1人暮らしを満喫しようと思った初日に、幼馴染に凸られました。
能登 絵梨
第1話 幼馴染、襲来!!
「ついに……ついに、だぞ!」
目の前にそびえ立つ建物を前にして涙が溢れそうになるのを必死にこらえていた。念願に1人暮らし、ずっと夢見ていた1人暮らしをやっとの思いで始められるのだ。
家が元々お金持ちだった俺の成長の過程には、執事やメイドが側にいた。何でもかんでも買い与えられた訳じゃないけど、きっと世間一般よりは不自由なく生活はできていたと思っている。だけど、常に側に誰かがいるってことは自由はなく、常に監視されているにも等しい事でもあった。
「流石にずっとはなぁ……」
母親が心配性ってのもあるが、それはそれで当然の息苦しさは感じていた。だからそんな日常を飛び出して、そんな日常から抜け出したくて、大学に入るタイミングに合わせて俺は1人暮らしの交渉を始めた。当然母親は断固拒否の姿勢、だけどやはり一家の大黒柱の父親に宥められて渋々許可をしてくれた。何事も経験だと父親は肯定的に捉えてくれたのが大きかった。
新しく住む部屋は母親が決める言って聞かなく、ここで口論になって1人暮らし自体が破談になっても困るので甘んじて受入はした。最初に父親からは当面の生活費は貰い、それが尽きる前にバイトを始めて残りは補っていく。
これでもまだまだ甘えてしまっているが、これからは俺が自立するんだって気を引き締めながら生活をしていく。
部屋の広さは2LDKで、調べてみると1人暮らしにしては大きめだった。まぁ、心配性の母親の事だから何かあった時の為とか考えての事なんだろうけど。荷物は事前に業者さんが入れてくれていて、冷蔵庫やテーブル、ベッドなどは置かれていて、洋服など小物が入った段ボールは置かれたままだった。
「ここが俺の拠点かぁ」
秘密基地ではないけど、そんな童心をくすぐられるような感覚があった。自分で置き場を決めて、自分が思うように家具の配置をして、自分好みにアレンジをしていくことに胸が高鳴っていた。
そんな矢先に俺のスマホの着信音が鳴った。
「もしもし、父さん?」
『翔也、家にはもう着いたか?』
「うん、さっき着いた所だよ。広くて綺麗だし住みやすそうだよ!」
『そっか、それなら安心したよ』
俺のことを心配してくれて電話をかけてきてくれた事が嬉しかった。そのあとはすぐに母親に変わって、いろいろと心配事を言われて苦笑いしながらも、引っ越し祝いのプレゼントを送ったと最後に言われた、その気遣いが嬉しかった。
ピンポーン♪
両親との電話を済ませて、荷解きをしようと思った矢先に家のインターホンが鳴り響いた。ひょっとすると、母さんが送ってくれた引っ越し祝いが届いたのか? そう思い、そう思い込んでしまって何の疑いもなく家のドアを開けてしまった。
「はい!」
「お久しぶりです、翔也様」
「へ……?」
俺の目の前に現れたのは猫のマークの宅配業者でもなければ、筋骨隆々の宅配業者でもなく、クラシカルなメイド服を着た金髪碧眼の女の子だった。
▼
《ペトラ・モーガン》
ペトラはモーガン家の一人娘。
モーガン家はイギリスに住んでいる祖父の家政婦で、俺が小さい頃に遊びに行っていた時に、同じく幼かったペトラとよく遊んだりしていた幼馴染的な関係だった。明るく人懐っこい性格と、ちょっぴり泣き虫で愛嬌のあるペトラは幼馴染と言うよりは妹的な存在だった。
会う度に笑い合って、別れる度に泣き合って。小学校の高学年になってからはイギリスに訪れることもなかった為、それ以来はまったく会っていなくて、連絡先も交換なんてしてないから当然やり取りをする事なんてなかった。
「久しぶりだね、ペトラ。けどどうしてここに?」
「翔也様のお母様から、翔也様のお世話を任されましたので、同棲をしに来ました」
「お母様って……それに同棲って……」
「はい」
「でも、いくらなんでも俺の母さんのわがままだし、ステラさんはそれを許可したの?」
「はい、元々私も日本に留学するつもりでしたから、丁度良い機会だと」
ステラさんはペトラの母親で、俺の母さんとも仲が良かった。だけど、それにしたってこんな事、いいのだろうか? せっかく1人暮らしを満喫できると思っていたのに、体の良い裏切りじゃないか!
「いくらなんでも男の俺と同棲なんて良くないでしょ……? 間違いが起きたら困るでしょ?」
「翔也様は間違いを起こすおつもりなんですか?」
「いや、そんな事はないけど……」
「なら、いいじゃありませんか。お互い後ろめたい事が無ければ問題ないかと」
幼き頃の面影はあっても、人懐っこく俺に甘えてくる様子は一切ないペトラ。事務的に、本当にただ仕事に来ただけって感じの対応もなんだか気に食わない事の一つだった。
「お世話なら何も、同棲する必要はないと思わない?」
「翔也様のお母様からのご厚意なので、甘えさせて頂きました。それと、この土地に私はまだ詳しくないので翔也様と一緒の方がなにかと都合が良いので」
「俺の意思は……?」
「どうしてもと仰るのであれば、私からお母様にお話を通しましょうか?」
「いや……いいや。なんか余計にめんどくさい事になりそう……」
ここで揉めてもいい事なんか起こりそうにもなかったから、俺は大人しく非常なまでの現実を受け入れる事にした。そうやって諦めた瞬間に理解することができた。俺とペトラを同棲させる事を見越した物件だったんだなと。
「はぁ、とりあえず入りなよ」
「お邪魔します。あ、それと翔也様」
「ん?」
「これから、よろしくお願いしますね」
そう言ってペトラは微笑んだ。あの頃よりは控えめだったけど、それでもその眼差しは温かくて心地よくて、イヤな気分ではなかった。
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《令和コソコソ噂話》
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