶目なのかもしれません」

「もしかして、弟がいまどこにいるか、見当がついたんですか?」

「ひとつ、地名を思いつきました」


 さて、探偵はツイートから地名を読み取ったようです。それはどこでしょう?




「このツイートに地名が書いてあるんですか」女性は怪訝そうな顔になった。

「落ち着いて考えたら、見つけられますよ。

……柿沼さん、熱海という地名に思い当たるものはありますか?」

「あります!」女性はソファーから立ち上がった。

「私も弟も大好きな場所です。何度も二人で行きました」

「そうですか。思い入れのある熱海で、のんびりしてるのかもしれません」

「でも、なぜそれがわかったんですか」

「このツイートですよ。頭の中で漢字を平仮名にしてください」


 ありがとう

 たのしかった

 みんなのおかげ

 へたなしゃしんはかたづけたから

 いまはスッキリ

 クールダウンしてきます


 探偵は微笑んだ。

「ポイントは、文章の左端なんです」


 あ りがとう

 た のしかった

 み んなのおかげ

 へ たなしゃしんはかたづけたから

 い まはスッキリ

 ク ールダウンしてきます


「熱海へ行く、と書いてあります」

「本当だ……!」

「文章が不自然だなと思ったら、縦読みが仕込んでありました」


 ガッ、という小さな物音がした。女性が、スマートフォンを握りしめたまま走り出したのだ。事務所兼住居のドアを勢いよく開け放つと、飛び出して行った。

 探偵はソファーに座って考える。柿沼さんは、あのまま熱海へ直行するのだろうか……。



 その二日後。

 探偵は、自分のスマートフォンでツイッターを見た。

 かたたたきたぬま君は、海の写真をアップしていた。

 青い海と青い空。ほぼそれだけの、平凡な写真だった。

 でも、それを見て探偵は笑った。

 姉の勧めで始めたツイッターは続けるらしい。

 この写真は熱海で撮影したのだろう。

 きっと、姉とは仲直りしたのだ。それが感じ取れた。

 探偵はスマートフォンをポケットにしまうと、ソファーで昼寝を始めた。

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