烈風真田幸村戦記(内部分裂編)1


    一

 大道寺孫三郎は、今までどうして頭角を現してこなかったのだろうと思える程に、見事な采配を振った。

雪の宮の急な死で全軍に動揺が走った。

その中で大道寺孫三郎部隊だけは、一切動揺することなく、アメリカの原野で、巧みに殿(しんがり)を努めて、本部から来た者たちを無事に返すかだけを考えて居たのである。

 その殿に加わってきたのが、カナダからの応援部隊、宮本ジョニー冬丸の部隊だったのである。

ともに本国からきた、招かざる客たちを無事に返すかという考え方はおなじなったのである。

これで、大道寺と冬丸は、完全に仲間になっていた。

各方面師団長、五人とも親しく立っていった。

後藤又兵衛、塙団右衛門、伊木遠雄、南条氏康、青木一重は確りと握手をした。

「第二の宮本武蔵というのは本当だな」

「あの方は我々の父親ですから憧れの的です。とても第二なんて言えませんよ」

「この部隊は、宮本・ケリー一族だと聞いたぞ」

「シベリア、アラスカ、カナダはみんな宮本一族です。ああ、南米にも居ます。武蔵十人衆がいます。高橋是高、小林勇、武藤一二三、京町ケスラー、岩上書之介、八幡野仙吉、野村当麻、馬込新吉、神林俊春、村上吉之介。この十人がいたら宮本部隊は倒れませんよ。若くてバリバリの現役上に戦略家で、武力は抜群です。私も到底敵いません。私は、宮本部隊でもケリー一族です。部隊ごと一族です。他にもハリー一族もいますし、切りがありません。十人衆のお嫁さんは、そういった一族から貰っています。たから、離れることはありません。特にシベリアにいったらみんな家族です。黒人との混血も居ますど、何の偏見もありません。シベリアは最高の土地です。農作物も豊穣です。輸出していますから」

「武蔵は五大老筆頭だけど凄い経営者だな」

「いえ。経営者ではなくて人格者です」


                    *


 宮様の全ての葬儀を終えてから、武蔵は十兵衛に、

「シベリアまでつきあえ」

 誘われた。

シベリアは何の変化もなかった。

「ここが一番落ちつく」

「なるほど」

「儂はいざとなったら、南米を捨てても、シベリア、アラスカ、カナダの北南を固ためるつもりだ。アンとリリーは姉妹だ。一族だ」

「儂は、ロシア、カザフスタン、中央アジア、モンゴル、ウイグルもある」

「儂と合わせるとどうなる?」

「儂が心配していたことが現実になるぞ」

「五大老は、何もできないぞ。一人ではな。南米は未だ離さない」

「当たり前だ。誰と誰が組むかだ」

「孫一の出方次第だな」

「武龍は思ったほどではない」

「南洋も実は小さい。がアフリカをもっている。二人が組んだとしても、アフリカの兵は冬場でどうにもならなくなる」

「アメリカは?」

「捨てる。で大道寺孫三郎部隊はこちらにくる。部隊ごとだ。報告がはいっている」

「冬丸だな」

「いろいろ吹き込んでいる」

 とこへ、ケリーが追いかけてきた。

「冬丸の居るカナダに、大道寺部隊が移動いていると・・・で、冬丸は南カナダを大道寺部隊に譲って、自分は北カナダに移っている。二人ともアメリカは捨てると・・・」

「儂が冬丸と大道寺に手紙を伝えた。今その通りに動いている」

「雪様が死ぬ直前に、日記をといって手渡されたの。幸村公の日記出と思うわ。本部では危なくて、読むことも出来なかった」

 と武蔵に渡した。

パラパラと捲っていって「公のものだ」といって、終わり近くになって、目が釘付けになった。

金蔵の数と内容、小判、金貨、金塊と数量が細々と記してあった。

 武蔵は読むのを止めた。

手が震えていた。

「もっと落ち着いてからよむ。ここだけ見てみろ」

 十兵衛が渡されて読んだが、

「いかん。手が震える」

 と日記を閉じた。

「儂もそれなりに軍資金は貯めてある。交易は儂が一番やっている。いまもやっている。交易は儲かる。それを貯めたのとキルギスの金鉱から出た金を金塊(インゴット)で貯めている。が額が違う。これでは、幸村公に勝てるものはいない。驚いた」

