第一章 9

    九


 ドイツの副司令官と、武蔵は、秘密で、二人きりで会った。

「ドイツに取って、悪い話では、ないと思うが」

「む・・・すぐに、上と相談する。しかし、鳳国が手を引く理由はなんだ?」

「鳳国独自の哲学によるものだ。侵略戦争はしない。今度の戦争は、五カ国が、鳳国を侮って、豪州に、手を掛けたことからの、自衛戦である。その目的は、充分に果たした。故に撤退をするが、撤退に際して、少しでも、危険があっては、ならないこと。さらには、撤退後、再び、同じような、事がおきるのは、好ましくない。そこで、兄弟国の、貴国に、監視国になって貰いたい。まあ、言葉は色々だが、半占領だ。独立は認めるが、再軍備は認めない。我々としては、大人しくなってくれれば良い。我々は、決して覇権主義の国ではない。後からの三カ国は、貴国へのプレゼントだ、合併しようが吸収しようが好きにしてくれ。パリに、鳳国の本部だけは残す。何か有ったときは、我々は、必ず内側を、固める。ずっと、そうやってきた。決して覇権国家ではないのだ。監視国として、この大きくなった領土を、どうするかは、貴国の考え方次第だ。それと一つ、我々が撤退するときには、同じぐらいの、軍備を、各国入れてくれ、安全を期したい。それと、両国が兄弟国である証に、互いに身分証明書があれば、検査なしということにしたい。途中のポーランドや、ベラルーシへの根回しも、お願いしたい」

