第一章 5

    五


鳳連邦国の、各王様たちが、日本に来るという、緊急の知らせが、届いた。

大阪城で会うことにした。

迎賓館がある。問題は、側妃、庶妃のことであった。北京の紫禁城と鳳凰城にいる。と素直に、ありのままを、言うこと、にした。すでに、やるべきことは、行っているのであるから、問題はなかった。

このことでは、秀頼も、大助も、同じ苦労をしていた。二人とも、皇族なのである。カンボジア、ラオス、ビルマが、先の戦いのままである。ラオスと、カンボジアは国王はそのままであったが、ビルマは、先帝が首を刎ねられていた。皇太子が後を継いでいたが、鳳国軍が、しっかりと残って、実権を、握っていた。捕虜の問題もあった。

今回の訪問は、実質的には、お詫びと、朝貢であり、朝鮮、台湾、琉球に間に入って、とりなしてもらう、ということであった。

日本の朝廷には、なんの連絡も、してなかった。確かに、インドシナ半島での、大規模な、戦いは、鳳国軍でなかったら、半端ではない大内乱になっていた筈で、

あった。シャムの三兄弟の、ソンタム国王に対するクーデターは、万死にあたいするものであった。三人のうち、二人は、公開処刑を行ったが、カラホームだけは、地下に潜って、杳として、いまだに、行方がわからなかった。これには、麻薬と、奴隷を商品として扱っている、日本人町の組織が、絡んでいる可能性があった。

 幸村は、「そのうちに、判るだろう」と、煮詰まることもなく、ゆったりと構えていた。

ただ、ヨーロッパが、からむと、

(厄介だがな)

 と、思ってはいた。各王とは、はじめは、本丸の大広間で会った。中級幹部以上が、出席して、各王を出迎えた。

「よく訪ねてくださった」

と幸村が、労った。

「このたびは、天皇家と三組ものご結婚を上げられて、誠におめでとうございます」

 田川七左衛門が、口火を切った。その祝いの品が、各国分、山と積まれてあった。

「む。ありがたく受け取っておく」

 と、幸村は、表情も崩さずに、礼だけは述べた。すかさず、高梨内記が、

「ご遠路のお運び、まことに、大義でござった。して、ご用の向きは?」

 と切り返した。

「はっ・・・我らは朝貢のご挨拶なれども、カンボジア、ラオス、特にビルマは、代が変わりましたので、そのご報告とということも、ありまして・・・」

「いつ、お代換わりをなさったのかな? 知らされてもなきこと故、お祝いの使者もだせず、飛んだ、粗相をして、失礼仕った」

 青柳千弥が、皮肉たっぷりに言った。

「野蛮国では、それが、普通のことなのだ、ござろうよ」

 と、髙梨も負けてはいない。

「ビルマとは、まだ、講和条約も結んでいないが」

「ということは、まだ、休戦中ということでごさるな。講話条約の意味もわかっておらぬか」

ビルマの新国王は、全身に汗をかいていた。

「お望みなら、もう、

ひと合戦いたしても、よろしゅうござるが」

 それを、田川七左衛門が、通訳した。意味がわかった、ビルマの国王が、真っ青な顔になって、

「とんでもありません。私たちビルマの者は、鳳国や、アヤタヤには二度と、手はだしません。あれは、前王が、チェンマイに乗せられ、つい兵を出してしまっただけで、二度と鳳国や、アユタヤに逆らったりはいたしません」

