第33話 魔王軍幹部

「どうして!? どうして魔王軍の幹部がエリスを連れて行くんだ!!」


「どうしても何も……」


「黙りなさい!!」


 幹部の言葉をエリスが遮った。


「何をしに来たのよ!」


「はて、先ほど申し上げませんでしたかエリス様? 貴女と、あと、ミリア様をお迎えに上がったのですよ」


「わたしは行くわけにはいかないわ! 今日のところはミリアだけ連れて帰ってちょうだい!」


 エリスはすごい剣幕で幹部の方へ剣を向けて、そう言った。


 僕は全く状況が飲み込めておらず、ただ困惑したまま二人の事を見ているしかなかった。

 でもやっぱり、幹部とエリスは面識がある様子だ。

 エリスの問いに対して幹部が答える。


「帰れと言われましても。私もこのままでは、魔王様に申し訳が立ちませんので。そういう訳には参りません」


「それなら力づくでも帰ってもらうわ!」


 幹部は、はあ、と、大きな溜息をひとつ吐き、エリスへ向かって言った。


「仕方のないお人だ。いいでしょう。そういう事であれば久し振りにお相手致しましょう」


 幹部は剣を抜き、エリスの方へと向ける。幹部の剣は細身の長剣だ。


 次の瞬間、エリスが幹部に斬りかかっていた。

 幹部はエリスの剣を軽快に払って躱す。

 エリスと幹部の剣の打ち合いが始まる。

 エリスの方が手数が多く押しているように見えるが、涼しい顔を崩していない幹部に対し、必死に息を切らせているのはエリスの方だった。


 そして、エリスが力任せに幹部の細剣を打ち、バランスを崩した幹部に向かって再度、剣を薙ぎ払う。

 だが幹部はなんと手首の甲でエリスの剣を受け止め、そのまま踊るようなステップでエリスへ回し蹴りを叩き込んだ。


「かはっ……」


 エリスはその勢いで吹っ飛ばされ、なんとか両の足で着地し受け身は取れたものの、剣を地面に突き刺して体を支えているような状態で、息も絶え絶えだ。

 魔法力の手甲。

 幹部は手の甲に集中させた魔法力だけでエリスの剣を防いでみせた。

 幹部がエリスに向かって声をかける。


「お分かりでしょう? 魔法力が万全の時ならいざ知らず、ミリア様との戦いで消耗した状態では私の盾は破れないと。全く、頭に血がのぼると見境がなくなるのは相変わらずですね。お父上にそっくりだ」


「言うなあああああああああ!」


 エリスは叫びながら再度、幹部へ斬りかかる。

 幹部は剣を構える様子もなく、右手の平をエリスの剣へ向けて差し出した。


 光が弾けるように飛び散り、エリスの剣は宙で静止する。

 幹部へは届かない。


 幹部が腕を押し出すように魔法力を高めると、エリスは剣を手放して一緒に後方へと吹き飛ばされ、背中から地面に落ち倒れた。


「さて、遊びはもうお終いでよろしいですかね。エリス様」


 幹部が剣を右手に持ち替え、エリスの方へ近づいて行く。


「もうやめて下さい!!」


 これまでずっと黙って二人の戦いを見守っていたルーシアさんが叫び声をあげる。


「姫さまをいじめないで!」


 ピロロも、いつのまにか、両腕を左右に広げてエリスと幹部との間に立ちはだかり、そう叫んでいた。


 すると幹部は立ち止まって、剣を収め、ひとつ大きな息を吐いてから言った。


「そうですね。私としても、エリス様と戦うのは本意ではありません。ええ。つい、熱くなってしまいましたが、私が本当に用があるのは、エリス様ではなく、そこに居る勇者の方でした」


 僕は何も出来ずに、ただエリスと幹部の戦いを見守っているしかなかった。

 正直、依然として、全く状況が掴めていない。

 目の前で繰り広げられている光景を目の当たりにしても何が何だか分からないのだ。


「どうして……」


 僕はただ、力無く、そう呟くしかなかった。

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