第二章 7

   七


 真田幸村は、大阪城のすべてを掌握した。

表も奥もであった。

「右府様。淀君様。お願いがございます。戦には厖大な資金が必要です。お台所までをお任せいただきとうございます。豊臣家の家宰であることも、臣下に宣言して頂きとうございまする。伏して懇願申しあげまする」

「筑前が、そこまで言うということには、何か仔細があるのであろう。相判った。余は、筑前も、大助も、信じている。特に大助は、可愛い。弟が出来たようじゃ。本当に弟にしてもよいか?」

「え?」

「豊臣の養子にする!」

「真田には、娘は七人もおりますが、男はなぜか大助幸昌一人でございまして・・・」

「珍しいことよな。天下の真田幸村が、オロオロいたしておりますぞ。これは良い。幸村を苛めるには、大助を奪うことぞ。母上。母上も大助は、お気に入りでござったな。ぜひ、大助を母上の養子にしてくだされ」

「右府殿。それは妙案じゃ。わらわの子供が、一人増える」

「母上のお許しもでたぞ。大助、兄が欲しくはないか?」

「それは、欲しいに決まっています」

 奥の小部屋でのことである。これが、後に、大きな事件に、繋がっていくのである。が、相当に、先のことである。今は、触れずに置きたい。物語の流れが、変わって、しまうからである。

間もなく総登城の大太鼓が打たれようというときであった。

「筑前。判らぬか? 総攻撃で、大軍を率いるのは、影武者ではないわ。豊臣大助秀幸じゃ。我が弟ぞ! 面頬の下の顔を、影武者ではないかと疑うのは人情よ。しかし、我が弟、豊臣大助秀幸が、総大将となったら、どうなる?」

「総大将ばかりが増えますな」

「それも考えたわ。羽柴筑前守幸村は、豊臣家執権職兼家宰に補す!」

「え?・・・そ、それは・・・」

 心の用意が出来ていなかった幸村は、大いに驚いた。

「しかし、これでは軍事的に、印象が弱い」

「右府殿。いまは会戦の最中ゆえ。直ぐに関白太政大臣を取りましょう。今上陛下、後水尾天皇は、実は、家康が大嫌いなのえ。人の糸を辿ってみまする」

「母上。急場じゃ。む。唐名を使おう。羽柴筑前守幸村は、執権総都督兼家宰じゃ。執権総都督以上の者はいない」

 幸村は、秀頼が博学なのに驚いた。

都督は、大樹将軍よりも上位なのである。それを総都督としたら、軍事的には最高位であった。

「大助は中納言にせよ。豊臣中納言大助、これに余の諱から、一字書き出しで、一字を取って、秀幸とせよ。豊臣中納言大助秀幸!・・・これで、出陣せよ。はじめは、何も名乗るな」

「はい」

「素晴らしい御大将ぞ。右府殿は、智将じゃ」

 幸村が絶賛したときに、総登城の触れ太鼓が鳴り響いた。

 総登城では、一番大きい大広間が使われた。

 上段の間に淀が一人で座っていた。

 中段の間には、幸村が向かって、右側に席を占めた。

 やがて、大太鼓が轟いて、

「上様お成りーっ!」

 の声が響いた。

 それと、同時に、小姓が、しずしずと、ふるびた。五七の桐の旌旗が、中央に掲げられた。

 場内に、どよめきが起こった。

太閤自身が用いていた旌旗だった。

誰言うともなく、家臣一同が静粛に平伏した。

衣擦れの音だけが騒いだ。

続いて千成瓢箪の大馬印が小姓の手で立てられた。

 さらに、正方形の紺地に横に三文づつ二段に並んだ六文銭の旌旗が、五七の桐の旌旗よりも数段下げられて掲げられた。

 これにもどよめきが起こった。

「静かに!」

 淀が制した。

続いて太閤の着た鎧が、鎧櫃の上に飾られて中央に置かれた。

その横に台座の上に唐冠馬藺後立(とうかんばりんうしろだて)の太閤の兜が置かれた。

 それだけで、嗚咽する家臣が、そこかしこにあらわれた。

 そして、『君臣豊楽 国家安康』の大長旗が、立てられたのであった。

 これらのお膳立ては、淀も、幸村も聞いていなかった。

 秀頼が一人で企図して、用意をしたのであった。

 こたびの、大阪城攻めは、梵鐘の碑文の『国家安康 君臣豊楽』の文に、家康を分断したものである、とイチャモンをつけて、攻撃に結び付けたものだったのである。それを、『君臣豊楽 国家安康』と、文章を逆転してみせたのである。

「見事だ! 『君臣豊楽 国家安康』を、本隊の大長旗にして、敵、家康の裏を掻いた。この文言こそ、民人(なみびと)の願いではないか」

「おお!」

 家臣一同が、声を揃えた。

「さすがは、真田殿。胸がすっきりいたします」

 淀がいったのに、幸村が平伏して、

「恐れながら。これらの旌旗、太閤様の鎧兜、なんで、それがしごときが、自在にご遷座できましょうや。出来るお方は、ただお一人。右府様のみにございます。大長旗も右府様のお考えにございます」

 と答えた。

「え?・・・」

 淀が絶句した。

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