第一章 3
三
カラホームは、斥候隊の報告で、
「シャム軍は、三十万の鳳国軍と共に向かっています」
と言われて、
「なに? 三十万の鳳国軍・・・」
と絶句した。
「直ぐに、チェンマイと、ウドンターニの兄弟に、支援を求める使者をだせ!」
*
ウドンターニのオーヤ・カラサンゴラは、ラオスに援軍を求めた。
ラオスが、三万の援軍を、出兵させた。
ウドンターニの軍は五万人で、都合八万の兵が、カラホーム軍に合流した。
チェンマイのオーヤ・カラサトーンは、ビルマに援軍を求めて、三万の兵を出させて、八万の軍になった。
総計二十五万の軍が三方から、攻め寄せることとなった。
*
幸村は、そうしたことになるであろう、と充分に想定していた。
アユタヤのソンタム国王軍は、十万であったが、すべて、アユタヤの防衛軍に回した。
それ以外に、幸村は五艦隊の海軍と同数の海兵隊を、チャオプラヤ川を遡上させて、チェンマイを、攻撃させる策に出た。
さらに、ビルマのタンルウイン川と、アイヤワディ川の二本の川を戦艦を主体に五艦隊ずつを、遡上させていた。
同数の海兵隊が出撃していた。
同時に五艦隊を、メコン川を遡上させていたのである。
これは、カラホームと、ナム将軍の後背を突く作戦で、海兵隊は五艦隊出撃していた。
やがて、ウボンラーチャターニー軍とカンボジアのナム将軍の九万の軍勢の姿が見えて、きた。
「今回は、義弟の十兵衛の五百人が、潜っている。大砲攻撃と言う訳には、行かないぞ。象隊と、盾隊三千が前に出ろと、続いて戦闘車を盾に銃撃隊、次、盾を持った槍隊と、抜刀隊だ。武蔵、十兵衛、存分に暴れられるぞ。手持ちの盾を忘れるな。久しぶりの、肉弾戦だな。儂も行くか・・・」
「ダメです!」
女の声がした。
いつの間にか、本陣車内には、淀の姿があった。
淡島の姿もあった。
「こんな時しか、憂さ晴らし、出来ないよ。才蔵」
と、佐助が表に飛び出していった。
「チッ。猿が・・・」
才蔵も表に出て行った。残っているのは、孫一と、秀頼、秀幸(大助)淀、淡島と幸村になった。本陣車は、防弾ガラスが多用され、見晴らしが良くなってきていた。
次第に、両軍の距離が縮まっていった。
冗談では、ない感じに、なってきていた。
間合いが、合戦に見合った距離になった。
「二人とも、良く、ここまで、この大軍を、乱さずに率いてきた。立派なものだ。しかし、ここからは、乱戦になる。合戦の機微というものを、よく体に染みこませるんだ」
といってから、口調をガラリと、厳しいものに変えて、
「右翼、左翼とも、大きく展開しろ!」
と指令管に、指令を下した。
それを、手旗信号で、随所にいる、信号隊に伝えた。
見る間に、左右が、鷲が羽を広げるように、広がっていった。
「これを、鶴翼の陣というのだ」
本陣車にいる秀頼と大助に教えた。
帝王学であった。
「敵よりも、圧倒的に、味方の多いときにしか、使えない陣形だ」
「はい」
「これで、相手を、大きく、押し包んでゆくのだ。本隊、三千。左右二千ずつ、盾隊が前に出ろ」
指令通りに盾隊が前に出た。
防弾ガラスの、盾である。軽い上に、相手の動きが判った。
案の定、矢を射てきた。
矢も、投げやりも、すべて、盾で、弾き返した。
「矢も、投げやり、すべて、猛毒が塗ってある。絶対に触るな」
このことは、作戦会議の場で、くどいほど、徹底させた。
と、このときに、敵の前線で、混乱が、起こった。
十兵衛隊の五百人が、一斉に、行動を反転させて、背後の敵を、斬り斃し始めたのである。敵は、大いに慌てた。
大混乱に、陥っていた。
「今だ!銃剣隊、抜刀隊、手槍隊、押せ!」
幸村が、本陣車で、叫んだ。
信号が送られる。