「いや良いのだ。戦う権利は、どの国にもある。ただ、相手を、間違えると、国ごと滅ぶことになるぞ」

「はーっ!・・・」

「時に、南蛮船はくるか?」

「はい。参ります」

「今後、当分の間は、立ち寄らせるな。立ち寄るためには、鳳国の許可書を持ってこいといえ」

「はい。そのようにいたします」

「逆らえば・・・」

 髙梨が、眼で小姓に、合図を送った。

 小姓たちが、火の点いた、蝋燭を三本、畳の上にならべた。

 ゆっくりと、武蔵が、立ち上がって、蝋燭の前で立て膝になると、腰に差した大刀の鯉口を切った。

 次の瞬間に、大刀を鞘走らせた。

 大刀が水平に移動して、蝋燭の炎の芯の下の部分を斬っていった。

炎が消えた。が、三本の蝋燭は、ピクリとも動かずに、直立したままであった。

小姓が蝋燭を、退げた。

武蔵が、本身を、鞘に納めて、元の位置の戻った。

「シャムで、象の鼻を斬ったのは、宮本将軍と、儂の左にいる真田十兵衛の二人でごさるよ。象に罪は、ござらなんだがな」

 と幸村が、言った。『象斬りのムサシとジュウベエ』の名は、インドシナ半島はおろか、南洋中に、鳴り響いていた。

「ところで、近く、日本町を、徹底的に探査する。麻薬と、奴隷を扱っている商人は、本人を奴隷にする。人間として、恥ずかしい行為である。船も調べる。船底で、奴隷に艪を漕がせている船があったら、船長と船員を、逮捕する。船と商品も没収する。南蛮船でもだ。以後、どの国の日本人町も、鳳国が管理、適正な運用をする」

 幸村がそう言った。

「南洋を正しく、明るい町にしていく」

実は、その作業は、とうに始めていたのであった。日本人町を、各地、一斉に、臨検していったのであるが、不意打ちであった。日本人町の商人蔵には、金庫の中に、麻薬があった。その上に、呻き声がした。

「む? 地下室があるな・・・案内しろ。でないと、拷問に掛けるぞ」

 と脅かすと、地下が牢屋になっていて、鎖に繋がれた、男女が、猿くつわ付けられて、もだえていた。人数を数えると三百八にもいた。

「鳳国から出ている命令は、聞いていないのか」

「え? それは・・・」

「知らないのなら、この場で、体にしみじみと教えてやろうか。金品、商品のすべてを運び出せ」

日本人、中国人、台湾人、その他、東南アジア人たちであった。

「この商人を、引っ立てろ」

 南洋各国の日本人町は、例外なく麻薬と、奴隷が出てきた。そうした、百人近くの商人たちに、訊いた。

「これから、お前たちを、奴隷でヨーロッパ人に、売る。奴隷が、いかに辛いか、身にしみて判るだろう」

「お願いです。それだけは・・・」

 と、涙を零して、すがりついてきた。それを鞭で、思い切り叩いた。

「ぎゃあ・・・」

 と悲鳴を上げた。

「気持ち良いのか、もう一度、鞭が欲しいか」

こんどは、背中を出して、鞭で叩いた。その商人が、転げ回った。ジャワの日本人町は、古い上に、規模も大きかった。有名なのが『ジャガタラお春』という売春婦のことで、彼女が書いた、手紙が、令和の現代にものこっていることである。スマトラのサンダカンにも娼婦の町があって、日本女性は、人気であったという。殆どが奴隷であった。面白いことに、ジャワの日本人町の商人の家に、カラホームが、匿われていたのである。残るは、ヨーロッパの商船であった。これらは、海軍と、海兵軍の領分であった。

海軍と、海兵隊も、大活躍をした。帆船を発見すると、小回りがきく、小船で、帆船

の進路を妨害した。港に船をつけさせると、海兵隊が、臨検に入った。大抵が、麻薬をもっていた。しかも、船底には、足に鎖をつけられた艪の漕ぎ手が、四百人はいた。船長と、船員は逮捕されて、ボルネオ島におくらせて、船はニューギニアのチェンドラワン湾に曳航された。次々に逮捕された。船底の奴隷たちは島内の介護施設に入れて介護をした。

そうした知らせは刻々と、幸村の許に報告されてきた。

怒り狂ったのは、ヨーロッパであった。

交易に言っている船が、すべて、逮捕され、拿捕されているのである。その理が、大量に、麻薬をもっていたことや、船底で四百人も奴隷を使って、艪をこがせていたということなのである。逆風のときには、艪を漕がせたかったら、船は進まないのである。

だが、鳳国の船は、逆風でも、十五度の角度まで、切り上がっていくのである。それも、艪は一切、使っていなかった。ヨーロッパの船はキールがないうえに、船底に、水をいれていなかったので、船の腰が軽く、転覆のおそれがあった。その意味では造船の設計哲学が根本的に違っていた。船底に、船の、重心を、船の下部に置くために、船の最下層に水を入れて、船の、横転を防ぐのは、造船の常識で、現代でも、使われている、手法であった。

