二人で一緒に
アヤの目が苦悶に見開かれる。
苦痛の奇声を発する。
体をくねらせ、もがき苦しんでいる。
そんなアヤの姿を、やっぱり俺は見ていることしかできない。
氷づけにされて、体が動かないのだ。
「アハハ! どうだ! 俺はやっぱり天才なんだぁ!」
アヤの足元から発生した氷が、彼女の体を蝕むように纏わりついていく。
真っ白な冷気ととに、アヤの姿がおぞましいものへ変わっていく。
「……アヤ! アヤァ!」
口を覆っていた氷を根性で破壊し、今更名前を呼んでも、もう彼女の耳には届かない。
遠く離れた場所に旅立たせてしまった彼女は、もう彼女ではない。
「ひゃはっはっはっ。どうだ? もうお前の言葉など、届くはずがない!」
「……アヤ? おい、アヤ?」
台座の上に立つ氷の化身。
至る所から生えている氷の棘も、真っ赤に染まったその瞳の中も、そこから零れ落ちているはずだった涙も。
アヤのすべてが、凍りついている。
「こいつを止めるには、もう殺すしかないぞ。お前の手でなぁ!」
「貴様あぁ!」
俺はサカキの体に無数の風穴を開けようとした。
氷の礫で全方位を覆い尽くし一斉に発射させた。
「……おい、狙うだろ相手が違うだろ? お前を殺そうとしているのは、こっちの女だ」
しかし当然のように、機械人間が作った氷の盾で攻撃は防がれる。
「ほら! さっさと殺し合えェ!」
サカキが俺を指さした瞬間、アヤが奇声を上げながら突っ込んできた。
俺は横に飛び、その突撃を回避する。
俺の体に纏わりついていた氷は消滅していたので、体は自由に動かせるようになっていた。
くそっ。
アヤと戦えってことかよ。
どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ。
また、アヤが飛びかかってきた。
その手に鋭利なかぎ爪を携えて。
「辞めろアヤ! アヤ――――くっ」
今度も何とか避ける。
アヤが振り下ろした氷のかぎ爪が壁を砕き穴が開いた。
そこから暖かな陽光が差し込んでも、アヤが纏った氷は溶けてくれない。
「目を覚ませ! アヤ!」
何度も飛びかかってくるアヤの攻撃をギリギリで交わしつつ、名前を呼び続ける。
獣のように唸り声を上げるアヤの殺気が俺の肌を焼こうとする。
機械人間を用心棒に従えているサカキは、目の前で繰り広げられている光景を見てゲラゲラと腹を抱えて愉しんでいる。
「アヤ! アヤ!」
必死で名前を叫び続ける。
この思いが届かないなんて信じたくない。
「アヤ! アヤぁ――っあ」
不意に足がもつれて、そのまま倒れてしまった。
手のひらがチクチクするのは、床に散らばっていたステンドグラスの破片が突き刺さったせいだ。
「アヤ……」
俺は、とびかかってくるアヤを見て、その攻撃をよけるのを諦めた。
このアヤの攻撃はどうせかわせないと悟っていた。
それでいい。
もう避ける必要はない。
どうせじり貧だ。
だったら俺は、アヤの思いを、その体ごと受け止めてやればいいだけだ!
俺の脇腹に、冷たくて悲しい、アヤの手に纏わり付く異形のかぎ爪が突き刺さる。
体を貫通して、後ろの壁にも穴が開いたと思う。
痛いけど、こんなの痛くない。
アヤの心の方が痛がっているに決まっているから。
「……帰ろうアヤ。家族が、待ってるからさ」
氷で覆われているアヤの体を抱きしめる。
絶対に離さない。
わき腹がじんじんと疼き、急激に熱を帯び始めている。
「ぐぁああぉがぉぉぉ……」
呻くアヤを俺はずっと抱きしめる。
誰も手出しができないように、能力を使って、アヤと俺の周りを分厚い氷で覆った。
「おい! さっさと壊せ! 何やってる!」
サカキの焦った声が届く。
機械人間が、俺の作った氷のドームを壊そうと必死になっている。
「サツキさん。料理、凄くうまいんだ」
そんなこと気にも留めず、俺はアヤに話しかけた。
だってここは、二人だけの空間だ。
「……だから、アヤも教えてもらえよ? これは別にアヤの料理がまずいって言ってるわけじゃないぞ?」
ああ、なんだか意識が朦朧としてきた。
「せっかくみんなが家族になったんだ。アヤが自分で言ったんだ」
アヤの体には冷たい氷が纏わりついている。
だけど、その氷の奥底から、どく、どくと、心臓の鼓動が伝わってくる。
「アヤ。帰ろう。みんな待ってる。独りぼっちは嫌なんだろ?」
俺は痛みを忘れていた。
浮かんだ言葉を素直に、フィルターを通さずに紡いでいた。
「俺はさ、もうアヤを独りぼっちにさせたくないんだ」
「…………うん」
その言葉をさいごに聞けて良かった。
「私、独りぼっちはもう嫌だよ」
アヤの体を覆っていた氷が溶けていく。
やっと直接アヤを抱きしめられる。
多分だけど俺、今、頬が少し赤くなっているんじゃないかと思う。
情けないな。
本当に。
――――もう限界だよ。
俺たちを覆っていた氷の壁が崩れ落ちる。
目の前には機械人間が迫っている。
「もういい! 二人とも殺してしまえ!」
ああ、もう体が言うことをを聞かないんです。
でもやっぱり、まだ生きていたいって思うんです。
俺はアヤをきつく抱きしめた。
アヤも俺にしがみついた。
「死ねぇぇぇぇえええ!」
サカキの声に呼応するように、機械人間の手に氷がまとわりついていく。
二人分の体を貫通させるには十分すぎるほどの、鋭いかぎ爪。
それが、俺たちの体に向かって振り下ろされる。
ああもうだめだ――――。
俺はアヤをしっかりと抱きしめたまま、目を閉じた。
ごめん、兄ちゃん。
俺が、俺たちは、せっかく家族になれたのに………。
……。
……………。
…………………。
………………………。
あれ?
痛みも何も感じない。
ああ、そうか。
死ぬって、実際はこんな感覚なんだ。
神様は優しいな。
死ぬ瞬間だけは、痛みを忘れるように人間を作ってくれ――――
「悪い。遅くなった」
――え?
俺はゆっくりと目を開ける。
目の前の光景を理解するのに時間を要した。
機械人間はもういない。
そこに立っているのは、見覚えのある英雄の背中。
機械人間から二人を――家族を守った
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