「実は、もっと驚く話があります。お話してよいのでしょう?」

 ケリ-が、いつになく深い悲しみの色を湛えた表情で、暫く呼吸を整えるように黙考した。

「水を飲め・・・」

 武蔵がいうとケリーが、

「お願い。口移しでのませて・・・」

 といった。

「えっ・・・十兵衛がおるのだぞ」

「気が落ち着くならそうしろ」

 というのでそのようにして水を飲ませた。

「ふう・・・」

 と一息ついてから、十兵衛の飲みかけの杯を取って、かわらけ(土器、陶器)に酒をたして、ケリーが小柄をだして、指先を少し傷付けて血を垂らした。

それを十兵衛に回した。

意味はわかっている。

杯に血をたらした。

武蔵も同じように血を垂らして、それを十兵衞に回した。

最期にケリーが呑み干して、

「三人だけの秘密です。いまの皇帝は、血筋が本物ではありません。さる公家の娘に産ませた子です」

「なに?・・・」

 武蔵と十兵衞が、腰が抜けるほどに驚いた。

「大助さまが、一乗院の娘に産ませた子です。高野山で隠して産ませ。行信が、九度山の抱きかかえてきたのです」

「行信をそっと呼べ」

「此処に来ております」

 天井から声が降ってきて、スッと部屋の隅に立て膝で腰を落とした。

「そうか、このシベリアの城のからくりは、行信殿に頼んだのであったな」

「はい。自分の庭のように走れます」

「他言無用。漏れたら斬る」

「承知。次男も正妻のお子ではありません。江戸で愛妾にしていたお鍋の方の子です。これも高野山で産ませて、私が全てお世話をいたしまいた。九度山で、大助様の正妻の子としてお生まれになったのは、三男のみでございます」

「さらに驚かれまするかも。幸村公の種は、全て女性でございました。男子は大助様お一人です。信州上田から、九度山に移転して来るその少し前に生まれましたが、私はごみ袋ですから、何でも捨てるのです。大助様は、なんと他でも有りません。霧隠れ才蔵さまのお種なのです。幸村公の褥に、才蔵様が呼ばれて公の眼前で雪様と白蛇のようにからませられてできたのが、大助様です。その間の戦後は、雪様をお抱きにならなかったので、孕んだ子は才蔵様のお種。その時に公は、やっと跡取りが生まれたかと、大助さまをお抱きになったと」

「秀吉公と同じじゃのう」

「それ以来。公は雪様に、精神的な面だけをお求めになり、母親に甘えるような夜の生活になったのです。肉欲は淀様に、そのくせ本当に大事なことは雪様に託された。それが、この日記です」

「こんな大切なものをあの戦場にまで持っていくとは・・・」

「武蔵よ。判らぬか」

「ん?」

「ご自分で孫たちの初陣の姿をみながら、寿命尽きるのを知っていたのだ。だから、会議の場でも、少し触れた日記を肌身はださず持って行かれた」

「しかし、そんな大事なものを事もあろうにケリーに託したのだ?」

「判らぬか、武蔵の愚鈍も相当のものよの。五大老で次帥だ。皇帝でなければ大元帥には成れない。それをケリーを元帥にして枢機卿補としたのだ。ここまでやれば何か有ると思うのが、普通の頭の人間だ」

「う~む・・・やからん」

「ケリーの後ろには誰がいる? 武蔵お前だよ」

「それは良い・・・」

「此処まで来たら殺されでも良い。夫の武蔵に心からお詫びをします」

 とその場で、ケリーが両手を付いて涙を流した。

「雪様とは、女同士での肉体関係までありました。雪様が本当に気がやすまるのは、私と褥で繋がっているときだけでした。その時には全ての秘密を打ち明けて、心の中まで裸になれたのです。幸村公の方は精神的なつながりだけです。それで女の私に、全てをもとめたのです。男性には、夫の眼前で才蔵と交わされて以来、極度の男性不信に陥って、女性とそれも私とだけしか、幸福を得られなくなっていたのです。私は終わると、あなたに済まないと言う気持ちで一杯でした。だって、武蔵を愛しているのは本当ですもの。勿論、雪様の事も愛していました」