ヨーロッパ船は、いまだに、木造船であった。しかも、二重の船体ではなかった。鳳国の船は、小型船に至るまで、鉄船で二重船体であった。全て竜骨とフィンキールを装備していた。木造と鉄造では船の滑りがまるで違っていた。そしてマストのブーム(横棒)の両端には、すべて、風車がついていて、風車の回転の力で、船のスターン(後部)の水中に続いている、スクリューが力強く回転して、推力を得ることが出来るのであった。この秘密は、造船王国を自認しているイギリスでも、ノウハウをもっていなかった。

「どうして、艪がないのに、推力を得られるのだ」

と、不思議で成らなかったのである。

それはともかく、鳳国は、麻薬と、奴隷は、は厳禁であった。犯罪なのである。

その意味では、鳳国は、清潔な国であった。そして、豊かなのである。田園は、伸び伸びと広く、それでいて、実に整然と、どこまでも、青々としていた。ヨーロッパの農業国でも、こんなにも、豊穣とはしていない。

話を、もとに、戻そう。ビルマにたいしての、ペナルテイである。青柳がいった。

「他の国を攻める前に、自国でやることが、あるのではないのか。田園を見てみよ。粗耕の上に、雑草が生え、荒れているではないか。アユタヤが素晴らしいからと、そこを攻める。略奪したからといっても、指導や政策が悪ければ、その、奪った土地も、荒れさせてしまうのではないのか。それでは、盗賊と同じことぞ。こたびの戦を、敗戦を、どのように、反省いているのか、まず、そこから聞きたい」

「はい。私は、王位継承したと言いましても、まだ若い。若すぎます。場合によっては、いつ次の、邪な者があらわれて、謀叛を起こされて、父の二の舞にやるやもしれません。そこで、鳳連邦鳳国に入れて欲しいのです。私は、まだわかいので、独身でございますので、子供はおりません。そこで、妹を、皇帝の側妃に輿入れと、思っております。さらに下の妹を、宮本将軍の同じく側妃にと、思っております」

 それを聞いて、淀が、

「がそれは、めでたい。ネオラ・ムー王が独身ならば、真田信幸将軍の次女が、独身のはず、王のご正室にいかがでありましょうか。皇帝の兄君当たられる、お方です。それで万全じゃ」

 と、はしゃぐように言った。

「兄に聞いてみよう。使いを出せ。宮本将軍、異存はないな」

 それを聞いて、孫一が、

「武蔵に、側室かよ。ぴったりじゃ」

 とニヤニヤと、笑った。

「孫一。場所柄をわきまえよ」

 と幸村が、小さく、叱った。すると、カンボジアの王が、

「私の娘を、鈴木将軍の、側室に」

 といったのである。今度は、武蔵が、「くすっ」と笑った。さらに、ラオスの、王が、

「真田信幸将軍に、私の娘を、側妃に」

 と申し出た。

「使いに、そのことも申し伝えよ」

 幸村が、苦笑いを、押し殺して小姓にいった。

「ともかく、青柳、髙梨、案内をして、日本の耕作地を、見せよ。本陣車を使え。田中長兵衛を随行させよ」

「はっ!」

 と、両名が畏まった。

「道、水路のことがあろう。工兵の隊長級を、つけてやれ」

「はつ!」

 すると、田川七左衛門が、

「こたびの不始末のお詫びとして、後ろに積んであります、金塊や品々を持参いたしておりまする。各国別に私が、目録を書きました。是非ご高覧願いたく存じます」

「相判った。菅沼にわたせ」

「はい」と、小姓が目録を受け取った。

「ともかく。各国とも、いまのままでは、国体の護持は、ままならぬ。鳳連邦王国として、もっと、毅然とした。対策をとらねば、再度付け入られるぞ。よって、軍事顧問、政策顧問を鳳国より派遣する。あらゆる面から、二度と不祥事の起こらぬように、万全の策をこうぜよ。こたびは、大義であった」

