「烈風真田幸村戦記(女帝編)」1

 第一章「鳳王国の存亡」


    一


 真田大助皇帝が遺言のように言った言葉、いや、今となっては、遺言そのものに成ってしまったのである。

 ここでは、故大助皇帝よりも、さらに、鳳国の事情を詳細に検証して見る必要がある。

 鳳王国及び鳳連邦王国の領土は、いかにも大きい。

大きすぎると言っても、過言ではない。

今や、世界連邦国家となっているのである。

 その、皇帝が、突如として、示寂した。

その驚愕振りは、天地が顛倒(てんどう)したかと言った様相を呈した。

 大助の突然の予備無き引退宣言。

軌を一にしたような、ぼろぼろの墨染めの雲水姿に身を窶(やつ)した、秀頼の出現。

そして、間髪を入れずの拳銃の発砲。

弾丸は、大助の眉間に命中。

「もう良かろう。弟よ、一緒に、逝こう」

 と、秀頼は、己の頭を撃ち抜いた。

 誰もが、想像すらしなかった結末である。

歴史は、こうして暗転して、想像外の次の顛末に塗り変わっていくのである。

 宮本武蔵、鈴木孫一、真田信幸の三総統の居る前での椿事であった。

 その事件の起きる半刻前、二人の人物が、雲水姿の秀頼を闇に紛れて、大阪城内に導き入れているのを誰も見ていない。

 その二人の人物とは、鄭瑞祥と鄭猛竜であった。

二人は、秀頼を導き入れた後、素知らぬ体で、広間の会議に戻っていた。

 が、誰も見ていないと思ったこの場面を一人の密偵が確認していた。

密偵は、本多正純の手の者であった。

密偵は、二人の人物の衣服に、赤い色粉を溶いたものを薄い油紙に包んで、吹き矢で飛ばしていた。

付けられた本人は、まるで判らなかった。

忍びの独特の技であった。

その知らせは、本多正純に届いた。

(発言力のある人物に、この知らせは届ける必要がある。誰か?) 

迷った挙げ句に、真田十兵衛の耳に入れた。

十兵衛は、武蔵、孫一、信幸の三総統の耳に入れた。

(まさか・・・)

 という顔をしたが、三人は無言で頷いた。

そして、素知らぬ振りで、自分の席に戻った。

 議事を進行した。

すでに、皇帝と秀頼の遺体は、綺麗にして、その場も清めた。

行信が居たので、その指図に従った。

「狼狽(うろた)えるでない!」

 武蔵の一言で、その場は鎮まった。

「今後の事を相談するために、九度山に行き、宮様にすべてを申し上げる」

 立ち上がった。

孫一と信幸も立ち上がった。

鄭三兄弟と田川七左衛門も立ち上がったが、真田十兵衛が、

「田川と鄭三兄弟を取り押さえろ」

「え?」

 一同が驚くと、十兵衛が、

「その衣服に付いている、赤い印が何よりの証拠だ。何故、雲水姿の秀頼を大阪城内に、導き入れだのだ。我らの手の者が、吹き矢で付けた印だ」

「え?・・・誰にも見られては、いないはず」

「忍びが、そんな、ヘマをするか」

 そこへ、二人の忍びが戻って来て、十兵衛に耳打ちをした。

「高砂(たいわん)から、多くの戦艦が本土の福州(ふうしゅう)に向かっているそうです。福州でも、呼応して、鄭の私兵が立ちが上がったそうです。各地の夜盗の群れも、集まりだしているとのことです」

