第一章 2
二
印度シナ半島での、王者は、暹羅(シャム)のように思えるのだが、実は、歴史的には、柬埔寨(カンボジア)なのである。
シャム語の原型は、カンボジア語なのである。
カンボジアが二つに割れて、カンボジアからシャムが独立していったのである。
ために、二つの国の地形や、地質は、近似しているのである。
しかし、山岳部に行くと、ビルマに似てくるのであった。
平原部に行くと、カンボジアと、シャムは、殆ど同じであった。
幸村たちは、なおも、疾駆していた。
大豆大のもが、クルミよりも、大きくなってきた。
幸村が、
「鉄砲でも、拳銃でもいいから、乱射しろ!」
と、命じた。全員が、空に向かって、乱射した。
遮蔽物は、一切ない。
その音は、二人にも、達していた。
一刹那、怪鳥のように、武蔵の五体が、舞った。
金属音が、鳴って、長く尾を引いた。
光を太陽に、押し返した。
十兵衛の体が、土を掘ったかのように、低く沈んだ。
二人の体が、三間ほど離れて、すかさず、相対した。
「どうやら、邪魔が入った・・・」
十兵衛が言った。
そう言った時に、十兵衛の眼から、眼帯にしていた、刀の鐔が、ぽろりと、落下した。
すかさず、手で、受けた。
鐔を止めていた紐が、切断されていた。
「普通の者なら、頭がザクロに、なっていたはずだ」
武蔵が、言った。
「自分の足を見てみろ」
「言われなくでも、判るわ」
武蔵の、ブーツの右の踵が、鋭利に斬り落とされていた。
「普通は、片足になっていたはずよ」
「ふふ・・・」
「ふふふ・・・」
やがて、呵々とした、大笑になっていった。
「良い、冥土への土産になった。儂の部下は、戦が始まったら、見事に、裏切る。部下の活躍が見られなくて、無念だ」
と、いうなり、腹を開いて、小刀を抜きはなった。
「はやまるな!」
武蔵が言った。
が、それより早く、一本の矢が、十兵衛の右手に、深く刺さっていた。
「キキッ!」
と猿の声がした。
それと同時に、女性二人が、十兵衛の体に抱きついてきた。
それと同時に、才蔵が、十兵衛の背後から、羽交い締めにした。
女たちが、十兵衛から、両刀を、奪い取った。
武蔵も、両刀を、鞘に納めた。
「十兵衛。切腹の必要がどこにある。十兵衛と、その一党は、我が軍の大切な戦力ぞ。聞いたぞ。五百人は、土壇場で、敵を裏切る。誰も考えなかった、妙策ぞ。相手は慌てような。その五百人が退避したら、鳳国の実力を、遺憾なく発揮してさしあけろ。十兵衛。勲一等ものだぞ」
幸村が、馬上から、声を掛けた。
そして、馬から飛び降りると、まず武蔵に思い切り、往復ビンタを食らわせて、さらに、十兵衛にも、同じよう往復ビンタを食らわせた。
「心配の掛け賃だ。ありがたく、痛みを噛みしめろ。儂の手の方が痛いわ。以降、私闘、決闘を、厳禁する。今度やったら、牢屋に放り込むぞ!・・・」
と、馬に戻りながら、小さな声で、「二人の決闘・・・見たかったな」と、呟いた。
これには、その場の全員が、腹の底から、大笑いをした。
「ん?・・・なにか変なこといったか?」
馬に戻った。
佐助の猿が、佐助の肩で、「キキッ!」と笑った。
十兵衛に抱きついた、二人の女性も馬に、戻っていた。佐助の部下となった、「淀の花園」隊の二十人のうちの、二人であった。
「やがて、戦が始まるぞ。全員、原隊に復帰! 十兵衛は、儂の近衛隊に入れ。やがて、戻ってくる、五百人とともにな」
「はっ!」
「十兵衛。いくら、父と子であっても、お主と、但馬とでは、個性が違う。儂の弟になれ。儂には、大切な兄者は居じゃはいるが、弟がいない。儂の弟では不服か?」
「いえ。飛んでもない。勿体ないお言葉で・・・」
「ここにおる武蔵も、孫一も、儂を、屁とも思っておらん。そうだろう」
孫一が、タイミング良く、鞍上で、「プッ!」やらかした。
「みろ! 普通なら打ち首ぞ」
「どうぞ。殿下には、常に首を差し出しでおりまする」
「口の減らん奴め」
すると、また、どこかで「プッ」と、音がした。
「誰だ?」
幸村が訊いた。
「みどもでござる。安心。したら、つい・・・」
「莫迦々々しい。十兵衛。斯くの如しじゃ。真似するでないぞ」
「はっ!」
「畏まるな。屁の話じゃ。柳生は飽きたじゃろ。真田にしろ。真田十兵衛じゃ」
「ありがたく、名乗らせて頂きまする」
と、隻眼から、一滴の涙を落とした。
眼帯の鐔には、赤い紐が結ばれていた。佐助が、
「あたしの元結いだよ。女の身嗜みね」
と渡したものであった。
「十兵衛。才蔵の女房だぞ、佐助は」
「え?」
「へへへ・・・そうなの。真田さん」
と佐助が笑った。
その間も馬は迅速に、進んでいた。
*
やがて、三十万の鳳国軍にであった。
並足ながら、歩調が揃っている。
凜々しい進軍であった。
「総大将は、誰ぞ?」
幸村が、訊いた。
木村重成が、
「秀頼公ございまする。副将は、秀幸公で・・・」
木村は、報告のために、一中隊を引き連れて、先駆けてきたのである。
武蔵と、十兵衛の、無事な姿をみて、
「ああ、ご無事でなによりでござる」
と笑顔になった。
「うむ。危ういところではあったがな」
「ご心配をお掛けして、相済まなかった」
武蔵が詫びた。十兵衛は、黙って、頭を下げた。
「十兵衛は、柳生の姓を捨てた。以降は、真田にさせた。儂の義弟になった。当分は、儂の近衛隊に入れる。部下の五百人とともにな」
「え? 部下の五百人は、敵についたのでは?・・・」
「ふふふ・・・誰でもそう思うわ。戦いが始まれば判るがな。始まった途端に、部下たちの体が、反転する」
「え?」
「十兵衛の策よ。敵を欺くのは、まず、味方からじゃ。それが、開戦の合図になる」
「なるほど」
「本陣車は、来ておるか」
「はい」
「秀頼、秀幸に、本陣車に乗れと伝えよ。我らも直ぐにゆくがな。みな、急げ」
と、鳳国軍に向かって走った。
いよいよ、激突の瞬間が、近づいてきた。
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