 と幸村が、退座した。青柳に、小声で、

「迎賓館で接待をせよ。こっちも、忘れるな」

 と言って、青柳の股間を、ぎゅっと握った。

「あ!・・・は、はいっ!」

 と恐縮をした。


              *


「たまには、兄貴のところにも、顔を出さなくてわな」

 というので、幹部級を引き連れて、鳳国の武龍にいった。武龍城は七分通り出来あがっていたが、北武龍、南武龍に挟まれて城船が長江に浮いていた。信幸は、城船を、居城にしていた。幸村を見ると、

「おお、やっと来てくれたか」

と、破顔した。

「途中で、田畑を見てきた。見事なものだ」

「そこにいる。田中のお陰だ」

「いえ。工兵のみなさんのお陰です」

「どちらにしろ、見事な、大規模農業になった。で、収穫の方は?」

「はい。どうにか、土が馴染んで来てくれたおかげで、年に五千万石になりました。飢饉は、もう、ありません。それに、春先から、田植え前に穫れる小麦が矢張り、五千石です。こめは、農家の自家消費分は除いております。お蔵米のみです」

「む。見事だ。で。真田将軍。馬賊、盗賊、不満分子らは?」

「そこにいる。長宗我部盛親と、本多正純に聞いてくれ。連日、頭領たちの首を刎ね、一党どもを、牢屋に、放り込んでいる。性質(たち)の悪いのや、喧しいのは、刑場で、首を斬っている。首斬り役が、休日が欲しいと言っている」

「そんなに斬ったか。平和には・・・」

「表面上は、なった。今でも見つけ次第に、退治している。奴らのしぶとさは、一通りではないぞ。しかし、増えてはいない。チベットと、ウイグルに逃げている。チベットの民や、ウイグルの民からは、悲鳴が聞こえてくるな。ここを何とかしないと、また、隙をみて、降りてくるだろう。イタチごっこになる」

「わかった。十兵衛を隊長に、南條氏康、木村重成、塙団右衛門、薄田隼人、渡辺親吉、空岩典康、大道寺孫三郎、各和元樹、速水守久に一万、計十万で、チベットと、ウイグルを、虱潰しに、叩き潰せ。捕まえたのに、情けを掛けるな。拷問に掛けて、敵の巣窟を吐かせて、急襲しろ。盛親、正純も参加しろ。あんな強盗どもに侮られるな。儂の一番嫌いな、卑怯者たちだ。遠慮は要らん。すきな武器を使え」

幸村が本気で怒った。

儂は、決着がつくまで、北京にいる。

北京は一里四方の堅牢な城に、改装されていた。

北京には、言うにいえない『仕事』あった。幸村が帰りかけたときに、信幸が、

「こんな時になんだが、例の件は政治なんだろう。引き受けた」

「ありがたい。楽しめ」

「ふん・・・」

信幸が鼻先で、笑った。


             *


北京では、幸村は、草臥れるほど、男の機能を、全力回転させた。仕切っているのは、どこへでも付いてくる、淀であった。

「今夜はモンゴル。今夜は、カンボジアとビルマ」

「一晩に二人か!」 

「あしたは、休憩させます。でも、わらわが、寝かせません」

「勘弁してくれ・・・」

「だめです。お仕事です。後六人残っています」

 淀が笑った。楽しんでいた。

翌朝、幸村の許に、郡山から、報告が入った。

「部下からのしらせで、ヨーロッパに不穏な動きが・・・」

「そろそろ、来ると思ったわ。清水将監と愛洲彦九郎を呼べ」

「承知」

「淀。三人ずつ褥に、侍らせろ」

「え?」

「二日で、残り六人を終わらせる」

「どういうこと?・・・」

「ヨーロッパが攻めで来る」

「あ。判りました」

 ヨーロッパには、郡山の配下と、黒人を奴隷から助けて、忍びの訓練を徹底的させた、一千人の軍団がいた。それを、ヨーロッパに派遣してあった。語学はネイチャーな英語、仏語、スペイン語、ポウトガル語、オランダ語が喋れた。黒人は、耳がよかったので直ぐに語学に堪能になった。