「先ずは、これを押さえなければ成りませんな」

「田川七左衛門、鄭三兄弟。なんで勝てぬと判って居るのに、蜂起した」

「・・・」

「すでに、伝令を出して居る。迎撃は、大丈夫だ」

 真田信幸が、みなを押さえるように言った。

「我らが戻るまで。牢屋に、留め置け。一緒にいたすな。話を摺り合わされては困る」

 と、武蔵、孫一、信幸、十兵衛が、馬で、九度山に向かった。


                 *


 九度山で、竹林宮雪は、事の意外過ぎる顛末に呆然となり、言葉を失っていた。

当然のことであろう。

「秀頼が・・・」

 と、それ以上の、言葉が突いてでなかった。

 報告に行った幹部たちも、説明がやっとであった。

 大助の妻の母は、淀の直ぐ下の妹である。

京極高次に嫁いで、鞠姫を産んだ。

その鞠姫が、大助と結婚をして居たのである。

三人の子供を産んだ。

三人とも男子であった。

長男が助村で二十二歳であった。

次男は、幸大(ゆきひろ)で二十歳である。

三男が助幸で、十八歳であった。

全員が元服して、初陣のことも済ませていた。

 暫くの間、奥の部屋で休んでいた、

雪が、やがて、幹部たちの所に戻ってきた。

凜として、ゆっくりとした調子で、一語々々を噛みしめるように、言った。

「残念ながら、敵が思ったようには、真田は潰れません!」

「はっ!・・・」

 と、幹部たちは、雪の前の面を伏せた。

「這入って来なさい」

 雪が声を掛けると、そこに、三人の青年が這入って来た。

ゆっくりと、三人が正座をした。

「私の側から、紹介しましょう。大助の、三人の子供たちです。私にとっては、孫ということになります。いずれも、直系の孫です。大助と正妻の、鞠妃の間に生まれた子供たちです。悲しみを耐えて、緊張をしていますが、長男の助村で二十二歳です。次が次男の幸大(ゆきひろ)で、二十歳です。そして、三男の助幸で十八歳です。すべて、鞠妃の、お手柄で、男子が、三人です。誰も、僧侶にはしません。これだけ、大きな国です。三人とも、武将に成って、国のために働いてもらいます。三人の中から、誰が頭角を表すかは、時間が決定してくれることでしょう。眞田は、断じて倒れません。私が、倒させません!」

 雪の言葉は、決意であり、覚悟そのものであった。

強い。

さすがは、眞田幸村の妻であった。

「我ら三人とも、未熟なる若輩ゆえ、何分にも、ご支援の程・・・」

「願い奉ります」

 と、声を揃えた。

丁寧に、畳に額を三人とも付けた。

「勿体ない・・・どうぞ、面(おもて)をお上げ下さいませ」

 と、孫一が言って、長男の助村の手を取るようにした。

「大御台様の仰られるように、真田は、どんなことが起ころうとも、決して、倒れることは、ありません。ただ、我々の不注意故に、皇帝を・・・残念です。まさか、秀頼があのような、挙にでようとは、悔やんでも、悔やみ切れない、と言うのが、のが真実であります」

 と、そこで、孫一が、男泣きに泣いた。

武蔵も、信幸も、十兵衛までもが、隻眼から、涙を流した。

「大助皇帝は、父、幸村様に負けまいと、見事に、領土を倍の広さになさいました。その上に見事な運河を、三本通して、それが、新大陸に領土を広げる奇策でもあったのでござるが、初代を上回る、名君であっただけに、勿体ない・・・」

 と、武蔵が言った。

世辞の言えない男である。

それだけに、真に迫っていた。

「拙者は、名君、幸村公が、心血を注がれてお建てになった大阪城は、さすがに、寸分の狂いも無く、忍びといえども、付け入る隙は無い、と城の持つ防御に全幅の信頼を置きすぎたと、悔やみ切れない、猛省をいたしております。まさか、手引きをする者が居たとは・・・これでは、天下の名城も、宝の持ち腐れ。悔しい」

 と、真田信幸が、奥歯を噛むようにいった。


十兵衛が、唇を血の滲む程に噛んだ。

眼帯にしている刀の鐔の紐は、佐助から貰った赤い元結いを未だに付けていた。

十兵衛という人物の、個性が表れていた。

決して、裏切りの無い人物だったのである。

「我らは、初代、幸村公から受けた、ご恩の中で、存分に働いて参った。そして、二代目、大助帝王の信頼の元で、これも、存分に働かせて頂いて参った。鳳国を、信頼の国、信頼のおける、仲間の国と、信じて参った。それが・・・嗚呼。口惜しや・・・」

