第21話 Side:久森美歩
***
――初めて出会ったのは、夕暮れ時の教室だった。
その日、美歩は中学入学初日だというのに、浮かない気分で一日を過ごしていた。
――理由は、一人も友達がいないから。
美歩の家はちょうど学区の端にあり、小学校で仲が良かった子は皆自分とは別の中学に行ってしまったのだ。
学区とか、そういうのを気にした事がなかった美歩は今日この日までその事を知らなかった。てっきり、小学校の友人と同じ中学に行けるものだと思い込んでいたのだ。
しかも悪いことに、帰り支度をしている最中に家の鍵を忘れたことに気が付いた。
今日は両親ともに帰りが遅いと聞いていたので、鍵が無ければ家には入れない。
(こんな事なら入学式の日くらいルールを守ろう、なんて考えるんじゃなかったなぁ)
最近は安全面などから所持が許可されていることが多いが、美歩が中学生の当時はトラブルの元であるからと、特別な事情が無い限り財布も携帯も持ち込み禁止だった。
学区の違いには気付かないのに、中学校に入ることは楽しみにしていた美歩は、入学前に郵送されて来たガイダンス資料を読んでその事を知っていた。それが裏目に出たのだ。
しかし、四月とはいえまだまだ外は肌寒い。友達もいないから、誰かと時間潰しをするという訳にもいかない。だから美歩は、悪目立ちしないようにひっそりと、夜までの時間を校内で過ごすと決めた。
校内から人気が消えるのを待ち、教室に戻ると、暇つぶしに今日貰った教科書に目を通す。勉強は嫌いだけど、何となく、他の場所を探検したりとか、そういうことはしたくなかった。なるべく、自分一人だけが違う学校に来たのだという事実から、逃げていたかったのだ。
気付いたら日が暮れていて、びっくりするくらい鮮やかな夕陽の煌めきが差し込んでいたのを美歩は今も、よく覚えている。
――だって、志摩と初めて出会ったのが、その時だったから。
「こんな時間まで残ってるなんて、よっぽど勉強熱心なんだな」
「えーっと……別に、そういうわけでもないんだけど……」
初めて交わした言葉はどこかぎこちなかった。しかし無理もない。二人してこんな時間に誰かが教室にいるなんて思っていなかったのだ。
それに、志摩の方は胸の高鳴りに思考が追い付いていないというのもあった。
「一応聞いとくが、このクラスの人……だよな?」
「うん。そういう君は? 今日一日、君を見かけた記憶はないんだけど……もしかして不審者さん?」
「違うから。俺は……『久島』志摩だ。分け合って入学式には遅れたが、れっきとしたこのクラスの生徒だよ」
「入学式に出ないって……それで中学生活は大丈夫? クラスで浮いたりしない?」
どの口が言うんだか、と思いつつも、美歩はそう聞かずにはいられなかった。志摩が自分と同じ立場なのか確かめたかったのだ。
もし、ここで志摩が「小学校の友達が沢山いるから」なんて返していたら、きっとこの二人の関係はこの瞬間に終わっていた。しかし、幸か不幸かこの時の志摩はこの場における完璧な回答を持ち合わせていた。
「いや、やばい。ぜんっぜん大丈夫じゃない。俺、最近この辺に引っ越してきたから小学校からの友達とか一人もいないんだよ。それなのに入学式まですっぽかしたとか、正直明日からの学校生活が不安過ぎて頭が痛い」
「そう、なんだ……」
本当に気が重そうな志摩を見て同情の言葉を口にしつつ、しかし美歩の内心は歓喜に満ち溢れていた。
(この子もアタシと同じなんだ。……そっか。別に小学校からの友達がいる子ばっかりじゃないんだ)
周りに目を向ける余裕がなかっただけで、自分と同じ立場の人は沢山いるんじゃないか。それに気付けた美歩は、今まで暗く立ち込めていた内心の曇り雲がすうっと晴れ渡っていくのを感じた。
そして同時に、志摩に対して周囲より少しだけ特別な想いを抱くのを自覚した。
それは『まだ』、恋ではなかった。その時はただ、話しかけてくれた、悩みを解いてくれた感謝と、同じ立場であるという仲間意識が重なったというだけだった。
しかし、その後も自然と彼に視線を向けるようになり、気付けば惹かれていた。
美歩が志摩へに惹かれた一番の要因は、志摩から向けられる好意に気付いていたからだった。
授業中やふとした瞬間、志摩から視線を向けられているのに気付き、好意を自覚する。
それを前提とすると、志摩が必死に自分と会話する機会を伺っているのが見て取れ、偶に勉強の事を聞くと自分にだけ凄く丁寧に教えてくれているのに気づき、志摩から向けられる好意の全てが愛おしく感じるようになった。
だから、気付いていたから、美歩はずっと待っていたのだ。
――志摩の方から想いを伝えて来てくれるのを。
けれど、志摩は三年間一度も想いを伝えて来てはくれなかった。
唯一、志摩が行動を起こしたのが、卒業式で送った匿名のラブレターだけ。
それが志摩からだというのはすぐに気付いた。
そして、卒業式が終わり、家に帰ってラブレターの中身を見た美歩は、一つ、決意を固めた。
「――久島、アタシは待ってるよ。君が迎えに来てくれるのを」
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