 連合で、五百隻が来るという。帆船の船艦である、しかし、木造船であった。


 白井賢房、分部光長、櫛来玉海、妻良新之助、富田辰二郎、沼津秋伸、横井神太郎、菅道貞、愛洲彦九郎、清水将監、高橋源吾らが、北京に招集された。鈴木孫右衛門もいた。

幸村が開口一番で、

「ヨーロッパが攻めてくる。帆船船艦五百隻だとよ」

と言って、

「海軍の出番だな。インド洋だな。デカい海戦になる。五百隻あるか?」

「冗談じゃない。戦艦だけで、一千隻はある。三百隻を拿捕したそうだな。麻薬と、奴隷で」

「そうだ。日本町も潰した。清潔にしたかったからな。武龍に十兵衛は取られている」

「武蔵将軍が、いる」

「儂は船に酔う。戦が、始まれば別だがな」

 戦艦一千隻が、南シナ海に浮かんだ。戦艦だけではない。大安宅船、帆船、安宅船、大関船、中小の関船。大中小の輸送船弾丸その他の兵站船である。小早船、戦闘艇が、無数に集まった。まさに壮観であった。そして、五席の城船もある。

「これは、太平洋を大回りしてヤンデナ島から、スンダ列島の外側を回ってスマトラから先はなにもない、インド洋である。船団はその航路を通った。

が、そのときに

「あの巨大な島は何という島だ」

「海図にもないぞ」

「捜索しろ」

 と幸村の命令で、大中小の関船の二船団を、急遽編成して、東廻りと、西回りで巡視させた。そして、インド洋に向かった。

 広大なインド洋で、作戦通りに五隊に艦隊が、整列した。

 それは、鳳国の強大さを誇るに足る、偉容と言うほかはないものであった。五隻ある城艦の中央の一番高いキャビンに、幸村と幹部立ちが乗り込んでいた。秀頼も大助も乗っていた。「危険だから、今回はやめろ」

 と幸村が言うのに、

「死ぬときは、一緒です」

 と頑として聞かず、とうとう、淀も、ついて来たのであった。

 そうなると、淡島、香苗隊、佐助隊も、ついてくる結果となった。

 本陣の城艦の船室は、豪華一色であった。窓からは、全艦船が見渡せた。

 清水将監と愛洲彦九郎が、特別に、本陣船に乗り込んでいた。斥候や、密偵からの報告でヨーロッパの船団が、アフリカの喜望峰を回っているのが、次々に報告されてきた。

「嵐に揉まれているところでしょうな」

と、清水がいった。

「喜望峰の先は、一年中嵐なのです」

「やっと、嵐を乗り越えた、という、そこで、我々の大船団を見ると言うわけか」

 と幸村がいった。

「ヨーロッパは、自信をもって、大船団を組んだのでしょうが、この鉄艦隊を見て驚愕するでしょう。小早船にいたるまで、鉄造船です。それに、船艦の巨砲を見たら、戦意を喪失するのではないですか。見ただけで逃走する訳にもいかず。白旗を揚げる訳にもいかないでしょう」