 と号泣した。

武蔵は意外なことをいった。

たったひとこと、

「知っていたよ」

 と言った。

「え?・・・」

 その時に十兵衞が、

「武蔵よ。洒落ても良いか。武蔵は二刀流。ケリーも二刀流だ」

「斬るぞ!」

「決闘は厳禁されている」

「ったく・・・」

「もう一刀流になった」

「俺に済まないという、その気持ちが姪のアンを寄越した」

「はい・・・」

「そのお零れで、リリーを頂いた。儂の方はな。だから、同罪。なにも言えない」

と笑った。

つられて、二人も笑った。

「しかし、寂しいご日常だったのだなあ」

「しかし最期は、ケリーに看取られて身罷らせた。しあわせだっただろう」

「日記の最期の方だけ読んで下さい」

「うん? 代読するぞ。・・・鳳国は大きく成り過ぎた。このあと崩壊していくだろ。永遠の大国など歴史的にありえない。これまで、大国でありつづけた国はない。それが人間の歴史だ。崩壊して良い。面白い人生だった。だが崩壊の仕方がある。大助、そのあと・・・それは判らん。そう言う意味でも。武蔵だろう。大黒柱の中の大黒柱だ。武蔵が皇帝になるもよし。しかし、孫一も手強いぞ。十兵衞もいる。才蔵、真田十勇士もいる。ここは、武蔵と孫一が話合うもよし。戦うもよし。戦うのは下の下の策だ。最悪、分国が望ましい。融和しながら別れて、いざとなったら外敵と手を合われて戦うことだ。本気で戦ったら武蔵が勝つ。十兵衞は武蔵につく。初めから連合組んだ。孫一のアフリカは軍では限外がある。信幸は、誰とも付かず引退するだろう。あと一人、直江兼続は利のある方に付く。結局は武蔵の天下になる。自然の成り行きだな。武蔵は皇帝を名乗らないだろう。一つのやり方は、日本の天皇に譲ることだ。冠は天皇になる。その上で実を取る。誰も傷つかない」 

 ここまで読んで武蔵は号泣した。

十兵衞も泣いた。

「儂は決めた。いまの孫たちでは無理だ」

「大政奉還か。鳳国の名を降ろして『大日本国』にして、日の丸と旭日旗と菊の長旗か。京都に政務館も建っている。本部は大阪か」

「いや。江戸にする。大阪に負けない城に増築する」

「幸村公ならこうすると言うことを考えた」

「逆らえば、朝敵か」

「丸く収めるにはそれしかない」

「私もそう思います。名を捨てて実をとるのですね」

「日本、天皇、日の丸、旭日旗、菊の紋章か、これならだれも止めないだろよ」

 と十兵衛が言った。


                   *


 雪が逝ってから、はじめての五大老会議がもたれた。

誰もがその結果に興味津々であった。

どんな結果が出るのか興味を持たない者の方が不思議であった。

 五大老の筆頭は宮本武蔵である。

会議の口火を切った。

「我が国は、鳳大帝国と言うことでやって来た。これに連邦国も参加している。ありがたいことだ。しかし、正直に言うおう。竹林宮雪子様が、遠征途中で突然逝かれた。雪様の崩御は、誠に我が国に取って損失であり、大きな痛手ある。補いようがない。残されたのは、皇帝と枢機卿のお二人であり、枢機卿補のケリー元帥と執権職の宮本武吉だけになったが、問題は、お二人の枢機卿と皇帝にある。ハッキリ言って三人ともお若い。頼りない。軍に大号令が掛けられるのか、はなはだ不安で仕方が無い。五元老が補佐すべきなであろうが、この長い国境線の何処が火薬庫であり、何処が反乱軍を組織し、襲い掛かって来ようとしているのか、失礼ながら実感として理解されているとは思えない」

