未奈美 3-3
それから中央の広場を過ぎて、土産物屋の前を通り過ぎ、一店一店、中をメニューを見る振りをしながら、店内を伺った。
敬ちゃんとニノたちの姿を探すが、一向に見当たらない。敬ちゃんは私と同じようにニノに見つからないように監視していると考えるなら、近くにいるだろう。
ニノは敬ちゃんを知らないが、大学で見かけたことくらいはあるかもしれない。そうなると敬ちゃんも変装をしているだろうし、それだけ見つけるのが困難だろう。
そう思った矢先、見知った野球帽が、レストランを出て、私の真横を通り過ぎた。
二人はあまり楽しげな雰囲気ではなかった。どこか別のことを気にしているような、心ここにあらずといった感じで、私が想像していた二人の雰囲気とはまるで違って、遊園地を楽しみに来ているというには少し重い何かを感じた。
私は二人が離れていくのをしばらくレストランの前で待ち、それを追っているであろう、敬ちゃんの姿を探した。
もしかしたら、こちらに気付いているかもしれない。ニノたちとはかなり近くですれ違ってしまった。
日が高く、影は随分と少なく、辺りは暑い。それでもレストランの小さな影を踏み、遠ざかる二人の背中を横目で確認しながら、二人を追う動きをする人物を探す。この遊園地に一人で来ている人がいたら、それが敬ちゃんだろう。
あ、と私は小さく声を出してしまった。
思っていたよりも簡単に、すぐに敬ちゃんの姿を見つけた。後姿だったが、髪型と脂肪の少ない長身の広い背中を見て、すぐに敬ちゃんだと分かった。
――顔を見なくてもわかるんだ。と私は少し自分に感心した。敬ちゃんは私には気付いていないようで、それはそれで少し寂しかった。私は、二人を追う敬ちゃんの背中を見つめて、距離を置いてその後を追った。
手を後ろに回して、私はゆったりとした歩調で、敬ちゃんの背中を見て歩く。
小さな歩幅で、日の下をゆっくりと歩く。意識だけ、隣に歩いているような感覚を覚え、私の胸につんと寂しさが過ぎった。
もう少しで終わるから、と敬ちゃんは言った。これが終われば、敬ちゃんはまた私を隣に置いてくれるだろうか。いつか私を置いて遠くに行ってしまうような不安がいつの間にか私の中に生まれていた。
あんなにも信頼していた敬ちゃんなのに、今は不安。言いようのない不安。今までも時々、私に内緒でこんなことをしていたのだろうか。そう考えると、怖くて仕方がなかった。
敬ちゃんに裏切られたら、きっと私は終わってしまうのだと思う。
初めて私が裏切られたのは、敬ちゃんと付き合う前、十六歳の時に初めて付き合った、六つ年上の大学生だった。
私は顔だって可愛いわけじゃなくて、特別明るいわけでもなくて、それがコンプレックスになって、人前で笑うことが出来なかった。そんな私に優しくしてくれた彼を私は好きになっていた。
告白して、付き合うようになってから、嫌われたくなくっていつも苦手な笑顔を浮かべて、彼の友人にも明るく振舞い、釣り合うようにおしゃれだってした。
だけど、私はただ遊ばれていただけだった。ただ身体だけを求められるようになって気付いたのだ。そしてそれは初めからそれが目的で、私は二番目以下の彼女だった。
献身的に彼の恋人として振舞っていた私を、彼も、彼の友人も笑っていたのだ。餌付けされた子犬のようについていった私はさぞ滑稽に映ったのだろう。
怒りも何も湧かず、ただ虚無になった。友人のいない私は誰にも相談できず、ただ一人で空っぽの心に時間を流し込むだけの日々を続けていた。
夕焼けの中で、ぼんやりと高校の教室の窓から、グラウンドを眺めているときに、敬ちゃんと出会った。
お互い、死んだ魚のような目をしていたと思う。死んだ魚同士が出会えば、似た者同士で恋に落ちるのかもしれない。
