第8話 ラノベ作家は再会する②
合コンとなると色々準備があるとかで、めあは一旦自宅に帰った。
美濃部自身も仕事で一度会社に戻った。帰り際に「逃げるなよ」と念押ししていたが、幻の限定グッズに意識を持っていかれた志摩は全くそんな素振りはなく、それどこか上機嫌で合コンまでの時間をずっと積みゲーの消化に充てていた。
そして、時刻は十八時を回った。
合コン開始一時間前であるこの時間に美濃部が迎えに来ることになっているのだ。
「ハセシマ、いるか?」
いくら物で釣ったとはいえ相手は頑固者の作家。美濃部は開けてみなければ結果が分からないシュレディンガーの猫の実験をしているような気分で恐る恐る志摩の家のチャイムを鳴らす。
「そんなに警戒しなくても流石の俺も今回は逃げたりしない。賭け金が賭け金だからな」
そんな美濃部の緊張とは裏腹に志摩はあっさりとドアを開けて現れた。
しかも、支度など絶対にしていないだろうと美濃部は思っていたのに、青を基調としたチノパンとテーラードジャケットとという意外にしっかりとした服装をしている。
「お前、そんな服持ってたんだな」
「……ふん。ただ昔のを引っ張り出しただけにすぎん」
成人式での出来事さえなければ、志摩は将来有望な好青年だったのだ。当時研究したファッションや身だしなみは、まだ志摩の中に根付いている。
「それに、適当な格好でリア充の軍勢に攻め込むとどうなるか、この前身をもって学んだからな……」
キラキラしたドレスを着た女性たちと高級スーツを着た紳士たちのひしめくキャバクラに、ジーンズとパーカーで乗り込んだ時のいたたまれなさを、志摩はよく覚えている。
「……なるほど。確かにこうして見ると夜夢先生や雪見の気持ちがわかる気がする」
「おい、美濃部お前やっぱりそっちの気来が――」
「だからねえって言ったろ。ただ普段のだらけた姿よりは様になると思っただけだ」
実際今の志摩は合コンに行っても違和感なく溶け込めそうだ。
いつものよれた服装で来たらその場で対策しようと早めに迎えに来たが必要なかったな、と美濃部は苦笑する。
「そんじゃ行くか」
そうして二人は夜の街へと繰り出した。
***
志摩と美濃部は新宿駅から程近い個室居酒屋に到着した。
「随分落ち着いてるな……」
前回行ったキャバクラがある歌舞伎町とは反対の南口に位置する店なので、あまり新宿に来ない志摩は同じ新宿なのにあまりに雰囲気が違うことに驚いた。
「歌舞伎町は見えない境界線で隔たれた異世界だと思った方がいい。あそこ以外、新宿はちょっと雑多な普通の都会だよ」
「なるほど納得だ」
そんな説明で済んでしまう辺り、二人とも創作の世界の住人なのだろう。
「さあ、入るぞ」
まだ開始の時間までは三十分近くあるが、早めにつくと電話して席は抑えてある。
ちょうど、今日の参加者の一部も早く着いていたようだったので、美濃部から連絡を受けてもう中に入っているらしい。
「ん? めあを待たなくていいのか?」
志摩は着替えるといって一度帰宅しためあを心配する。
「そういえば見てないな。連絡してみたらどうだ?」
「ああ」
志摩がラインを開いてめあにメッセージを送ろうとした。その時だった。
「……やぁ、お待たせハセシマ」
――耳元で、吐息混じりの囁き声が聞こえた。
「――っ⁉」
それは周囲の雑踏にかき消されることなく志摩の耳を蹂躙し、驚きのあまり志摩は思い切り後ろを振り向き、後ずさる。
すると、そこにいたのは、
「めあ、お前……」
普段のラフな装いとは打って変わって、蒼いチェックのロングスカートに、フリルのあしらわれたシャツを着て、薄いメイクもした大人びためあだった。
「えへへ、合コンって聞いたからね。ちょっと気合い入れてきちゃった……どう、かな?」
恥ずかしそうにはにかむめあの破壊力は凄まじく、飲み屋街を歩く人々の殆どがめあに視線を送っている。それくらい、今のめあは魅力的だった。
(ここでおどけて返すのは簡単だが、それは、するべきじゃないんだろうな……)
めあが誰のために、何のためにおしゃれをして来たのかはもう聞かなくても分かる。
今までの志摩ならここで居心地のいい友人関係に甘え、茶化して終わらせていただろう。だが、先日のめあの独白を聞いた今、それがどれだけめあを傷付け無理をさせるか、志摩は理解していた。だから、
「……驚いた。そういう格好も似合うんだな」
控えめで歩幅も小さいが、志摩は一歩を踏み出した。
「……あ、ありがと。けど僕、ハセシマの前以外ではこういう格好の方が多いよ?」
俯き、照れ笑いを浮かべるめあ。
そんな彼女に言外に志摩にだけ心を許していると言われて、志摩の方も照れて赤くなる。
そんな二人のやり取りを傍から見ていた美濃部は、自分のしていることに少し、罪悪感を覚えた。
(もしかしたら、俺はとんでもない間違いを犯してるんじゃないだろうか)
別に、自分が無理に動かなくても、志摩はめあと共に歩み出すことが出来るんじゃないか。二人の関係を、過去を、詳しく知らない美濃部は、そんな漠然とした不安を抱えつつも、合コンの場を作り出した罪悪感からそれ以上深入りすることが出来なかった。