各隊が、敵陣に乱入した。
日本軍は、文句なしに、強かった。
相手が刀で、防御するのだが、その刀ごと、斬り下ろしていった。
相手の刀は、真っ二つに、斬られていった。
日本刀の凄さであった。
手槍も同じであった。
敵は、藁人形のように、斬られていった。
刀も、兵も、鍛え方が、全く違うのが、一目瞭然であった。
強いのではない。強すぎるのであった。
敵は、雪崩を打って斃れていった。
銃剣隊は、少し離れて、戦った。
箱弾倉で十二発、撃てるようになっていた。
一千挺の銃剣隊が、これは、と思う者を、次々と的に掛けていた。
百発百中であった。
一発銃声が鳴るたび、敵が一人、斃れていった。
「徹底的に、斬り斃せ。鳳国がいかに強いか、叩き込め!」
幸村は、徹底して、容赦しなかった。
敵陣から、象隊が出てきた。
象とは戦えない。
「総員、引け、盾の内側入れ」
三千の盾の内側に入った。
「敵陣の中に、残っている者はいないか、確認しろ!」
各隊の隊長が、毛皮の中の、虱を見つけ出すように、確認していった。
「盾ごと、後陣に下がれ。大砲が飛ぶぞ!」
盾隊と、その中の兵が、一斉に、潮が引くように、下がっていった。
敵は、象隊で、退却したと勘違いをした。
さらに、象を前面に押し出してきた。
と、左右から、一騎ずつの武者が、象の前に立ちはだかった。
馬から飛び降りると、馬を逃がした。
象が二頭、武者が二人。武蔵と、十兵衛であった。
二人とも刃渡り四尺の野太刀を手にしていた。
象が猛って、長い鼻を振り回してきた。
まず武蔵が、象の懐に飛び込んで、
「ぬん!――」
と、野太刀を、大上段から振り下ろした。
象が、悲鳴を上げて、地響きを立てて、斃れた。
象の鼻は、ものの見事に切断されていた。
敵も、味方も、呆然となって、戦の場が、静寂になった。
続いて、次の象に、十兵衛が、対峙した。
鼻を振り下ろしてきた。
野太刀を、下から上に斬り上げた。
象の鼻はものの見事に切断されて、またしても音を立てて斃れた。
鼻は象の急所である。
才蔵と、佐助が、空馬を引いて現れた。
武蔵と、十兵衛は、それに飛びの乗ると、後陣に走り去った。
その間に、戦車が来て、筒を敵に向けた。
十門が並んだ。
十門がほぼ、水平撃ちで、
「撃て!」
と言う、指揮官の命令で、轟音を発して、敵陣の中を、火のレールとなって、疾走していった。
十本のレールの中の者たちは、全員が木っ端のように吹き飛ばされていった。
それが決定的となった。
「退却!」
の号令で、我先に逃走を始めたので、大混乱となった。
それを、一千騎のガトリング兵が追って、逃げる兵を、掃討していった。
正しく、将棋倒しとなっていった。
戦死者は、約三万人ていどであった。
残りは全員、捕虜になった。
ナム将軍も、捕まった。
しかし、カラホームは、逃げ切った。
約六万人からの、捕虜が、出た。
これを、鳳国のしきたり通りに、身体検査をした。
全裸にした上で、警棒で、肛門の穴まで突き入れて、なにか、隠してないかを、検査するのである。
その上で、ボルネオ島に送った。
6万人からの、捕虜を、収容するとなると、その設備だけでも大変である。
高い、塀を造って、その中にいれた。
密林のなかである。
逃げても、どうなるという、環境でもなかった。
食料に関しては、最初は、面倒は、見るが、自分で密林を切り開いた。
畑を作る。
自給自足が原則である。
住居は、自分たちで、建てなさい、ということが申し渡された。
捕虜の数は六万人である。
青柳、高梨、才蔵にカンボジアに、交渉に行かせた。
先ずは、コンポント国王の許にいかせた。