「判った」

「これで、副長官の副が取れるだろう」

「ははは・・・妬む奴が出てくる」

「心配するな。応援する。俺は戦には強いぞ」

「司令車で、確り見ているよ。敵にしたくはない」

 と、大笑した。武蔵の言う通りになった。

 撤退と入れ違いに、ドイツ軍が、入国してきた。

それで、全員が、無事に退去できた。

重機や農具重機、道具類も、一切引き上げた。

鉄器農具類も、一切引き上げた。

掃除隊が入って一切をひきあげた、残った農民たちは、再び木の鋤、鍬で、土を掘ることになった。

能率が、カグンと下がった。

折角、大規模農業にしたのに、張り合いのない、話であった。

恐らくは、また、元の木阿弥になるに相違なかった。

この時代、西欧も、アジアも、農業が、国の基であった。

そこを、がっちりと、維持出来ない国は、どうにもならない。

折角、大量の作物が収穫できたのに、五カ国とも、元に戻ってしまった。

国力の差がありありとしていた。

それを独立国として、やり直して、行かなければ、ならないのであった。

しかも、ドイツは、監視国として、あらゆる面に、嘴を入れてきだ。

同じヨーロッパ国である。五カ国の弱点を、充分に、知り抜いていた。

そこを突いてくるのであった。

しかも、ドイツは強国であった。

いまの、牙も、爪も、角も、抜かれた五カ国には、到底、ドイツに、逆らうことは、出来なかった。

五カ国は、鳳国の時の方が、ずっと良かった。

自分たちのやって来た、覇権的な、そして、侵略的な行為が、いかに、相手を苦しめてきたことか、いやでも、骨身に染みて、理解させられてきた。

一つの未成熟な、思想で、国を運営していくことの、傍迷惑を強く感じた。

国には、必ず、栄枯盛衰がある。

それを考え無い国の指導者は、愚かである。

自己の権力が安泰ならば、世の中は、すべて、平和であると思い込むのは、一体何なのであろう。

膨大な軍事力で世界を睥睨し、実は国内の足下が、ぐらついている。

あるいは、国民の口をチャックで縫い付けで黙らせて、権力を維持して、資金力で、相手の国の、自由を奪い、徐々に相手の国を侵略していく。

こういう国は、どこも、長くは保たない。

権力者たちは、必ずといって良いほど、賄賂や、不正を働いている。

鳳国は、そうした、総てのことを、嫌っていた。自由に発言出来る。

だからこそ、菅沼氏興の言葉一つで、即断で、大改革を、英断した。旧領土を増加させても、国としては、少しも強くならなかった。

八カ国の監視、統治で、振り回されていた。

領土は、増えれば良い、と言うものでは、ないのである。

ドイツは、そのことに、まだ気づいては、いなかった。

急な領土の、拡張で、有頂天になって居る最中であったのかも、しれなかった。


               *


「すべてが、みな、無事に、引き上げられた。これは、武蔵のドイツに対する、外交力の力だ。欲をかかずに、ドイツに、総べてを渡して、見事に擦り変わってきた。ドイツは、大変に喜んだ。その後の統治の大変さは、考えていなかったようだ。ドイツは、そのこと大変に、難儀な事になるだろうがな。しかし、それは、ドイツの遣り方次第だ。ともかく、武蔵には、苦労を掛けた。礼を言う」

と幸村が、謙虚な姿勢を見せた。

「たいした事は致しておりません」

 と頭を下げた。

 久し振りの、大阪城であった。

 淀も、ケリーも、孫丸も、清水将監と愛洲彦九郎を、戻っていた。

「ヨーロッパ五カ国は、甘い誘いの、蟻地獄であった。儂は、菅沼氏興の言葉で、全く、違うことに、気が付いた。ここは、蟻地獄だということよ。ヨーロッパ全体に、言えることだが、民族としての、初々しさがない。擦れ切っているんだ。戦いに、勝つときも、あるし、負けるときもあるさ。という、頭の上げ方と、下げ方を、心得ている。あんな、気色の悪い民族には、なりたくない。例えは悪いがな。女郎を相手に、純朴な恋愛を、しているようなものだ。そのときは、『ありがとうございます』といっても、後ろを向いて、ペロリと舌をだすだろう。そんな民族と、かかわっては、駄目だ」

「しかし、西ヨーロッパと、東ヨーロッパとでは、多少人種が違うようです。東はもう少し、純朴です。中東の血が、入っているからでしょう。が、油断が成らないのは、同じです」

 と、武蔵が、いった。

「例えが悪くても、言い得て妙です」

 孫一が、いった。

鳳国の者たちは、純朴であった。

ヨーロッパ的には、それを、洗練と、いうのかも、知れないが、鳳国の者の眼には、擦れているとしが、言い様が、無い物で、あった。

「あんな国からは、一時も早く、手を引くべきだ。一時の、現金取引の交易とは、ちがう」

 幸村が言った。

誰もが、大きく頷いた。

「しかし、一度は、とことん叩いておくは、必要だった。そして、見張りに、ドイツを付けたのは、秀逸である」

「ドイツは、我々に気質が、似ているところがある」

 と、孫一がいった。

「確かにそうかも知れない」

 と、武蔵が、頷いた。

「ところで、菅沼氏興の、言った。各分野の収支決算を、出してゆくことは、大切なことだ。これからの、鳳国の将来を、見つめるためにも、現状を把握しておくことは、有益であり、そこを、等閑にしては、いけない。菅沼のいうように、一足飛びに、会社にするのは、難儀だが、国としては、収支を、出さなくでは、いけない。もっと、大幅に勘定方を増員したい」

 と、結論づけた。そうして、幸村には珍しいことであったが、

「ふう・・・」

大きく息を吐き出すと、たった一言、

「草臥れた・・・」

 といった。


                *


 鳳の国は、巨大になった。

天虎、中虎、日本とその周辺国の、朝鮮、琉球、台湾、武龍、鳳凰、豪州とある。

それだけの巨大な国は、滅多には、造れない。

 幸村は、九度山に帰った。すでに、七十五歳になっていた。

 正妻の雪と二人で、縁側に出た中秋であった。

紅葉が季節に句読点を、付けていた。

「膝を貸せ・・・」

「はい・・・」

 膝枕をした。

「昔なあ、一休という坊さんが、美女の膝を枕にしてな、死にとうない。死にとうない、と・・・」

 静寂な、間があった。

「殿下!・・・あなた・・・」

 その声は、もう、幸村の耳には、届かなかった。

一大の英傑の死に、一葉の紅葉が、舞い降りた。九度山の紅葉であったのが、幸村の死に、ふさわしかった。

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