烈風「真田幸村戦記(大助編)」15

    二


 アフリカに行くのには、地中海からジブラルタル海峡を出て、ヨーロッパとは反対の南に行くことになる。

西アフリカを回って、ギニア湾に這入っていくと、象牙海岸や奴隷海岸をへて、鈴木総統のいるナイジェリアに着く。

すでに、湾内には、鳳国軍の艦船で一杯になっていて、警護関連の軍艦は、湾の外に出されていた。

鈴木師団の者たちは、天手古舞いの騒ぎになっていた。

「さすがに、鈴木孫介総統の力は凄い。大族長でもあるが、これだけの艦船が、呼べるんだぞ」

「本当の実力が無かったら、これだけの、船団を呼べるわけがない」

 と、黒人兵たちも驚嘆していた。

黒人兵たちは、全員、ネイテイブな日本語を聞き、話し、読み、書く事が出来た。

それでなくでは、鈴木師団には這入れないのであった。

 アフリカの女性は、全員、働き者であった。

兵士にも大勢、女性が働いていた。

それも、銃を持って、戦場に出向くのである。

男性と何ら遜色はなかった。

何処の国でもそうだが、普通の女性、美人、超美人はいるものであった。

これで、肌の色が白かったら、このころにはなかったが、ハリウッドにでも居そうな美女もいた。

それに、肌がつやつやしていた。

 鳳軍の兵士は三個師団しかいなかった。

しかし、想像していたよりも、軍律も厳しくて、全員がキビキビと動いていた。

鳳軍の基地は、六個所に分散していた。

本部は、師団であったが、他の四個は、旅団であったり、大隊だったりした。

しかし、現地兵は、一体どこに居るのかも、判らなかった。

気がつくと、側に立っているのであった。

全員、鳳軍からの支給の軍服を着用していた。

 中井鉄造、田沼分六郎、衣笠谷蔵が、師団長としてきていた。

何れも、海兵隊上がりであった。

海兵隊は、いずれも、気が荒かった。

それは、無理もないので、敵前上陸で、一番はじめに、敵地に上陸する隊だったからである。

気が荒い位で無くては、務まらなかった。

 しかし、師団長までになってくると、それらしい風格が付いてきたが、性格の気の荒さは、何処かに滲み出ていた。

鈴木孫介と三人がいた。

基地の応接間といっても、野戦基地の会議場という雰囲気が、濃厚に漂い出ていた。

中井、田沼、衣笠には、その方が、気が置けない感じがして、臨場感もあった。

「こんな、所しか無くて、みなさんをお持てなし出来るような所では無いのですが。これでも、一番良い部屋なのです」

「別に、部屋で、戦をするわけではありませんよ」

 と、中井が言って、笑った。

「アフリカで、豪華な絨毯の部屋でのもてなしを受けようとも、思っていませんよ」

衣笠もそう言って笑った。

彼らは、大阪城冬の陣以来の古参では無かった。

 彼ら三人は、親の代からの軍人であったが、海兵隊の多くは、応募で兵士になったり、捕虜から転身した者であったりした。

同然、奴隷だったのを救出されて、訓練を受けて、海兵隊に入って来る者もいた。

しかし、どんな入隊の仕方をしようが、一度、入隊をしてしまうと、その扱いは、全く、平等、公平、そのものであった。

一にも、二にも、本人の実力次第なのであった。

 上官の指導は、誰に対しても、厳しいと言う言葉、以外にはなかった。

「もたもたしていると、殺されるぞ。此処は敵地なんだ! 仲間が一人減るということは、それだけ、味方の戦力が減るんだよ。腰が高い。匍匐前進なんだぞ。オカマでも、掘られたいのか。この糞野郎どもが!」

 尻を、踏みつけられた。

超スパルタ方式の訓練であった。

大抵が、教育掛かりは軍曹であったので、軍曹と言う言葉は、鬼の代名詞になっていた。

 しかし、一定の訓練期間が過ぎて、卒業となると、生徒一人ひとりを抱きしめて、

「良く頑張った。辛いときには、俺の顔を思い出せ。あの糞軍曹に負けるもんが、と思うんだ。耐えられるぞ。いいか、絶体に死ぬなよ。片腕になっても、生きろ。片腕でも、女を抱けるぞ。みんな、元気でやってこい。クソやろうども!」