「む。真田たるものが、真田と豊臣の、最期の腐れ縁を・・・なぜ、最期まで、断ち切って、置かなかったか。確かに、悔やまれるは・・・」

「それは、わらわの、女故の甘さであった。あそこで、なぜ、秀頼に、死を賜っておかなかったか。得度をし、俗世を断つと言うことで、秀頼を許してしまったか。悔やまれる」

 と、雪が言った。

 と、そこへ、法華常院行信が平伏し、躙り寄るように膝行してきた。

「行信殿。此処は、幹部と身内の席。ご遠慮願えませぬかえ」

 雪が、厳しくいった。

「この、一言だけを申し上げたら、去らせて頂きます。霊光僧正のお言葉です」

「むっ。なんと?」

「雲流覚法禅師の本院は、富山ではない。確かに、本地覚心老師の法孫ではあるが、法孫は、十三人も居ると。本院は、高砂(台湾)の南端の、三地門と言う場所にある。禅は禅だがの、台湾の虎角(こかく)禅じゃ。儂はそれを知って居った。故に儂に会うのは、意図的に避けていた。虎角禅は、禅を心得おれば、虎のように強い。その上に阿弥陀を称名して、禅定に入らば、虎に角が生えたようなもの、と言うのが台湾の禅だそうで、禅師はその流れが強い人物じゃと。本土の禅には、金剛禅というて、少林寺拳法がある。虎角にも、固有の、武芸があり、忍びも使う。覚法は、忍びの達人じゃ。故に、山林を鹿のように走れる。無刀取りもできる・・・雪様に、申しあげるのが、一歩、遅かったか。と、悔やみ、このことを伝えて参れと。禅師は、今頃は、台湾辺りにいるであろう。あるいは福州かのと、もうされて・・・」

「確かに知るのが遅かったわ。見事に罠に嵌まったわ! 覚法の狙いは、ここだったか!」

 と、孫一と武蔵が、拳で、自分の膝を強く叩いた。

「嗚呼。わらわは、所詮、女性(にょしょう)、女の執念を逆手に取られた。淀の事だけに、目が眩んでおりました。相手の策謀は、二重、三重の重箱になっていた」

雪が、悔し涙を流した。

「悔やんでも、遅し・・・母を許してたもれ・・・」


                *


 大阪城の地下牢には、田川七左衛門、鄭明陽、鄭猛竜、鄭瑞祥の、四人を入牢(じゅろう)させてあった。

四人とも、別々の牢である。

雑賀党の忍びと本多正純の手下が、厳重に見張っていた。

忍び独特の六尺棒を使った縄の掛け方で、舌を噛まれ無いように、口の中に棒を入れてあった。

幹部たちは、九度山での話を打ち切って、大阪城にとって返した。

 この始末を付けない限り、先には進めないのであった。

「鄭一族は、我ら以外にも、体を張る者は幾らでも居る。永明王の子供を預かっている。永隆王と言って立てれば、中国の民は、『明』時代に戻る。『鳳』に、信服しているわけではない。必ず『明』の世に、再度もどす。我が、台湾と福州(フーシュウ)をといったときに、福州を特区にすると、武蔵が言った。これは、土地は返らぬな、と、咄嗟に読んだ。その前から、我々は、仕込みを入れていた」

「それが、覚法禅師か」

「淀とのあの程度ことで、してやったりと思うのは、早計も、早計よ・・・」

 鄭明陽がいった。

「ことが露見した以上は、これまで」

 と、四人とも、奥歯を舌で外して、猛毒を服毒して果てたが、

「禅師はどこに・・・」

 と、孫一が訊いたが、猛竜が、

「勝ってに探せ・・・」

 と、言って、こと切れた。

「それほど、福州が欲しかったか」

 と武蔵が、呟いた。

「武夷(ウイ-)山脈には、大きな金鉱がある。大久保長安が調査した。間違いはあるまいよ」

 信幸が言った。

「そういうことか。取りにくるかな?」

「武蔵よ。ここまで、発覚したら覚法も鄭一族も、姿を眩ますだろう。盛親と本多正純に、事を話した。今頃は、手ぐすねを引いて待っているよ。それなりの私兵が、出てきたら、師団も用意している。大久保長安に命じて、先に金鉱を掘ってしまう。狙いは、それだ。そこを取られたら、なんの価値もない。今更、密貿易でもあるまい。高速艇で行ったら、日本から、台湾は直ぐだ。馬賊狩りの凄まじさは、誰よりも、知っているはずだ」

「朝鮮であったときから、鄭一族は、金鉱を狙っていたのか」

「今回の、皇帝のことは、単なる、意趣返しだろう。それに、気づかなかった、我々の負けだ。手の込んだ事をする」

 信幸が、肩を落として、呟くように言った。

「ならるほど。世界は広いわ。先代、幸村公であったら・・・」

「孫一。言うな! 我々が、莫迦だったのよ」

 武蔵が、怒鳴った。

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