「それは、武蔵殿のご発言通り、到底無理だ。しかし、無理であっても、一日々々、刻々と世界は動いている。冠としてもご三方では無理かな。こう言う時だからこそ、世界に冠たる人物が最高位に就いて貰い、指揮を執らない事には、この危機は乗り越えられない。三人には、宮様的な地位に就いて貰い。実権のない形にすべきである。日本の室町時代ではないのだ。お血筋を尊んでいて、国が斜陽化したのでは話にならない」

 そのように言ったのは孫一であった。

「儂もそう思う。真田の血筋で国が動くとは思えない。幸村の兄の儂がいうのだ」

「十兵衞、そちの言うことも聞きたい」

「何処の国でも、王様はコロコロと変わっているよ。特に、ヨーロッパはな。そこに、抵抗を思える者はいない。実力第一主義だろうな。鳳国もそうあるべきだ。名称などはどうでもよい。グイグイと、軍隊も産業も交易も引っ張っていていってくれる者が良い。例えば、大老では年寄り臭いが、丸々会議筆頭、もしくは主席で充分だ。」

 そこへ、武吉とケリーが、

「オブザーバーと言うことで参加させていただきます」

 と這入り込んできた。

「その種の名称では、国民会議主将、連邦会議主席、または首席・・・」

 と直江が言った。

直江は口数の多い方ではない。

 武蔵が将棋から取ろうといって、

「王将。飛車・角行を副将、金将・銀将で、以下は従来通り師団長、王将一人、副将五人、金将五人、銀将五人。会議も副将会議、金将会議、銀将会議で、各会議には、副将筆頭から五席まで、金将会議筆頭から五席まで、銀将会議筆頭から五席まで、壱拾五人、王将を入れて壱拾六人だ。これだけの意見が出て決定した事は間違いがないだろう。中でも王将の意見が、一番強いのは当然である」

「なるほど。将棋か。ずっと考えて居たのかのか、咄嗟が?」

「咄嗟だよ。こんなことずっと考えて居たら悪だ」

「居ないな。で、王将は誰にする。大老会議筆頭は武蔵だ。言い出したのも武蔵だ。お主がやれ。他にはいない。皇帝ではない王将だ。皇帝だったら、横取りしただの横領しただの言われるが、王将だったら関係ない。組織ごと変わったのと言える。王将閣下殿か。自分では何と呼ぶ。朕ではピンとこない」

「儂が遣るというのならなら、儂か俺か、たまに拙者だろな。所でこの思い切り、大きくなった国を日本の天皇に大政奉還しようと思うのだが・・・」

「止めておけ。受け取る方がテンヤワンヤになる。あんな小さな革袋に、これだけの量の酒が入るか。考えれば判るだろ。王将殿下は時折、突拍子のないことを言い出す癖がある。この王将殿下は強いよ。象の鼻を切り落とす。もう一人いた、十兵衞だ。二人が決闘して止めに言った。何とか間に合った。そのとき幸村公がおもわず呟いた『二人の決闘、見たかったなあ』だ。血の気の多いのばっかりだ。だからこんなに大きな国になっちまった。違うか? 武蔵、十兵衞」

「違わない」

「副将筆頭。鈴木孫一。次席真田信幸、三席真田十兵衛、四席直江兼続さて、五席だが」

「大道寺孫三郎ではどうか? アメリカでの戦闘の仕方、全員が引き上げる時に、殿(しんがり)を遣った。そのときにもう一つの部隊がいた」

「カナダからの応援の宮本ジョニー冬丸の部隊だ。立派な戦い振りだった」

 孫一がいった。

「弟です」

 そうだったのか。

「全て宮本ケリー一族です」

「金将会議の筆頭にしろ」

「そうしよう。今日はここまでだ。変に疲れた」

「誰だって疲れる。こんな話はな」

 孫一が言った。

「ともかく、鳳国が一つになって絶体に割れないとだ。割れたら敵に付け込まれるぞ」

孫一の言葉に、武蔵が、

「判って居る」

 と答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る