付き合うつもりなんて初めはなかった。敬ちゃんもそれは望んでいなかったし、私はそれが怖かった。だけど一人でいられるほど強くない私は、時々会って、息抜きに遊んで、それはいつの間にか私の心の空虚な部分を埋める作業になっていった。
突然に、私は敬ちゃん以外では駄目になっていた。それが恋だとか愛だとかそういうものだったのだと、今まで忘れていた。
アトラクションを眺める振りをして、私は敬ちゃんと、ニノの様子を伺った。ニノたちはメリーゴーラウンド前のベンチに腰掛け、ソフトクリームを食べていた。敬ちゃんは観覧車前のベンチに座り、その様子を眺めていた。私は一人遠くから観覧車を見上げて、ゆったりと進むそれを眺めた。
腕時計に目を落とすと、三時過ぎになっていた。日は少し傾き、影は広がり、私を覆っていた。
横目で敬ちゃんを見る。サングラスのせいで表情は分からない。今の私には敬ちゃんが何を考えているのかも分からない。
どうか今までの時間が無駄にならないように。そう胸の奥で呟く。
敬ちゃんが立ち上がり、ポケットに手を入れて足を踏み出した。振り返るとニノたちが歩き出していた。
二人はトイレに入っていった。敬ちゃんは一旦トイレを通り過ぎて、出店でお菓子を買っていた。
しばらくすると、ニノと、白いワンピースを着た少女が手を繋いで出てきた。
あれ、と一瞬思い、そしてすぐにその少女が野球帽の少年だったことに気付いた。正確には野球帽を被った少女だ。
私は混乱した。私も、敬ちゃんも変装しているのは分かる。だけどどうしてニノの親戚だという子どもが男装する必要があるのだろう。スマホを取り出し、画面を見る。朝倉くんからの連絡はない。時間から見てそろそろこちらに着いているはずである。
二人が別れ、少女は観覧車へ、ニノは出口へ向かうようだった。敬ちゃんも出口へ足を向け、ニノを追うようだった。私も観覧車のベンチに座る少女を一瞥してから、二人の後を追った。
二人は足早に遊園地を後にし、それぞれの車に乗り込むと遊園地の駐車場を出た。どうやら市街地とは逆の倉庫の並ぶ通りを目指しているようで、広い道路をトラックとすれ違いながら、三台はそれぞれ距離を置いて走っていた。
ニノの車が脇道に入ったところで、胸ポケットの携帯が震えた。私はバイクを脇道に停めて、電話に出た。
「――もしもし朝倉くん? さっきごめんね、充電切れちゃって……」
『いや、いい。俺も今高速降りたところだ。そっちはどうだ?』
「今、駐車場から出て、えっと南側の倉庫並んでるところに来てるんだけど……遊園地の観覧車側なんだけど……」
周りに見える目印になりそうな物と、駐車場からの道のりを大体伝えた。
『二人はどうしてる?』
「倉庫の奥の道に入ったよ。追う? それとも合流する?」
朝倉くんはしばらく黙り込んで、それから答えた。
『――合流しよう』
「うん、じゃあここで待ってる」
見たところ倉庫は湾沿いに並んでいる。出てくるならこの通りを使うしかないはずだ。道を見張っていれば見失うことはない。
「そう言えば、さっき何か言いかけたよね」
『――着いてから言う。すぐに向かうから絶対一人で行動するなよ』
「う、うん……」
どこか威圧めいたその物の言いように、私はとりあえず頷き、電話を切った。私はエンジンを切って、バイクを降りた。ヘルメットを外すと、潮風を強く感じた。遠くに、貨物船の姿を見つけた。
ぼぅ、という貨物船の音が辺りに響いた。私は倉庫の壁にもたれかかってしゃがみ、朝倉くんの到着を待った。
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