 と、自信を持って言うのに、幸村が、

「くれぐれも、同士討ちをしない陣形を保て」

「はい」

 と、答えて、通信兵に、

「湾状の陣形はとるな。各艦の距離を保て!」

 と、すかさず指令を出した。手旗信号が送られた。

 各艦が、互いの距離を離しはじめて行った。さらに陣形が、大きなものになっていった。

 敵の船影が見えるまでは、まだ、時間がありそうであった。

 北京にいた側妃九人も淀の計らいで本陣船に呼んでいた。庶妃は、ヨーロッパなので、さすがに、呼ばなかった。

「妃たちに、鳳国の強さを、見せておくのも、大切な戦略です。必ず、本国に、報告しますから」

「なるほど。淀らしい、戦略よな」

 幸村も感心した。

「なるほどなあ」

 と、孫一も感心した。側妃たちのいる階は、一階下であったが、海戦が始まったら、その様子を見せる、つもりであった。側妃たちには、香苗隊がついていた。

 やがて、五百隻の、ヨーロッパ船団の、船影が見え始めた。

 本陣船や、各城船から、信号が送られた。地球は、丸いので、低い位置からだと、水平線しか、見みえないのであった。

 全艦隊に、緊張が走ったのが、本陣船からでも、判った。

 各砲に弾丸が、装填されていった。ヨーロッパ船からは、まだ、鳳国軍の全容が、見えないのかも、しれなかった。

 鳳国軍の大きな、戦艦や、大きな、輸送船が、各戦艦から、向きを変えて離反していった。予定通りの、行動であった。

 この当時で五百隻の戦艦を集めたら、ローロッパ中の、戦艦は、総攫い状態で、あるのに、違いなかった。自信を持って、この船団をみたら、震えあがるのに決まっていると、思って来たのであろう。これまでは、その手で、植民地化してきたのである。しかし、こんな大きな、船団は、組んだことも、ないのである。けれども、鳳国軍の、造船技術も、兵器の技術も、ヨーロッパの、数段上に、いっていたのであった。そのことは、ヨーロッパの国々は、全くしらなかった。知っていたのは、幸村から、造船を、受注していた、造船技師だけであった。彼らは、

「負ける」

 と思っていたが、軍事力も、政治力も、ある訳ではなかった。何も言える立場でもなかったのである。その間に鳳国軍は、鉄船を、造船して、冶金技術で、巨砲を作り上げ、砲弾にも、格段の進歩をとげて、いたのであった。ヨーロッパは、まだ銅の鋳物で、丸い鉄の玉を撃っていたのであった。内径に、ライフルの、切ってない大砲では、五百メートも飛ばないのである。フランキがちょと進歩した程度なのである。研究心と、情報量の決定的な差であった。

「それで、我、勝てり」

と思って、遠征してきたのである。

 しかも、喜望峰の先の

嵐を乗り切って、疲れているのだが、まだ休んでもいなかった。

 アフリカの先端なので、喜望峰と記載した方が、わかりやすいのであるが、実際はアガラス岬の先なのである。誰しもが、嫌がる場所であった。ともかく、嵐との戦いで、疲れていた。

 が敵は、すでに、万端を終えて、手ぐすねを引いて待っていた。

 水平線の上に浮かび上がった、敵船の数は、五百隻どころの数ではない。

「なに?・・・」

 敵の総提督の顔が思い浮かぶ。

 鳳国軍の船は全て、帆を降ろしていた。戦闘準備をしているのである。

「帆を降ろせ!」

海戦で、帆を上げていたら、燃やして下さいといっているようなものなのであった。

「敵軍も、我らに気づいたぞ。帆を降ろしはじめたわ。しかし、敵は追い風だ。黙っていても、近付いてくる。各戦艦、主砲の二門ずつお見舞いする用意をしろ。しかし、敵にさきに撃たせて、大砲の距離を知りたいものよ」

 幸村がいった。

「敵が討つまで、我慢しろ!」

 清水将監が、命令した。敵は、奴隷の漕ぐ、オールで進んでくつもりなのだ。鳳軍は、ブームの両端の風車の力で、水中のスクリュウを回転させて少しずつ進んでいる。向かい風に抵抗しながら、速度を加減しているのである。

「不思議だ。逆風なのに進んでくる。しかも、オールもないぞ」

敵の提督たちは、謎に思って、嫌な予感を感じていた。オールを漕ぐ、奴隷たちも、疲れていた。互いの距離が近づいてきた。

「コーヒーをくれ」

 幸村が注文した。

「はい」

 と香苗が答えて、コーヒーが、注文を待っていたように、素早く出してきた。

「む?・・・早いな」

「皇帝は、こうゆう時には、必ずコーヒーをお飲みに、なられますので」

「そうか・・・癖になっていたか」

 言いながらも、眼は戦況から、一時も、離れていなかった。

 完全に、互いが、対峙する距離にまで、近づいていた。我慢で出来なかったのは、ヨーロッパ軍の方であった。戦艦の主砲が火を吹いた。

 しかし、飛んだ、距離は、清水将監の言う通り、五百メートル程であった。

「ぶっ!」

 と幸村が、コーヒーを、思わず吹き出した。

「本当に、清水将監の言う通りだわ。一斉射撃! 各艦、同じ戦艦を狙うな!弾丸が勿体ないわ」

 各戦艦が、主砲を咆吼させた。ほぼ水平撃ちに近かった。弾丸が火を吹いて走って行った。幸村の側妃たち九人が、来て、それを見ていた。

 一発の弾丸で、三隻の船を、串差しのように、貫通していった。多くの人間が、木っ端のように、飛び散っていった。それを同時に、二発食らっていた。マストが、ゆっくりと、倒れていった。それが、二千発、集中砲火されたのである。五百隻は、それ一回で、どの船もが、猛烈な出火となった。

