第五章 4

   四


「国の基本は、幾つかあるが、一つ、食糧が豊富であること。飢えた農民からは、生産的なことは何も生まれない。富国だ。これが、『君臣豊楽』だ。愚魯な家康の側近の似非学者が、文句をつけてきたのが戦の始まりだ。戦を惹起するような学問は、百害あって一利なしだ。儂にも判るような学問の学者は学者ではない。明か、中華大陸の考えの受け売りだ。ヨーロッパと言う国がある。こたび、そのヨーロッパの一つ、イギリスに、大量に船を発注して、見事にこちらの図面通りの艦船が出来上がってきた。こうした造船技術、職人、材料の到達、販売を、いずれは日本が行うだろう。すでにヨーロッパの帆船はいつでも造れる。日本の図面で造らせたが、イギリスでは感心していたそうだ。海には潮の流れがある。海は場所によ

って、海流や、波の当たりが違う。太平洋と日本海では、波の荒さが違う。だから取れる魚の味も異なるのだ。二つ目がこうした匠の世界だ。産業を興していくことだ。その結果、貨幣経済が大切になる、金、銀、銅、鉄による、大判・小判・銀貨、銭だ。これには一定の質と量が大切だ。今の徳川の一両の重さは、軽くなっている、両替商に持っていけば、正式な一両とは見なくなっている。こんなところが、貨幣の発行を行っているのは飛んでもない話だ。信用のある貨幣の発行。これが三つ目よ。これらの国の力を落とさせないために、外交と、軍事力が必要なのだ。正義には正義を。暴力には暴力が必要なのだ。外交と、軍事力は背中合わせだ。これが四つ目だな。どこかが、一つだけ強くなると、国の均衡を欠く。豊臣はそれを円満に、健全に、全うしていく。これが『国家安康』だ。『君臣豊楽 国家安康』これを、今後も豊臣の旗印にする」

 幸村が、小姓に合図をすると、その長い旗を押したてた。

「似非学者は、見つけ次第磔にする!」

 これを伝え聞いた藤原惺窩や、林羅山、天海らは、肚の底から震え上がった。

 江戸には、幸村が想像した以上に、米や、食べ物がなくなっていた。

 米問屋の倉庫は、打ち壊れていったが、米俵一表も出てこなかった。

江戸へは多くの関所が出来て、食糧の運び込みは厳重に禁止させていた。

「私見でござるが」

「む・・・」

 速水守久が、意見を述べた。

「家康は、朝廷に泣きつく可能性がありませんでしょうか? まだ、名目上は、秀忠は征夷大将軍です」

 これを聞いて、幸村は、一顔色を変えた。

「これは、儂の盲点であった。京都の所司代に野々村吉安殿を置きたいが。徳川の板倉は追放する。速水殿の言わるる通り、朝廷策を疎かにしてまいったわ」

「はっ! 精いっぱい、相勤めまする」

 野々村吉安が、神妙に平伏した。

幸村には、人を威圧するのではなく、ふんわりと包み込みような雰囲気が出て来ていた。

トゲトゲしたもの言いは避けていた。相手が何も言えなくなってしまうのはなく。

思う存分に言わせておいてから、それを、優しく結論を、諭すように、理や、情を分け

て話をするように、なってきていた。

その微妙な変化には、鈴木孫一も、宮本武蔵も、気づいていた。

(心に、余裕が、出てきたのであろうよ)

 二人とも、幸村の気持ちが理解出来るようになってきていた。

「して。速水殿。徳川は、どのような手練手管で、賢所を巻き込んで行かれるかな? 儂には、朝廷には、トンと手蔓(つて)がない。下世話なことばかりをやってきたからの。いや、氏も、育ちもよろしくない。信濃の山奥の次は、和歌山の山奥の九度山じゃ。儂に朝廷は、いかにも似合わぬて」

 と苦笑してから、

「策を考えねばならぬわ。善き思案はござらぬかの。速水殿」

 幸村は、自分の弱みも、みなの前で曝け出していた。

孫一は、

(自分の弱みを、曝け出しておいて、相手の得意技を引き出す・・・高等技術よの。普通とは、逆の手を用いているわ・・・凄みが出てきたな)

 と意地悪くではなく、観察していた。

幸村の出世が、自分の出世にも繋がるのは、十分に承知をしていた。

「私見でござるが」

「私見大いに結構でござるよ」

「はっ・・・今上陛下に泣きつくのではと思われまする。徳川殿の吝嗇は、余りにも、普く広がっておられまする。その意味では、宮廷も一切、期待も、取沙汰もいたさぬと思われまする」

「む。ケチもそこまでいけば、特技よの。まずは、儂自身が謁見をいたさねばなるまいよ。野面で会う訳にはまいらぬ。誰ぞ善き案内(あない)役を頼まなければならぬが・・・」

「高野山の霊光大僧正ならば、後七日御修法(ごしちにちみしほ)をなさっておられまする」

「高野山ならば、蓮華定院行信殿が居られるが」

「はっ・・・ここに参上いたしておりまする」

「おお。参って居ったか。よくぞ参られた。ずっ上座に参られて、親しく話をいたしてくれ。知らぬ仲ではなし。雑賀の鈴木孫一殿も居られる。場所は御殿の中なれども、九度山の掘立小屋と同じ気分で、内実を話してはくれぬか?」

「はっ・・・」

 孫一も、眼で会釈をして後に、

「御上は・・・」

「とは、陛下のことか?」

「はい。尊称でございまする。霊光大僧正猊下でしたら、無難にお話が通りまする。拙のような、僧都ではござりませぬゆえ・・・」

「僧都とは、ご僧侶の位のことであったな。では、霊光猊下にお会いいたした節には、そのことも話してみようぞ。蓮華定院も、ちと建物の手入れをせずばなるまい」

「恐れ入りまする」

「で、御上の、お台所は?・・・」

「はい。大変に利息の掛かる、金子などを借りて、生計(たつき)をお立てになっていると聞き及んでおりまする」

「ふーむ。それはまた、いかでもの、ご心労の多きことよの」

 幸村は言って見せたが、その金貸しは、幸村の配下の真田忍軍の両替商の一人であった。報告は入っていた。

宮廷の経済状況の良かろうはずはなかった。

「ここは、霊光猊下に、お導き頂いて、後水尾天皇と、懇ろになられることこそが、御肝要かと存じ奉りまする。そのお役目出来まするのは、お方様か殿下でございまする」

「む・・・」

 殿下とは秀頼のことであったが、秀頼にはなにもできない。

「殿下のご執権と言うことであれば、執権総都督様が、お会いになられるのは、御上はお喜びになられるものと愚考いたりまする」

 と行信が平伏した。すると

「相判った」

 と淀が言葉を発した。

(自分の出番が来た)

 内心、雀躍の思いがしたのに違いなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る