「カンボジアは、鳳連邦の一員であり、通商条約も、安全保障条約も結んでいるのですぞ。恐らくは、国王はなにも、ご存知ないことで、カンボジアのナム将軍の一存で、この戦で、勝利すれば、その勢いのままで、ナム将軍は、一気にクーデターを起こし、ナム将軍が、そのまま、王位に就こうという、目算であったと、思われますな」
青柳千弥が言うのに、コンポント国王は、ただただ、オロオロするばかりであった。
「これでは、鳳凰城の足下で起こったことでごさる。我々も他人(ひと)ごとではありません。カンボジアに軍事顧問団を入れて、兵の根本的な、軍事教練から教育をし直さなければ、ならないでしょう。特に幹部は、鳳凰城の、軍事施設で、鍛え直す必要があります。カンボジアの国王は誰であり、主導者が誰なのか、根本的にたたき直すことが、急務でしょう。今回の首謀者である、ピア・タイ・ナム将軍は、公開処刑にするべきでしょう」
「判った。ここは鳳国にお縋りするほかは、ありません」
青柳に変わって、高梨内記が、
「軍事だけではありません。政治経済にも顧問団を入れる必要が、ありますな。例えば、食料事情も、根本的に、変革していくことが、重要です。耕作にしても、現在の粗耕では、収穫量も非常に少ないはすです。鳳国の田園をご覧になられましたか? 同じ耕作面積でも、収穫量は五倍も、違うのですぞ」
「本当にご指導願いたいところは、そこなのです」
「では、鳳国の政策と、同じようにしていただけますな。そうすれば、コンポント国王は、名君と、慕われることになるでしょう。鳳連邦に加盟している国は、全ての国が、栄えてもらわなくては、ならないのです。年貢は、四公六民です。それも、ご指導いたしましょう」
と、カンボジアを、殆ど、属国化して、帰ると、そのことを幸村に報告した。
「む。ご苦労であった。ナム将軍の公開処刑は、絞首刑でよかろう。あまり、刺激的な方法はとらない方が、良いだろう。人身の心が、離れるおそれがある」
「はい。正しく、ここから先は、民の心が、鳳国に向かうように、いたさねばなりません」
高梨が、答えた。
「ま、じっくりと、やれ」
「はい」
*
ビルマは、艦砲射撃を各町でやられたことで、相当に驚愕した。
それも、二本の川を、遡上して、行われたので、それだけで、戦意が喪失した。
チェンマイも同様であった。
ビルマの軍の総司令官と、各指令官の首を、ものも言わすに刎ね上げた。
国王を捕虜にした。
「これは、シャムのアユタヤの、ソンタム国王の要請でおこなった。シャムは、知っておろうが、鳳国連邦の大切な一員である。異論があるなら、何度でも来て、各町を踏み潰すぞ」
言ったのは、高橋源吾と、愛洲彦九郎であった。
気負った言い方ではなかった。
かえって、それが、不気味におもえたのであった。
そして、ビルマの国王に、
「鳳国に、一緒に来て頂きましょうか」
と、愛洲彦九郎が言った。有無を言わせない言い方であった。
一方、チェンマイのオーヤ・カラサトーンにも、戦車で、城を囲ませておいて、城中に、仙石宗也と、分部光長がと、その配下が、銃剣を構えたままで、言った。
が、拒否の姿勢をみせたので、分部が、腰の一刀を、抜き打ちざまに、カラサトーンの首を刎ね上げていた。
刎ね上げられた首が、天井にぶつかって、落下してきた。
その後に血流が、噴水のように、吹き上がった。
部下の中には、反撃しそうな者がいたが、すかさず、仙石と分部の部下が、銃剣を、撃って、その場で、戦死させた。
「この城は、叩き潰せ、反抗心が、強すぎる」
愛洲彦九郎が言って、外に出た。
指令車のると、城に向かって、
「迫撃砲を撃て。ガトリング砲、ガトリング銃を、打ち込め。大砲もだ!」
と、大声で命令した。
一斉に、各砲が咆吼した。