お店に入り、予約した部屋へと向かう。
店内は小洒落ているものの落ち着いているとはいえず、終始どこからか笑い声が聞こえて来る。
志摩たちの部屋は入り口から少し進んだところにあり、仕切りを開けると中には若い男が二人、既に座っていた。一人は金髪で一人は黒髪。二人とも年は大学生くらいだろうか、志摩とそう変わらないように見える。
「よう、今回は動いてもらって助かったよ二人とも」
部屋に入るなり、美濃部が親し気に二人に話しかける。
「気にしないでください。他ならぬ美濃部先輩の頼みですから」
「そうそう、俺たち先輩には頭上がらないっスからね」
そのまま談笑しつつ志摩たちも席に着き、二人と簡単な自己紹介を交わす。
二人の男の内、美濃部のような明るい金髪をしている男が相田康太(あいだ こうた)、真面目そうな黒髪の男が榊原彰(さかきばら あきら)と名乗った。聞けば、予想通り二人は大学生で、志摩の一つ上の四年生だった。
「……なあ美濃部。この二人はお前の後輩なのか?」
「ああ。ちょうど就活も終わって暇してるらしかったんでな。今回の合コンを手配してもらったんだ」
自信気に「いい奴らだろ?」と後輩を自慢する美濃部に、
「……お前、さっき編集長の紹介だからって懇願したよな?」
「ああ、あれなら嘘だぞ? 編集長と話したのは本当だが、流石にあの年で合コンは組めんだろ」
「くそ。騙しやがって……」
志摩は憎々し気に美濃部を睨み付ける。
「ていうか驚きましたよ。急に参加者が一人増えるっていうから男だろうと思ってましたけど、まさか女の子だなんて」
「そうっスよ。しかもこんな可愛い子。美濃部さん、一体どこから引っ張って来たんスか?」
康太と彰は大人っぽい雰囲気のめあに興味津々な様子だ。
しかし、直接アプローチをかけるようなことはしなかった。何故なら、
「……おい、いくらなんでも狭いんだが。向こう側一列空いてるの見えないか?」
「いいじゃん。女の子が来たら向こうに移るからさ」
めあは四人掛けの椅子に無理やり体を押し込んで、志摩に密着するように座っており、伺える仲の良さから到底声を掛けるタイミング隙なんてなかったからだ。
「彼女のことなら気にしない方がいい。……そろそろだからな」
後輩二人は意味が分からず困惑するが、美濃部はそんなことは気にせず腕時計を確認すると、胸中に渦巻く後悔の行き場を探して遠い目をする。
そして、集合時間まで残り十五分を回ったその時、彼女は現れた。
「はぁ、はぁ……ようやく見つけましたよ、夜夢めあっ!」
「げ。れいがなんでここに……」
息を切らし、明らかにやつれた顔で現れたれいは、めあを見つけるなりニタァとスリラー映画の殺人鬼みたいな狂気の笑みを浮かべた。
「美濃部さんから連絡を貰ったんですよ。あなたがここにいるってね」
「美濃部め……」
めあは美濃部に今にも射殺さんばかりの強烈な睨みを向ける。
「あなたが締切間近なのは知ってましたからね。あの場で雪見に連絡して逃げ出されるより、ここまで泳がせた方が確実に捕まえられると思いまして」
「随分あっさり同行を許すと思ったら、そういうわけだったのか」
ここに来てようやく志摩は美濃部が何故めあが付いてくるのを止めなかったのかという疑問の答えを知る。
締切間近の作家が突然他の作家の家に遊びに来るなんて事態、編集者なら当然逃亡を疑う。
それでめあを嵌めるために一芝居打ったというわけだったのだ。
「さぁて、帰りましょうか。今日から最終作業が終わるまでは、もう私の目の届かないところには行かせませんよ?」
一体どこからそんな声を出しているのか、れいは喉の奥底から響くような低い声でそう言うと、ガシッと力強くめあの腕を掴む。
「ではハセシマ先生、美濃部さん、うちのめあがお騒がせしました」
疲れた笑みを浮かべて、先日の一見で気まずいはずのハセシマには目もくれないれいの様子に、
(本気の編集者、怖い……)
今後、例え締め切りを破りそうになっても逃亡は止めよう、と志摩は心に留めた。
「い、嫌だっ、僕はまだ逝きたくないっ! ハセシマ、助けてっ……!」
華奢な体格の一体どこからそんな力が出ているのか。まるで狩った獲物を運ぶ猟師のように片手でずるずるとめあを引き摺って部屋を出ていく。
「ごめんめあ……全部終わったら何でも好きな物奢ってやるから……」
助けを求められても、志摩にはどうすることも出来ない。ここで作業から逃げるのはめあのためにならないし、何よりれいが怖い。いやほんとに怖すぎる。
「さ、これでお前は心置きなく合コンに集中出来るな」
美濃部の内心の葛藤など知る由もない志摩は、ぽんと肩に手を置いて諭すように言う美濃部の言葉に、
(編集者ってほんと、怖い……)
と新たなトラウマとして心に刻み、恐怖するのだった。
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