「誠に呆気ない、幕切れだわな」

 もう、弾丸が、勿体ないから、撃つな、と幸村が命じた。二千発の主砲の咆吼で、一瞬にして、勝負が付いた。

 この噂は、その日のうちに、南洋中に広まった。

 九人の側妃が、船室で見たことを、本国に知らせていた。噂が真実であることが判った。拿捕してあった、商船二隻に兵隊を十人ずつを乗せて、本国に返した。オールを漕ぐ、奴隷はいない。

燃えている、船で、白旗をあげた順に、兵たちを、助け出した。

それと同時に、船底に走り、奴隷頭の首を刎ね上げて、鍵束をとりあげると、奴隷の、足の鎖を外して廻った。デッキに出ると、縄梯子で、小早船に乗せて、助けて廻った。

 さらに、船長を見つけると、船の金庫を開けさせて、軍資金を、奪取した。

兵たちは、海に飛び降りさせた。それを小早船で、拾い上げていった。まだ少ししか燃えていない船は、二隻の関船で船団から、引き離した。

鳳国の水夫たちは、実にキビキビと、ロープ一本で、船から船に飛び移っていった。そうした、鳳軍のお陰で、船底の奴隷たちは、殆どがたすかった。

四百人の奴隷が、五百隻に乗っているのである。二十万人であった。約七割は助けたが、三割の六万人は、助けようがなく、船と共に海の底に沈んでいった。

それでも、十四万人は助け出したのである。

勿論、戦利品である、船の金庫の軍資金は、五百隻全てから、回収した。

兵たちは、その場で全裸にされて、肛門の穴に警棒を突き入れられて、身体検査を終えると、捕虜服を着せられて、ボルネオに送られていった。

奴隷は介護施設で、手当を受けたが、十四万人などと言う人数は、受け入れようがなく、野外にテントを張って、介護をした。

 無傷の船は、二十隻、半焼の船が、五十六隻で後は、海の底に沈んだ。

 船長は三百人弱、水兵は無数に救出した。戦いよりも、救出の方が、大変な作業になった。

『鳳国海軍は、乗組員はおろか、船底の奴隷たちを、十四万人も救出したらしい』

 という噂が南洋中に流れた。鳳国軍の、情報隊の、巧みな、宣伝工作であった。

 後日談になるが、約半年後、逃がしてやった、二隻の商船が、幽霊船のようになって、

イギリスの港町に着いた。わざとイギリス人を選んだのである。三分の一はフランス人とスペインをまぜた。こうすれば、嫌でも、イギリスに、漂着するだろう、と言う幸村の読み

であった。

 読み通りになった。フランスとスペインにも、噂が広がるように、したのである。

 すぐに、オランダと、ポルトガルにも、噂はひろがった。噂ではなく、事実だったのである。

 連合艦隊の、最強のはずの戦艦団が、一千隻で二発ずつの、一斉砲撃で、玉砕したのです。

『鳳国とは、戰うものではありません』

 噂は、一日千里を走るという。すでに、夏になっていた。幸村は戦艦十隻で船団を組んだ。直ぐに、ベーリング海峡から、北極海を廻らせて、バレンツ海から、白海湾に、鉄船船団の偉容をみせて、海に向かって主砲を二発ずつ計二十発を撃って来いという、挑発行為を、してこい。と命じたのである。

 ヨーロッパの噂には、敏感なのが、ロシアなのである。なにしろ、ロシアの公用語を、ロシア語とフランス語にしている、くらいなのである。

 ヨーロッパにすると、ロシアはローロッパとは言わない。なんで、ロシアがシベリアで、極東の方まであるのか?