人も、馬も、武器も、一気に吹き飛んだ。
直ぐに兵たちや、その家族も、降伏した。
適当な家もないので、その場で、武装解除をさせて、全裸にさせると、身体検査を実施した。
例によって、警棒を、肛門の穴に突き入れた。
すると、大人しくなった。
女子も、差別なく、性器と肛門に警棒を突き入れて検査をした。
捕虜用の服をきせて、輸送船に乗せた。
女も子供もいた。
ボルネオに送った。二万人近くいた。
ウドンターニの、オーヤ・カラサンゴラと、ラオスのサンラン王が最後になった。
これもカンボジアの時と同じで、軍部の暴走で、国王自体は、寝耳に水の話であった。
総司令官と、数人の首を刎ね上げた。
カラサンゴラは、公開処刑で、縛り首にして、数日間、吊したままにした。
矢張り、約二万人の捕虜がでた。
ボルネオ島に送った。
青柳、高梨、大道寺、薄田隼人が、アユタヤのソンタム国王に報告に向かった。
「いやあ、ありがとう。ありがとうごさいます。いくら感謝しても、感謝しきれない程です。チェンマイのオーヤ・カラサトーンとビルマの国王。ウドンターニの、オーヤ・カラサトーンと、ラオス。ウボンラーチャターニーのオーヤ・カラホームと、カンボジアのピア・タイ・ナム将軍。この三カ所を、徹底的に叩き潰してくださった。これで、シャムのアユタヤは平和になります。しかも、アユタヤの兵は一人も使っていない。本当に、約束通りでした。そうだ。約束といえば、成功の報酬を、お支払いしなければいけない。窓の外を見てください」
と、手付け金の十倍の金塊や銀塊、その他もろもろを差し出した。
そして、象五百頭、馬一千頭を、「少ないとは思いますが」と、支払ったのであった。
四人が、それらを船で鳳凰城まで運んだ。
早馬の伝令を出して、象五百頭、馬一千頭を移送する、人員と、船を出してくれと、伝えた。それらが、鳳凰城に運び込まれて、幸村たちの前に積み上げられた。
「前のときの十倍だぞ」と幸村が驚きの声を上げた。
そして「菅沼氏興、蔭山、石野はきているか?」と勘定方の名を呼んだ。
「はいこちらに・・・」
と進み出た。
「一体。どれほどの額だ?」
「即答は、無理でございます。吟味して、仕分けし、それぞれを、お蔵に納めてから、現金換算をいたしませんと。無理でございます」
鳳凰城の山下の本丸の広間でのことである。
「そうだな。おまえたち、勘定方でも、咄嗟には、無理だわな」
「ソンタム王は、余程、嬉しかったのであろうな。アユタヤの兵はつかわずに、ビルマ、チェンマイ、ウドンターニ、ラオス、ウボンラーチャターニー、カンボジアまで、全て掃討した。しかも、今後、下手にアユタヤに手をだしたら、鳳国がついているぞ、と宣告したようなものだからな。当分は平和だろう。その安全保障代も入っているとなれば、ソンタム国王にしたら、安いものなのかもなのかもしれんぞ」
と言ったのは、常に冷静な、鈴木孫一であった。
主立った幹部たちが、集まっていた。
しかし、中華で馬賊を退治しているものや、租税を徴収している者たちは、懸命に仕事をしているに、違いなかった。
その代表格が幸村の兄の、真田信幸であった。
日本でも、苦労している者がいる。
鳳国の防衛線が広大になっているのであった。
「しかし、こたびの戦は、久々の、肉弾戦であったな。宮本武蔵と、元柳生でいまは、真田十兵衛となり、儂の義弟となって、当分は、儂の近衛隊長を、やってもらうが、この二人の、象の鼻を斬ったのには、敵も味方も、驚愕した。飛んでもないことぞ。あれで、勝敗が決したな。その前の、十兵衛の部下、五百人の隠密での活躍も見事であった。みなも、柳生を捨てた、十兵衛を、どうか、暖かく迎え入れてくれ。儂からの頼みじゃ」