 どいう、軍曹の目尻には、きらりと光るものがあった。

 世界一、厳しい訓練であった。

それだけに、また、世界一の精鋭軍団にもなったのである。

「厳しい、訓練なくして、勝利なし!」

 は、幸村以来の、伝統でもあった。

そして、実戦の場に於いて、しみじみと、訓練のありがたさを思い知るのであった。

陸軍よりも、海軍よりも、海兵隊が一番強かった。

海兵隊には、肌の色が、白も、黒も、黄色も無かった。

それだけ、仲間意識も強かった。

肩章の星が一つ違ったら、殿様と、足軽であった。

返事は、常に「はいっ!」だけであった。

一年経過しなくては、新兵は、入隊してこない。

二年目で二等兵、三年目で一等兵であった。

上等兵に成るのには、試験があった。

合格しなければ、一等兵のままであった。

試験は年に一回しかない。

けれども、勲功に依って、無試験昇格というのもあった。

全員、若い。

若くなければ、務まる任務では、なかったのである。

 それだけ、海兵隊というのは、命掛けの任務だったのである。

時折、任務換え、と言うのが行われた。

海兵隊から行ったものは、陸軍だろうが、海軍だろうが、大抵、出世してしまうのだが、その逆は、全く、使い物にならなかった。

海兵隊の、下士官は、尉官級の実力があったが、これも、逆になると、使い物にならなかった。

そこで、

「若いうちは、海兵隊に行ってこい」

 と言う言葉が、いつの間にか、通説になっていた。

海兵隊上がりの陸軍大尉となったら、『鬼の大将の閻魔様』扱いを受けた。

中井、田沼、衣笠は、その海兵隊の師団長である。

体も頑固だが、頭も切れた。

特に、戦略面では、右に出る者は居ないと言われてきた。

威圧感もあった。

言葉の一つひとつに、重みがあった。

自分の言葉一つに、師団の命が掛かっていると言うのが、良く判った。

「実は・・・」

と、鈴木孫介が、切り出した。

三人が、孫介の言葉を待った。

「アフリカというところは、戦争だらけなのです」

「む」

「国だけでは無く。民族が違うと、もう、敵なんです」

「我々には、誰がその民族か、と言うのが、全く判らない。つまりは、味方と、敵に判別が,付き兼ねる」

「はい。中井師団長の言う通りなんです。戦争といっても、小さなもので、紛争とても言った方が良いのですが。放置しておくと、それが、内乱にまで、発展しかねません。紛争の理由は、俺が矢で射た鹿を何々族の何村のものが盗ったとか、俺の羊を喰ってしまったとか、彼奴らの、山羊が、畑の作物を喰ってしまう。それが、理由で、村同士の対立になって、やがて、紛争に成り、族と族の内乱に成っていくのです」

「信じられない世界だなあ。鹿一頭が、内乱ねえ」

「さらに、信じられないことですが。国境はあります。しかし、これは、白人たちが、自分たちの都合で引いた線に、過ぎないのです。国よりも族です。族よりも村なのです。ですから、国境を跨いで、同族がいるのは、当たり前です。そして、それが、複数の族や、村になって、戦争が、国単位になっていくのです。鹿一頭戦争です。頭の中が、痒くなっていきますよ」

「今まで、それをどうやって、纏めてきたのだ?」

 田沼が、不思議そうに、訊いた。

「『結局。お前たちは、奴隷に戻りたいんだな? それしか、使い道は無いだろう。そんな、つまらない知恵しか無いから、いつまで経っても、幾ら教えても、小麦一つ作れないんだ!

俺は、もう、自分の国に帰る。鳳国がいなくなれば、また、白人が来て、お前たちを奴隷に攫っていくぞ。それが判らないのか。俺の頭の中に、ウジ虫が這いまわっているわ』そこで、部下に昔、使われていたと言う、鞭を持って来させて、パシーンと地面を思い切り、叩くんです。彼らは、鞭の音の怖さを知っています。そこで、山羊と、鹿の死に掛かっているのを、連れてこさせて、日本刀で、鹿と、山羊の首を、一振りで、二頭分切って見せます。武蔵先生に、剣を習って置いて、良かったです。全員が、吃驚します。で、『争い』の原因は、何だったのか? とたずねます。鹿と、山羊はもう、胴から、首が離れている。かわりに、牛を二頭出して、一頭ずつ連れて帰れ。今度、騒ぎを起こしたら、村ごと焼き払って、酋長の首を飛ばすぞ! 怒鳴りつけます。もう一度、鞭で地面を叩いて音を出します。翌日、両方の族長が、謝りに来ます。許してやります。それらを村ごと、部下にしていきます。それの連続で、六十師団になったのです」

「くわーっ! 疲れるわ・・・」

「女の取り合いもあります。四人目の妻にしようというのと、五人目の妻にするというのが、争っているのです。まだ、十七歳です。どっちが好きだ、と女の子に訊くと、両方嫌いだと言っている。別々の村の男で、羊を四頭渡していると言うのと、申し取りは山羊を六頭渡したいって取り合っている。お前たちは、二人とも、首を刎ねるぞ。この女は、儂の妻にという約束がしてあったのだ。儂の妻を盗るのか!・・・二人とも、そのばで、腰を抜かして、どうか、お許しを、と逃げていった」

「で、その少女は・・・」

「本当に、儂の妻になっている。アフリカは、早熟だ、十七歳では、晩婚だ」

「わおっ!・・・信じられん」

「そういうところだ。アフリカは。まだ未開なんだよ。だから、奴隷にされる」

「なるほどなあ・・・」

 三人が、同時に頷いた。

「鈴木総統が、現地黒人を妻にしたというのは、有名になっているが、そう言う裏話があったのか」

「結婚したから、帰る家が無いというのでな、ここに居ろといったら。夜になって、儂の、ベッドに這入ってきた。そこまでされては、仕方が無い・・・処女だった」

「なるほどねえ・・・」

 三人が、大きく頷いた。

「ところで、この大族長様の威令が、どの国まで行き渡っているのか。正直、儂にも判らん」

 と、孫介が言った。

「うん。判る気がする。現地に来なければ、到底判らんぞ」

 ということを伝令に託したら、なんと、『皇帝が来る』というのである。

 全員、「ええーっ!」と驚愕した。

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