巨木の町キュトリー

 アランが馬車を操り、それ以外の三人は荷台に座っていた。


 荷台の向こうで徐々に日が傾くのが目に入る。

 キュトリーに近づきつつあるので、すれ違う通行人や馬車が増え始めた。


 セイラの話では遠くへ逃げたドラゴンはしばらく人里に現れないそうなので、キュトリーの領主に報告するまでもないということだった。


「ドラゴンはエルフたちの魔力に反応して里を襲っていたのだが、今回はエリカの魔力に反応したと思う」

「エルフ並みの魔力がある人間なんていないから、たしかにそうなのかも」


 セイラの説明は理解できるものだった。

 近くを通りがかったドラゴンがエリカに反応して襲撃してきたのかもしれない。


「彼女について行けば、またドラゴンが現れるような気がする。君たちの旅に同行させてもらえないだろうか?」

「……ええっ!?」


 エリカは露骨に顔をしかめた。

 しかし、セイラはその態度を気に留めていないようだった。


「セイラの言うように、またドラゴンが来るのなら彼女は心強いと思うけど。あと……セイラ様って呼んだ方がいいですか?」

「旅の仲間になるのだから、気遣いは無用だ。好きに呼んでくれていい」


 セイラは大らかな表情で笑みを見せた。

 細かいことを気にしないタイプなら、多少は接しやすいのかもしれない。


「ちょっと、わたしの意見はー?」  

「そんなに反対しなくても」

「いきなり剣で斬られそうになったのに」


 エリカはぷんぷんと抗議の意思を示している。


「それについてはすまなかった」

「謝るの遅いー」

「まあまあ、大事に至らなかったわけだし」

「私も本気ではなかった」


 セイラはアハハッと笑っているが、エリカはご機嫌斜めのようだ。


「旅は道連れ、世は情けって言うらしいぜ。王族様がお伴にしてくれって頼んでるんだから、聞いてやってもいいんじゃないか」

「……うーん」


 話が聞こえていたようで、アランがエリカに話しかけた。

 それを聞いた彼女は腕組みをして、何かを考えている。


「あなたは高い身分なんだから、この世界の美味しいスイーツとか知ってるでしょ?」

「……スイーツとは何なのだ?」

「そ、そんな、この世界にスイーツはないの……」 


 スイーツとは何か分からないが、エリカにとって重要なことらしい。


「あれよ、食後のデザートとか……」

「ふむっ、食後の……果実を食べたことはあるが、そんなに手のこんだものはないぞ」

「ああああっ、こんな謎世界に来た上に、スイーツが食べられないなんて」


 とりあえず、エリカがショックを受けていることだけは分かった。


「ううん、もういい。あなたが同行するかどうかなんて大したことではないわ。この世界にはスイーツがないなんて……」


 ――というわけで、セイラも旅の仲間に加わることになった。




 馬車は街道を進み続け、視界の先にキュトリーの目印が見えてきた。

 町の中心に生える巨木が夕日に照らされて、太い幹をオレンジ色に染めている。


「さあ、もうすぐ着くぞ」


 アランは案内人のように声を上げた。

 普段、キュトリーに来ることはないので、久しぶりに訪れることになる。


 それから少しして、町の入り口に馬車が止まった。


「俺の仕事はここまでだ。また、馬車が必要になったら声をかけてくれ」

「ありがとうございました」

「ああっ、それじゃあな」


 アランは馬車に乗り、僕たちと別れた。


「さてと、今日の宿探しをしないと」

「私も役に立てるのなら手伝おう」

「いや、セイラの手を煩わせるのはちょっと……」


 王族に宿の確保は頼みづらい。

 ここにきて、セイラが旅を共にすることの意味を理解した。


「手伝ってもらったらいいんじゃない?」

「仲間になったと言っても、本来は第三王女なわけだし」

「……そのことを気にしているのか」


 セイラの様子に違和感を覚えて見やると、彼女は少し寂しげな表情をしていた。


「うーん、分かりました。特別扱いはしないようにしますけど……とりあえず、今日の宿は任せてください」

「そうか、ではよろしく頼む」


 こちらの言葉を聞いて、セイラは安心したような笑みを浮かべた。


 話がまとまったので、僕たちは町の中へ入ることにした。

 

 キュトリーはイーストウッドに比べると、いくらか規模が大きい。

 ここに来れば武器防具の店があるし、道具や雑貨の品揃えも豊富だった。


「――あれっ、トーマスさんじゃないっすか?」


 夕暮れの通りを歩いていると、誰かに声をかけられた。

 振り返ると見覚えのある男の姿があった。


 浅黒い肌に筋肉質な身体。

 こちらの世界では見かけることのない黒い髪。


「おやっ、マツじゃないか」

「お久しぶりっす。キュトリーに来るなんて珍しいっすね」

「ああっ、ちょっとした用事で」


 マツはイーストウッドに現れた三人目の転生者だった。

 賢者の石(コピー版)の測定値はレベル30で、一般人をはるかに上回る数値だったものの、木こりになると言ってイーストウッドからキュトリーに移り住んだ。


「……うーん、もしかしてあなた日本人?」

「むむっ、そういう君も日本人ではないっすか」

「二人とも、どうしたんだい?」


 話を聞いてみると、エリカとマツは同じ国から転生してきたようだ。

 同郷のよしみがあるかもしれないので、二人が話しやすいように少し離れた。


「おいらは厳しい修行をやりすぎて死んでしまったみたいっす。それで目が覚めたらこの世界に」

「……何それ?」

「トーマスさんに聞いたっすよ。一人目も二人目も自分は死んだはずだと思ってるから、おいらも同じはずだって」

「……そんな、わたしは死んでるってこと」


 エリカはうなだれるような様子を見せた後、その場から走り去ってしまった。


「ちょっ、エリカ――」

「マツと言ったか、この町の治安は?」

「そうっすね、夜に女性が出歩いても問題ない程度には」

「そうか、ありがとう」


 エリカがどこかへ行ってしまったのに、セイラは平然としていた。

 町の治安がどう関係あるのだろう。


「まだ若いのだから、あんな気分の時もある。私も似たようなことがあった」

「……分かりました。ところで、ずいぶん達観してますけど、セイラの年齢は?」

「ああっ、18才だが」

「……あれっ、意外に若いんですね」  


 整った顔立ちと王族特有のオーラがあるせいか、同年代だと思っていた。


「後から探しに行ってやろう」

「はい、分かりました」


 事情を知らないマツはきょとんとしている。

 エリカなら自分の身は自分で守れるし、目立つ外見だからすぐに見つかるだろう。

 

 ……とはいえ、心配でないと言えばウソになる。




・ステータス紹介 その8


名前:マツ(修行のやりすぎで死んだっす。ワイルドだろうーっす)

年齢:28才

職業:木こり

レベル:30

HP:250 MP:30

筋力:イーストウッドでは測定不可

耐久:イーストウッドでは測定不可

俊敏:イーストウッドでは測定不可

魔力:イーストウッドでは測定不可

スキル:薪割り

※数値はイーストウッドで測定時のもの

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