その、幸村の一言で、全員が拍手で、迎え入れた。
武蔵の拍手は、一際大きかった。
武蔵と、十兵衛が、がっちりと手を取り合った。
「こたびの戦で、ひとつ判ったことがある。日本人町は、危ない。奴らは、どことでも、手を握る。こたびのことが、ヨーロッパの、イギリスと組ませたら危ない」
「末次平蔵は、まだ、どこにいるか、判りませんが、カラホームの手の者に密かに、消されたようです」
と、十兵衛が報告した。
「以降、日本人町の見方を、変える必要があるな」
「日本人町の商人は、麻薬、奴隷を、扱って、ヨーロッパ諸国と、取り引きをしているということが、耳に入っています」
と、郡山小太郎が、報告をした。
「カラホームを、全力を挙げて見つけだせ。これが、喫緊の課題の一つだ。それと、日本人町の商人は、茶屋四郎次郎を、例にだすまでもなく悪い。証拠を掴んでいないのは、我らの落ち度だが、必ず掴め。一人捕まえたら、拷問でも許す。扱っている商人を吐かせろ。麻薬と、奴隷は、絶対に許さん」
幸村は、本気で怒っていた。
「ヨーロッパ人は、他国を滅ぼすことで、繁栄してきたのだ。人間を家畜のように扱い、あまつさえ、それを、商品にさえしてきた。とても、許せることではないわ」
*
南洋のことは、一応の決着がついた。
「一度、大阪に戻ろう」
というので、淀、秀頼、大助を連れて大阪城に戻った。
孫一、武蔵、才蔵、佐助、それに、こたびからは、十兵衛と、五百人が、近衛隊として、身辺護衛として、従っていた。
ただの五百人ではない。
本職は、柳生忍軍なのである。
名前を変えることにした。
東海党とした。
東海というのは、日本の古い、呼び方である。
日本では、東海地方として残っているだけである。
真田十兵衛と東海党とした。大阪で軍事訓練を受けさせる必要もなかった。
すでに、プロの忍軍なのである。五百人は、十兵衛の指揮するところに、任せた。
ただし、三分の一は、幸村の護衛として、仕事をした。
百五十人は、幸村の護衛である。
表と、陰から、守った。
三百五十人は、忍びの仕事に就いた。
幸村の直属である。
孫一は雑賀党、武蔵も、それなりの情報機関をもっていた。
十兵衛は、大阪城の中を、ゆっくりと歩いてみた。
その結果を、幸村に、報告した。
「まるで、隙がございません。忍びも、入りようが、ござらん」
と言った。
「これだけの金は、家康には、到底かけられぬ。根が吝嗇でありましたからな」
と、冷たく笑った。そして、
「単なる、策謀家で、ござったよ。但馬は、卑怯者ゆえ、家康と気があったのでござろう。拙者には、流れていない血でござった。それだけに、悲しい思いの、連続でござった。品性がなかった」
としみじみと語った。
「なまじ、父親であっただけに、拭いがたいものが・・・」
と幸村の前で、唇を噛んだ。
「拙者にとって、武蔵殿に斬られるのが、本望でござった。武芸者として死ねる」
「それは、毛穴から、嫌と言うほど、伝わってきたわ」
武蔵が、ぼそりといった。
「二度と剣を交えたら、ゆるさぬぞ」
「それは、約束・・・」
「いたしまする」
二人が答えた。
「む。十兵衛。新しく生きろ。儂の義弟としてな」
「はっ。ありがとうございます」
「ところで、江戸はどうなっているのか?」
「心配ありませんよ。殿下の兄上が、しっかりと、大陸からでも、眼を光らせております」
孫一が言った。
「そうか。孫一も、雑賀を飛ばしているようだな」
「せっかく、みんなで作った平和ですから。みんなで、守らない訳にはいかんでしょう」
「さすが、孫一よな。良いことをいうわ」
「殿下も、人垂らしになりましたな」
「ふん。判ったようなことを」
苦笑いしてから、
