夢アカリ

姫宮未調

第0話 あの場所へ

父が蒸発し、母はなくなっている私は、ひたすら働いた。

しかしまともな就職も出来ず、学生から変わらず続けられないアルバイトを日々転々としていた。

の所為で人付き合いが上手く行かず、学生時代は孤独に育った。

そんな私に生涯の仕事をくれた人は、俗に言う柄の良くない人で。

たまたま運が良かった。

不思議な感覚が役に立ち、その仕事の職務は表面だけで済んだ。

本来、リピーターを増やさねばならないが、私にはリピーターはつかなかった。

けれど、クライアントクライアントを連れてきた。

その甲斐あってか、最初こそリピーターのつかない私を疎んだ雇い主も私を利用することで足を洗った。

嫌々その仕事をしていた女性たちも職務から解放され、やめたり私の裏方サポートで真似をしたりして、大変繁盛した。

頭のいい人は応用で心理学を学び、本格的に、まっすぐ向き合った。

そんな仕事をしていたら、人生の半分を過ごしてしまっていた。

余生を余裕を持って過ごせるだけのお金は貯まっている。


───だから安定してきた仕事を辞めることにしたんだ。


私がいなくても傾くことはない。

その場凌ぎの危ない仕事から、人に寄り添える仕事になったのだから。

人付き合いが下手だった私を本当の大人にしてくれた場所。感謝しかない。

私なんかが役に立てた場所。

離れ難くなっていたが私も三十路の半ばを過ぎてしまった。

恋愛もまともに出来なかった私はこれ以上ここにいたら結婚も出来ない。

正確には上手く利用すればいくらでも出来た。

事実、他の人たちはそれで良縁に恵まれた人だっている。

見る目のある人を選別することが出来るからだ。

人生の半分いたのに、真剣なプロポーズだって何度も受けたのに、私はどの人にも答えられなかった。

私を認めてくれたのに───。





───私は今、古い列車に長時間揺られている。

気だるげに自然が広がる窓をひたすらみつめていた。

やり甲斐のある仕事だった。

けれどいちばん幸せだったあの頃が恋しかった。

父も母もいたあの頃。

中学の3年間だけ過ごした場所。

どこにいても独りぼっちのはずだった。

そんな私に声を掛け、見当たらなければ街中探して「遊ぼう! 」って毎日やってきたふたりの少年。


甲斐くんと大紀くん。


……プロポーズされる度に彼らが浮かんだ。

小学生だった彼ら。弟みたいな存在だったはずだ。


「大きくなったら灯里を嫁にしてやる」

「えー! 灯里ちゃんは僕のお嫁さんになるんだよ! 」


小さな子に取り合われて、笑ってしまった。

気持ちは嬉しいけれど、相手は自分より子どもだった。

だから……何故彼らが浮かぶかわからなかった。

純粋に人を想えるのは小さなうちだけ。

そんなあの子たちの周りが淡いパステルカラーに見えたからかもしれない。

そう……、私は人の感情がカラーで感じる不思議な───力と言うには些細だから感覚と捉えることにした───感覚を持っている。

何となく、ただ漠然と分かるだけ。

独りぼっちだったからこそ、洗練されて汲み取れるほどに研ぎ澄まされた。

だからと言って人間関係が上手くいく方法なんてわからなかった。

自分のことが自分でわかる人であれば上手く立ち回れたことだろう。

使い方によっては騙すことも可能なこの感覚。私にそれは向かない。

性格なのだろう。人の為に使いたかった。

使えたからこそ、今の私がいる。

しかし、自分に活かせなかったからこそ、変われない私がいる。

果たして私は、変わりたいのだろうか。

変わるきっかけはいくらでもあったはずだ。

伸ばされた手に手を重ねる勇気がなかった。

自分の中の小さな違和感が私を留めた。

たぶんきっと……これが運命なのだ。

どう道を選ぼうとも、決められた運命に向かってしまうなら、流れに任せてしまおう。

結婚出来ない運命ならば受け入れよう。

執着すべきことではない。……半分の諦めを添えて。


そういえば、連絡をしたとき街長がまだご健在で直で対応してくれた。


「あの時の嬢ちゃんか。久しいなぁ。……『誰か一緒』かい? 年頃だから恋人のひとりふたり……」

「な、なに言ってるですか! ひとりです!

……不器用なまま歳だけ重ねてしまいました。街は変わらずですか? 」

「そうかそうか……。街並みは変わらないよ。……人は軒並み減ってはいるがね。仕方ないさ、若いもんは古い街から新しい街に行きたいものだ」

「……いづれ帰ってきますよ。私のように。開発されてて知らない街になってたらどうしようって思っていましたから、安心しました」

「休暇かい? 」

「……いえ、できれば住みたいです。あの頃は三年しかいられませんでしたけど」

「……待っているよ」


お互い懐かしむような会話だった。

だが、彼の問いや返答をこの時は訝しむことができなかった。

違和感は電話越しではわからない。


あの街に巣食うもの。それはあまりに悲しいもの。


最悪の形でそれに対峙することになるなんて、今は知りもせず───。

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