 あんなところ、人も住まない。と田舎っぺ扱い、をしていた。ロシアの皇帝は、それが、悔しくて、仕方がなかったのである。文化的にも、劣っているような、劣等感を、常に抱いていた。

 それだけに、情報には、敏感であった。こたびのヨーロッパの、海洋国を上げての、一大海戦のことも、相当に深く情報を、集めていた。ロシア自体は、海洋国ではない。領土ばかり異様に大きくても、

「人が住んでいないし、三分の一以上は、北極圏じゃないの。シベリアなんて、白熊しか住んでいないでしょ」

 と、社交界でも、ロシア人がいくと、避けてしまうと、いう風潮があった。

 ロシア人も、ウラル山脈から東側は、どうでも良いという雰囲気があった。のちのはなしになるが、アラスカは、ロシア領であったが、そにを、アメリカが買い取ったのである。780万ドルであったという。

 その程度の価値の土地だったのである。

 北極海が、凍る前にバレンツ海を、往復しなければならないのである。

 白海で、十隻の戦艦の偉容を見せて、二十発の大砲を、撃って来なければ、ならないのであった。艦隊を率いることになったのは、高橋源吾隊長であった。バレンツ海までは、意外に早く到達して白海の入り口で、二十発の大砲を、次々に順序よく十発を撃ち、十発を一斉に発射したのであった。その音は、北極海全体に、轟いたかのようであった。勿論、モスクワにも、その咆吼は達していた。そのまま、戦艦は、向きを変えて、来た方向に向かって、帰って行った。

 ロシアの市民たちは、雷に打たれたよりも、驚愕した。しかも、絶対に、他国は来ないと信じていた方角から、巨大な鉄の、戦艦が、十隻も現れたのであった。驚くなと言う方がむりであった。

 ロシア中が騒然となった。

「ヨーロッパ連合艦隊五百隻が、一瞬にして全滅したというのは、真実だわ」

「商船二隻だけが、意図的に帰されたらしい。幽霊船のようになって、やっとのことでイギリスの港町に、たどり着いたって・・・」

船長が、手紙を託されていた。『沈没する船から、やっとの思いで、十二万人の奴隷を助けたが、六百人は間に合わず、海の底に沈んですんでしまった。その奴隷の気持ちを考えると、哀れでならない。ヨーロッパが積んでくる荷物を臨検した。必ず、大量の麻薬を積んでいた。麻薬によって、国民を廃人して、その国を占領するというのは、人間のやることではない。悪魔の所業である。これが、ヨーロッパの正体であり、奴隷を売買し、植民地にして、自国の繁栄だけを願う。これが、文明国のやることであろうか。貴国らの神は、これを、怒らないのであろうか。見下げ果てた、諸行である。これを商った日本人町の商人たちは、厳罰に処した。商船も当然である。鳳国および鳳国連邦王国は、健全な国として立国した。なんなら、貴国の将兵を、奴隷としてみようか。貴国に攻め込むのは簡単である。その証拠を、ヨーロッパの最北の地でお見せする。いつにても、一戦つかまつる。奴隷、麻薬の販売を即刻厳禁せよ。下品な行為、この上ない。返事なかりせば、以降、小麦、牛、羊、胡椒、ナツメグ、ミンク、ジャコウその他の交易に応ぜず。よって件の如し』これを読んだ、イギリスの王は、

「まことにもって、恥ずかしや」

と、手紙の上に、ハラハラと落涙した。それから二月しないうちに、北極圏の洋上、バレンツ海から、鉄の戦艦十隻が、巨砲を、咆吼させたのである。

 戦いたくても、もはや、戦艦はないのである。

『追伸:轟沈する船から、船底の奴隷たち、一万四千人を、救えり。将兵も無数、救えり。奴隷六千人、鎖に繋がれたまま、水没す。力及ばずなり。合掌』

 王はここで、号泣した。

「嗚呼。朕は、この王の前に、膝まづきたし」

 と、玉座から、崩れおちた。

 この話が、ロシアの皇帝の耳はいった。ピョートル大帝の何代か前の皇帝である。

「とんでもない国が現れたものよ」

 と頭を抱えた。

「とても、勝てる国ではない。夏場とはいえベーリング海峡から、バレンツ海まで来る力がある国ぞ。厳寒の対策もして来るであろう。使者が来たら逆らうな。いうがままにせよ」

 その使者は、もう来ていた。

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