「儂は、一度、九度山の、宮のところに、大助と共に戻る」
「それは良い、たまには、宮様のところにも」
孫一が、賛成すると、淀が、
「どうぞ・・・ごゆっく」
といった。顔色も、態度も変えなかったが、その場の者は、全員、淀の心情は了解していた。
孫一は、助け船を、出したのである。
九度山は、あいかわらず、田園的であった。
孫一と、行信がしたがってきた。
この間の、微妙な空気に、対応出来ないのは、義弟の真田十兵衛であった。
「十兵衛。宮にも会っておけ」
と、幸村に言われて、十兵衛は、
「はっ!・・・お供仕りまする」
と、十兵衛は東海党から、腕利きの二十人を選んで、警護つけた。
もちろんであるが、その倍の人数が、陰に回って、警護をしていた。
東海党は、シャムでの活躍以来、鳳国および、豊臣軍から、日本政府になり、正式に日本軍となった、全軍に、仲間意識をもって迎え入れらていた。
十兵衛は、信幸のときと、同で、別格の存在として、受け入れられていた。
その辺りは、幸村も、特別の配慮をして、「義弟」であり、真田の姓を与えて、柳生の匂いを消す配慮をしていた。
それは、幹部たちは、充分に判っていた。
「宮。儂に義弟(おとうと)ができた、十兵衛だ」
「それは、ようございました」
「宮だけで、豊臣以上に戦える。軍資金はもっている」
「女の身では、戦いなど、恐ろしくて・・・」
しかし、孫一と、行信だけは、知っていた。
九度山、雑賀、高野山慶雲坊、大和郡山、
和歌山城、久居、津の金蔵という金蔵には、唸る程の金塊や、千両箱がつまれてあるのであった。
これらを守る手勢だけでも、三十万人はいる。
全員、大阪城なみの訓練をうけた。強兵であった。
日常は、農夫、土工、職人に変身していた。
そのことを、知っているのは孫一と行信と、慶雲坊だけであった。
幸村の用心深さは、半端なものではなかった。
これらの、九度山軍は、宮の命令以外では、動かないのであった。
これは、淀にも出来ないことであった。
しかも、その殆どは、宮の子飼であった。
幸村は知っている。
だからこそ、宮は、安心をして、夫を、淀に預けているのであった。
あくまでも、
「幸村の正室は、宮であった。統室などという、取って付けたものではない」
と言う思いが、竹林宮である、雪にはあった。
(単なる、淀の我が儘なのだ)
そして、これまでは、大義として、豊臣の名が必要だったのだ、と宮は承知了解していた。だが、いまや、日本は、豊臣政府ではなくなっていた。
『日本政府』であり『日本軍』なのである。
幸村は、そのために、そっと霊光大僧正を動かしていた。
「鳳国が出来、鳳連邦王国の宗主国である。豊臣が邪魔になったな」
と、行信を通じて、霊光大僧正伝にえた。
霊光は、実際に北京の紫禁城での戴冠式に出て、重要な役割を、執行しているのである。
そのことは、霊光も判っていたし、天皇の名代で出席した、公家も痛いほど理解していた。
そこで、御名御璽がでた。
「従来の『日本豊臣政府』を、『日本政府』に変更することを希望する。御名御璽」
これには、さすがの淀もさからえなかった。
幸村は、鳳国の幸村(こうそん)皇帝なのである。
位から言えば、大陸の鳳国皇帝の方が格は上なのである。
これには、お上(かみ)も、頭を抱え込んだ。
「とんでもない人物が現れた」
「『鳳国幸村皇帝』である」
と、宮廷に現れたら、天皇の方が、下座で平伏しなければ、ならないのである。
国のスケールと、歴代の仕来りで、そのように、なってしまうのである。
しかも、鳳国は、南洋の地までを平定しているのである。
日本一国では、どうにもならない。
過去、朝廷が、貢ぎ物をしてきた歴史のある国なのである。
