こんなところにゴブリン

 僕とエリカ、クラークは賢者の石の入口前に到着した。

 ギルドを出てしばらくは人通りが多かったが、この辺りは人気がほとんどない。

 用事がなければステータスを測る機会もないので、当然といえば当然だった。


 セイラとスタンは中に入っているのかと思いきや、手前で何やら口論中だった。

 一体、何を揉めているのか。


「私が先に測る。なぜなら、私の方がレベルが高いから」 

「ふんっ、俺が先だ。なぜなら、俺の方が強いからな」

「……スタンとやら、ここで私の剣の露(つゆ)になるか?」

「おうっ、望むところだ!」


 いやいや、これから魔物を調査するのに戦わなくてもいいだろう。

 僕は二人を止めようと近づこうとした。


「――あれっ」


 突然、数歩先の地面がむくりと盛り上がり、それに足を取られた。

 反応が遅れてすっ転ぶかたちになってしまった。


「これは恥ずかしいところをお見せして――」

「トーマス、後ろ!」

「……えっ」


 誰かの声に反応して振り向くと、緑色の小人が立っていた。

 凶悪そうな顔つきで、こちらに殺意を向けている。


「ゴ、ゴブリン!?」

「ちっ、目障りだ」


 僕が驚いていると、スタンが素早い足取りで魔物に迫る。

 彼は腰の小剣を引き抜くと、流れるような動作でゴブリンの脳天に突き刺した。

 

 気色悪い色の血液が噴き出した後、ゴブリンはすぐに絶命した。


「見事な身のこなしですね」

「別に誉めなくていいんだぜ。俺はただ、ゴブリンが憎いだけだ」

「ああっ、そうなんですか……」


 能天気に見えたスタンだが、ゴブリンのことを話す時は険しい表情だった。

 複雑な事情がありそうなので、触れないでおこう。


「それにしても、こんなところにゴブリンが出るなんて」

「そのとおりだな。奴らはあまり単独で行動しないもんだがな」


 僕とスタンが話していると、どこか遠くの方から悲鳴が聞こえてきた。


「おう、女剣士。ステータスを測るのは後だ。まずはゴブリン退治だ」

「ふん、言われなくてもそのつもりだ」


 揉めていた二人は一時休戦になったみたいだが、もっと厄介な状況になった。

 セイラはこちらに合流して、スタンはクラークと声のした方へ向かった。

 

「トーマス、我々も行こう」

「わたしも手伝う」


 僕とエリカ、セイラもその場を後にした。


 先に行った二人を追うように街中を足早に進む。

 人通りの多い区画が近づいてくると、辺りは騒然としていた。


「うわっ! なんでこんなところにゴブリンが!?」 

「誰か、衛兵を呼んできて!」

「みんな、早く逃げるんだ!」


 そこかしこから、街の人の叫び声が聞こえてくる。

 少し前の平和だった雑踏が幻だったかのような変わりようだった。


 徐々にゴブリンの気配が近づいてきたところで、僕が足を取られたのと同じように地面が膨らんでいた。

 僕たちは足の運びを緩めて、周囲を警戒した。


「――ギィッ!」


 近くの物陰から一体のゴブリンが飛び出してきた。

 危うく、錆びた剣のような物で斬られるところだった。

 間一髪で避けられたことに冷や汗をかきながら、応戦すべく剣を抜いた。

 

 眼前のゴブリンは僕を殺そうと、血走った目と殺意を向けてくる。


「トーマス、一人でやれるか?」

「はい、大丈夫です」


 僕が危なっかしいように見えたのか、セイラが気遣うような声をかけてきた。


「セイラ、わたしは上からゴブリンを狙うから」

「ああっ、わかった」


 エリカは空を飛べるのだった。

 市街地は死角が多いので、とても助かる。


「――ギィッ、ギッ……」


 ゴブリンが間合いを詰めて、攻撃を仕掛けてくる。

 僕はそれを剣で受けながら、再び距離を取った。


 こちらから仕掛ければ一撃で倒せるはずなのだが、恐怖心が勝っている。

 ネブラスタの時は必死だったが、今回は慎重になっていた。


 ふと、剣の師匠の言葉が脳裏をよぎった。


 ――心が乱れた時は息を整えるのだ。


 僕は自分の呼吸が荒くなっていることに気づいていなかった。

 剣を握る手の力を緩めて、己の呼吸に意識を向ける。


 すると、不思議なことに迷いが晴れていった。

 ネブラスタの時にやれたのなら、今回もやれるはずだ。


 こちらの事情はお構いなしにゴブリンは攻撃してきたが、それを剣で受け止めたり、かわしたりして応戦する。

 敵の動きが見切れるようになると、自然に恐怖心が薄らいでいった。


 僕とは反対に息の乱れたゴブリンは隙だらけになった。

 こちらに踏み込んだ隙を狙って、敵の胴体を横薙ぎに一閃。


 致命傷を受けたゴブリンは血を吐いて、その場に倒れた。


「なかなかやるじゃないか」

「いえ、セイラと比べたら大したことはありません」


 彼女は僕が戦っている間に、五体のゴブリンを斬り捨てていた。

 さすがにゴブリン程度ではセイラの相手にならないだろう。


 二人で数を減らしたものの、騒ぎは継続中のようだった。

 気がつけば衛兵も駆けつけてきて、周囲は乱戦の様相を呈している。

 

 ふと、上空を見上げると、エリカが空中で旋回するところだった。

 いつもの羽のついた杖をかざして、魔法か何かを発動するように見えた。

 

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