十年来の片想い相手に振られたから、ラノベ作家になって作品の中で彼女と過ごすことにしました
くろの
プロローグ
ほぼ全員が人生で初めて着る晴れ着に身を包み、誰もが未来への希望を抱いて湧き立つ『成人式』。
それは大人になったことを祝う式典であると同時に、人生で最後に多くの旧友と再会出来る場所でもある。
旧友との再会にあたって抱く思いは人それぞれだ。ある者はただ再会を喜び、ある者は恥ずべき過去の精算を求める。はたまた昔好きだったあの子との再会を待ち望む者もいるだろう。
――そう、彼もそんな、昔の恋心を燃え上がらせる多くの新成人の内の一人だった。
ただ一点違ったのは、彼が成人式だから昔の恋を思い出したのではなく、むしろその逆。これまでの人生を全て、成人式の再会という人生最後の接点に向けて費やしてきたという点だ。
――全ては、想い人である『彼女』を手に入れるために。
その想いだけで常人なら過労死するくらいの努力をして誰もが知る有名大学に合格し、興味もないファッションを勉強して身なりを小奇麗に整え、投資でちょっと危ない橋を渡って小金を手に入れたりして、彼は間違いなく、誰もが憧れる高スペックな二十歳の男になれていた――はずだった。
けれど、現実は残酷だった。
彼は成人式後の同窓会で、意気揚々と彼女に会いに行った。
もちろん立ち振る舞いにも細心の注意を払い、自慢にならないようにさりげなく、それでも注目はして欲しいから世間話程度に軽く自分のスペックを語った。彼女と話す前に再会した同級生の女子たちはそれだけで驚き彼をもてはやしたから、彼女もそれなりの反応をしてくれるだろうと彼は期待した。
しかし、そんな彼に彼女が掛けた言葉は――、
「へぇ〜そうなんだ! 凄いんだね。……えっと、ごめん、何君だっけ?
という、ただそれだけ。
彼女は彼のことを覚えてもいなかったし、またこれから興味を持つこともないとばかりに軽くあしらったのだ。
(なんだそれ……なんだそれなんだそれなんだそれ。努力したのに。それこそ全てを捨てて、死ぬ思いで努力をしたのに。それなのにっ……)
胸の内にドロドロに溶けたコールタールのように真っ黒な思いが湧きあがり、彼の全てを焼き尽くした。いっそ全てぶちまけて暴れて、何もかもを壊してしまおうかと、そんな衝動に駆られた。
だが、彼はそうしなかった。強く彼女を想うからこそ、その感情が長きにわたる片思いが故のエゴだということを、彼は自覚していたからだ。
だから、自分が抑えきれなくなる前に彼は静かにその場を去った。
そうして長い長い、半生を作り上げた全てを否定された彼は、どす黒い感情の奔流に内側から身を焼かれて彼は……、
――受け入れられない現実の全てを拒絶して、ただ寝起きするだけの廃人と化した。
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