それも、そんなに古くない過去に、遣唐使をおくっている。
菅原道真によって、遣唐使を入唐(にっとう)させるのをやめたのであるが、国の格は変えられなかった。
皇室にとって、こんな難題はなかった。
大混乱をしていた。
しかも、日本では『太閤』なのである。
「朕の皇女を、嫁がせるか」
天皇には何人かの娘がいる。
その中の娘を、差し出すというのである。
しかし、候補の皇女はまだ若かった。
十九歳である。
「幸村には息子がいたな。秀頼ではない。秀幸じゃ」
「すでに、正室がおりますが・・・」
「構わぬ。淀の例がある。統室で、嫁がせる。それと、娘がいたな。朕の皇子、何番目でも良い。娶せよ」
というのが、霊光大僧正から、幸村と宮と淀に、持ちこまれた。
「秀幸公になされたのは、年齢のためじゃ」
「でしたら、もう一人、頂けませぬか。秀頼にも、統室を」
と返事をした。もう一人いるのは、行信が調べていた。嫁に出す方は、幸村は七人も娘がいたので、独身の娘がいた。瑠璃と言う名であった。
この三組が「結婚」した。
こともあろうに、真田(豊臣もだが)は、皇室とも閨閥ができた。
「鳳国のとばっちりが、とんだところに、飛んできましたな」
と孫一が、笑った。淀だけが、喜んで、舞い上がっていた。
結婚式は、三組とも、宮廷の神殿で挙行された。
「とんでもない、お家柄になったな」
と、孫一が言った。
「宮廷も、大陸の鳳国の成立で、泡を食ったのだと思うよ。で、得意の、閨閥戦術に出てきだんだろう。新宮殿が出来る。それの見返りだな。こたびはケチになる。我らの方が、格上ぞ」
「なるほど
孫一が、納得した。
「世界的な規模で、ものを、見てもらいたい」
「皇室教育か」
「時代は変わる」
「もっともだな」
孫一は、再び、納得した。
「なあ、孫一よ。必要性なんだろう」
「うん? なんのことだ・・・」
「人も、ものも、人間もな・・・これは、大切だ、と思えば、黙っていても、向こうからくる。要らないな、と思えば、世の中から消えていく。俺たちは、次々ととんでもない、武器や、兵器や、船を造りだしてきた。それで、勝てた。しかし、家康は、欲だけが強い。が、武器には、殆ど金を掛けていない。ケチじゃないんだ。必要性を、感じなかったんだよ。戦は素手でやるわけじゃない。俺たちは、いつかは、揃って死ぬ。その後だ。どんな兵器や、武器が、発明されてくるのか。俺たちは、今は、最先端の武器、兵器を手にしている。だが、必ず、もっと凄い兵器や、武器が、登場してくる・・・それが、なにか? そこを、必要性として、考えた国が、勝つんだろうな・・・」
「たまには、真面目なことを、言ってくれるな。科学、化学、そして、それを実現出来る、技術力と、資金力だ」
「金は使いたいだけ使え。失敗しても、ダメ元だ。失敗したら、何が原因かを、徹底的にしらべて、再度、挑戦することだ。俺たちには、先生がいた。ヨーロッパという先生だ。しかし、ここから先には、先生はいないぞ」
「その通りだな。先生を当てにしていたら、先生には、永遠に勝てない。ヨーロッパの先を行きたい」
「俺たちは、ヨーロッパの真似をしてきた。ヨーロッパの経験を頂戴してきた。これは、経験主義だ。その経験から、一歩でも先を行く。経験を、土台に、その先を行く。俺は、先験主義と呼んでいる」
「先験主義か。良い言葉だ。例えばだが、最近、帆のない小型船を造った」
「鳳国の大陸で、馬賊狩りに大活躍しているよ。燃料だな」
「当たりだ。ガスだ。ガスを密室で細く、勢いよく羽に当てる。風車だ」
「その先に、シャフトと言うらしいがな」
「縦棒だ。それに、水中の羽を付けて回す」
「当たりだ。ヨーロッパにもない」
