恋愛照合理論ってまじかよ!
俺は兄ちゃんとテーブルを挟んで向かい合って座っていた。
「それにしてもすまんな。ホント、すっかり忘れてたわ」
「忘れてたじゃないって。そのせいで俺、変態の烙印おされたんだから……」
ラッキースケベ展開ありがとうございましたっ!!
とは死んでも言わない。
ってかそんなこと微塵も思っていないですけどね。
紳士ですから。
「で、何で女の子が家にいるわけ? しかもあいつ……俺から財布をひったくった奴なんだけど」
俺は机の上に視線を落とした。
自分の握り拳が、そこで小刻みに震えている。
「そっか。ヒサトが言ってた女の子って、アヤのことだったのか」
兄ちゃんは腕を組み、神妙な面持ちでそう呟く。
どうやら彼女の名前はアヤというらしい。
「別に名前とか関係なくてさ。何でそいつがここにいるんだってことだよ」
「まぁ、何て言うのかな。それは……その」
兄ちゃんは何故か言い淀む。
も、弟の冷たい視線に誤魔化しきれないと悟ったらしく、
「いやぁ、まあその……
「……はっ?
なにそれ?
初耳中の初耳なんですけど。
「そうだ。恋愛照合理論だ。兄ちゃんが極秘裏に証明した理論でな。男女の相性がわかるんだ」
「普通に意味わかんねぇから」
実に面白い、とはならないよ。
非論理的だって切り捨てますからね。
「意味わかんなくないだろ。その数式にデータを入力すると、一番相性のいい人間を導き出してくれるんだ」
自慢げな表情を崩さない兄ちゃんは、空中で手を動かしながら周囲を見渡す。
書くものを探しているのだろうが、あいにく近くにはなかった。
「ま、その数式は後々見せてやるとして……。それで、我が弟のデータをその数式に入力してみたら見事、あの子がマッチングできたってわけだよ」
「信じられるか。冗談はよしてくれ」
「兄ちゃんの頭をなめるんじゃないぞ」
兄ちゃんがくいっと身を乗り出す。
そうやって真顔で言われると、本気で恋愛照合理論などという、アホウドリもバカァと鳴きそうなほどの暴論を信じそうになってしまう。
アホウドリの鳴き声知らんけど。
だって兄ちゃんは天才だから。
「……ホントに?」
俺は兄ちゃんに聞き返す。
真顔で。
「え、ヒサトは信じたのか?」
兄ちゃんがクスクスと笑い始める。
うわっ。
こいつ騙しやがった。
幼稚すぎる!
「やっぱり嘘かよ」
「嘘とは言ってないさ。まあ、信じるか信じないかはヒサト次第だけどな」
――それに。
兄ちゃんは俺の顔を真っ直ぐ見据えて。
「ヒサトがアヤに恋をしないとは限らないだろ。未来は誰にもわからないんだから」
「それ、恋愛照合理論を否定してるからな」
「恋愛照合理論は別だ。だって、ヒサトがアヤに恋をすれば、恋愛照合理論が正しいってわかるんだから」
意味がわかるようなわからないような。
卵が先かひよこが先かって問われてるような気分だ。
「……それはそうかもしれないけど、あいつ、犯罪者だよ」
「恵んでやったって思えばいいって言ってたじゃないか。それに、犯罪者じゃなくて家族な。これからアヤはこの家に住むことになってるんだから」
「ああ。……って、はぁああ?」
一緒に住む?
ってことはまたあのラッキースケベが!?
期待してないけどね!
紳士だって言ったじゃん!
「いや、だから恋愛照合理論で導き出されたんだから、一緒に住んでた方が手っ取り早いだろ。ちょうどお前と同い年だしな」
「だからそれは……兄ちゃんの作り話で」
「信じるか信じないかは……いや、俺の頭脳を信じるか信じないかは、弟のお前が一番分かってるんじゃないか?」
「……でも、流石にこればっかりは」
俺は何とか抵抗しようとしたのだが、兄ちゃんの目線はいつの間にか、俺から扉の方へ向かっていた。
「おお、アヤ。どうた? 風呂、気持ちよかったか?」
「……はい」
アヤはこくりと頷く。
何その借りてきた猫状態は。
さっき俺に風呂桶投げてきましたよね?
変態って罵りましたよね?
あの時のあなたは幻だったんですか?
「……でも、いいんですか? これ。服まで」
絹のパジャマを着たアヤは、申しわけなさそうに肩を竦めた。
今の彼女は、財布をひったくられた時のあのみすぼらしい姿が想像できないほど小綺麗だ。
「いいっていいって。これから一緒に住むんだから」
「ちょっと待ってよ! 兄ちゃん。つまりどういうことだよ!」
二人の会話についていけないからか、苛立ちが募っていく。
「何でこんなやつ家に迎え入れるんだよ? おかしいだろ?」
アヤがぴくりと体を縮こまらせたが、そんなの関係ない。
おかしいものはおかしいって言わなきゃ。
「そう言うなって。過去のことは水に流していくのが男っていうもんだろ、我が弟よ」
「いや、だからって」
「とにかくだヒサト。これからアヤと一緒に暮らすんだから、仲良くしてやれよ。俺は今から出ないといけない。晩飯は必要ないからな」
兄ちゃんは、あっけらかんと笑いながら席を立つ。
「ちょっと兄ちゃん! ……でも」
「ああ、そうだ、アヤ。君は二階の一番奥の部屋を使うといい。まだ殺風景だがベッドはある。これから好きなようにしてくれていい。欲しい家具とかあったら遠慮なく言ってくれ」
「……わかり、ました」
それから、兄ちゃんは俺に顔を向け、
「じゃあ、後はごゆっくり」
ニヤニヤ笑いながら部屋を後にした。
「ちょ、兄ちゃん!」
俺は、部屋から出ようとする兄ちゃんの背中へ手を伸ばすのが精いっぱいだった。
「……マジかよ」
え?
どういう状況なのこれ?
ひったくりと一緒に住むとか、ありえないんですけどー!!
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