「ガスをどうする?」
「黒い液体が、スマトラのバンダ・アチェの近くで噴き出している。これに困っている。匂うし、べたべたしている」
「研究班を造ったな」
「判るか」
「当たり前だ、もう何年付き合ってる」
「だな。鳳国は、半分はお前の国だ。研究費をケチるな。貧乏性だ。雑賀にも、城を造れ」
「忍びが城を造ったなんて、聞いたことがない」
「そっちはそっちだ。金蔵を十造れ。千両箱で満タンにしてやるよ」
「全部、研究費か」
「他に、金の使い方知っているのか?」
「貧乏性だといっただろ」
九度山の田舎屋でのことだ。
雪が降っている。
囲炉裏の前で、二人きりであった。
幸村は、本当に城と蔵といろいろな工房を造り始めた。
「いらねえんだよ。城だの蔵だの。本格的に造ってやがる。蔵が二十もある」
その蔵に千両箱が十蔵分びっしりと詰まっていた。
五蔵は米俵で埋まっていた。
後は塩、醤油、味噌、若布、昆布その他で埋まっていた。
まだ外回りの工事をしている最中であった。
「あの莫迦・・・こんなにあったって、使えねえだろう」
幸村の行為が、孫一の腹に浸みた。「そういう男なんだ」と嬉しくて、一人の時に泣いた。
大阪城にも、鈴木丸と、宮本丸があって、幾つもの蔵があった。
同じように、金蔵、米蔵、その他の蔵があって、中にびっしりと色々なものが、詰まっていた。
才蔵と、佐助の屋敷も、同じようになっていた。
幸村には、欲はない。
必要な者には、信じられない報酬が与えられた。
報酬で、不満のある者は、一人もいなかった。
もうじき春になるだろうというときに、幸村が動きはじめた。
名古屋にゆき、江戸にいった。
江戸では、金箔ではない本陣車に乗って、武蔵(ちめい)や、上野、下野、上総、下総、相模を、巡視した。
淀、秀頼、大助、武蔵、孫一、十兵衛、才蔵、佐助、淡島、香苗らがのっていた。
田中長七兵衛も乗っていた。
「田中。いま田に生えているのはなんだ?」
「はい。休耕田が、勿体ないのと、この期間、農家に収入になるように、小麦を作らせております。ですから、田に水は入れておりません」
「なるほどな。で収穫は?」
「はい。平地の全てを使っておりますので。米と同じ量が穫れます。全国で、おなじようにやっておりますから、何千石になりますか」
「日本では、米を食べるから、小麦は余るだろう」
「はい。ですので、輸出を考えております」
「小麦なら、いくらでも、買い手はあるぞ。これは、良いことを聞いた」
世界中で、小麦を食べない国はなかった。
「そうか。日本も、食料の輸出国になるか」
「米も、古米が増えてしまします」
「田中、早く言え」
「はい。申し訳ありません」
「謝ることはない。つい、この間まで、飢饉だ。餓死者だと言っていたのが、嘘のようだな。備蓄米は?」
「各農家、十分すぎるほどです」
「東北は、どうか?」
「麦は無理ですが、その分、土地に地力がでますので、良質な米の産地になりました。米は東北米が喜ばれます。その分、高く売れます。東北も裕福になりました。日本政府の農業政策は、世界一になりました。ヨーロッパのような、農奴はおりません。働いた分だけ、収入になります。こうして、殿下様が農地を巡視してくださるなど。夢のようです」
確かに、本陣車から見ると、農民たちが、みな地にかかんで、伏し拝むようにしていた。
「みんな。汗をかいた、甲斐があったなあ」
「はい」
「コーヒーをいれてくれ。美味いコーヒーになりそうだ」
そして、大阪に「もどろう」といった。
大阪では、次の作戦会議が待っているのであった。
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