第27話 山越え1

 エンフィールドの街でドラゴンを倒してから二週間ほど経ったある日の事、僕らは魔王城へと向かうため、ボワラディという名前の山岳地帯の手前のヒトシーという町まで来ていた。


 ここに辿り着くまでに3つほど町を経由して来たのだけど、どの町でも僕らは盛大な歓迎を受け、ギルドで是非にと、高難度な討伐クエストを依頼されて対応したりしてきた。

 聞くところによると異世界から勇者が来たという噂は、もうこの国中に広まっているそうだ。

 それほど皆が魔王を倒す勇者が現れるのを心待ちにしていたという事だろう。

 まるでお祭り騒ぎのように歓迎されて凄く嬉しいのはもちろんだけど、同時に責任感で身が引き締まる思いも感じていた。


 この町から先に向かうには山越えをしなければならないという事で、町の宿屋でエリス、ルーシアさん、ピロロと僕の四人で集まって今後のルートについて計画を練る事にした。 

 ルーシアさんがテーブルの上に地図を広げて言った。


「今いるヒトシーがここになります。ここからボワラディ山を越えて、その先にある平原、ラーハ平原を縦断し、ユーホスの街へ向かうとその先の山の上に魔王城があります」


「次の街まで結構遠いね。どれくらいかかるのかな?」


「そうですね。普通に歩いて5日ほどでしょうか」


「それでいいんじゃない。ユーホスまで着いてしまえば、魔王城はすぐ近くだし」


「ということは、次の街までしばらくは野営しながら移動になるのか。装備はしっかり整えておかないといけないね」


 僕がそう言うと、ルーシアさんは言った。


「もちろん装備を整えるのは大事ですけれど、そこまで心配はしなくて大丈夫だと思いますよ。途中に何ヶ所か山小屋があるはずですし、もちろん、温泉も。山の中の露天風呂というのもなかなか風情があって良いものです」


 そうなんだ。魔王に支配されているとは言うけれど、温泉には癒されるし料理もおいしいし、とことん旅の冒険者に優しい世界なんだなと僕は思った。


 余談になるが、街の人たちから聞いたところによると、この世界の料理や温泉、建築物は異世界からの影響を大きく受けているという事だった。


 僕も言われるまで気が付かなかったけれど、考えてみればマヨネーズや醤油っぽい調味料がこちらの世界に普通にあるのはおかしな事だ。

 これらは今から20年ほど前にやって来た異世界人である王妃様、つまり日本からやって来たエリスのお母さんによってもたらされたものらしい。


 料理に限らず街並みや色々な道具が、僕の元いた世界のあれこれにどことなく似ていて違和感無く受け入れる事ができていたのも、エリスのお母さんのおかげだったという事なのだ。


 まだエリスにはちゃんとは訊けていないのだけど、おそらくこの国が魔王に襲われた時に不幸に遭ってしまったであろう同郷の先人に、僕は敬意と感謝の気持ちを送らずにはいられなかった。


     ◆     


「てやあああああああああ!」


 僕は体を捻り回転させつつ後方から襲いかかってきていた熊型のモンスターを剣で薙ぎ払った。そのまま黒い巨体が後ろへと倒れこむ。

 これが最後の一匹か。

 山の中でモンスターの群れに襲われた僕たちだったが、何とか誰も怪我をする事なく倒しきることが出来た。


 さすがに深い山の中という事もあってモンスターの数もかなり多い。

 戦闘はここまで来た時と同じように、僕の修行のためという事でエリスは後方でピロロと一緒に見ているだけ、僕が前線に立ってルーシアさんが弓で援護という形をとっている。

 ただ、本当は隙を作らずに僕一人で敵を全滅させなければならないので、ルーシアさんに弓でフォローしてもらう度にエリスに注意されてしまうのだけれど。

 でも、ぷんすか怒っているエリスもそれはそれで可愛いので、つい顔が緩んでしまうらしく、戦闘が終わった後で「ちゃんと聞いているの?」とまた怒られてしまうのだった。

 一通り戦闘が終わったあと、ピロロが僕に声をかけてきた。


「お兄ちゃん、だいじょうぶ? ケガしてない?」


「うん、大丈夫だよピロロ。心配してくれてありがとう」


「そうなんだ……。ピロロ、お兄ちゃんを治してあげたかったのに。最近あんまりケガしないよね」


 あれ? 

 なんだかピロロがちょっと残念そうにしている。

 もしかして、わざと怪我したほうがよかったのかな? 

 そんなことを考えていると、ルーシアさんがピロロに向かってこう言った。


「こら、そんなことを言ってはダメですよピロロ。怪我がないならそれが一番いいんですから」


「だって、ピロロも見てるだけじゃなくて役に立ちたいんだもん」


 なんだ、そういう事か。気持ちはちょっとわかる気がする。

 しかし、ピロロに治療をしてもらうためにわざとモンスターの攻撃を喰らって怪我をするのもどうかと思うし、たぶんエリスに怒られる。


 いや、考えようによっては、エリスに怒ってもらえる上にピロロに治療してもらえるというのはアリなのでは? とも一瞬思ったが、やっぱり止めておこう。

 さすがにそれはダメすぎる。勇者としてというか人として。


 そんな感じで僕らは山の中を進んでいき、その日は山小屋にはたどり着く事ができなかったので、焚き火を囲んで野営しながら夜を明かすことになった。


「今日は、ちょっと危なかったね。ルーシアさんが的確に弓で援護してくれたおかげで助かったよ」


「いえ、私は大した事はしてませんので。それより勇者さんは本当に凄いですよ。あれだけのモンスターを一人で倒してしまうなんて」


「え? そう? 僕、前より少しは強くなれてるのかな。でも、朝のエリスとの立ち合いでは相変わらず全然勝てないし」


 そう。ここまでの旅の途中でもエリスとの毎朝の立ち合いは習慣として変わらずに続けていた。


「少しはって……。姫様を基準にしたらダメですよ。この辺りのモンスターは凶暴ですし数も多いですからね。姫様を戦闘に参加させずにここまで来れているだけでも凄い事です。私にはとても出来ません」


「私にはって……。ルーシアさんを基準にされてもなあ。スライムに襲われて泣いていたような人だし」


 すると、ルーシアさんは頬をぷくっと膨らませ、僕に向かってこう言った。


「忘れてください! まだそれを言うんですか? それを言うなら勇者さんだって一緒ですし、それに私に決闘で負けたじゃないですか」


 そうだった。それにしても、思いがけずルーシアさんの反撃にあってしまいちょっと驚いた。冗談のつもりだったんだけど、意地悪が過ぎたかなと反省した。


「でも、ユウってば本当に強くなったわよね。いつの間にか戦闘中の魔法力の攻撃と防御の切り替えもちゃんと出来るようになっているもの」


 それは朝の修行でエリスがやっているのを見て、見よう見まねでやっているだけなんだけど、エリスから見てもちゃんと出来ているという評価で良かった。

 最初にエリスが言っていた実戦形式で体で覚えるというのは正しかったのかもしれない。

 自分でも魔法力による身体強化は結構出来るようになってきたかなという実感はある。


 しかし、炎魔法とか回復魔法といった、いわゆる魔法らしい魔法の使い方はさっぱりわからない。

 ドラゴンを倒した必殺技はあるけど、あれも身体能力強化の延長で魔法という感じじゃないし。


「でもやっぱり勇者を名乗るからには肉弾攻撃だけじゃなくて、魔法の一つも使えるようにならないと格好がつかないよなあ。今のままだと僕よりエリスの方がずっと勇者っぽいし」


「別に格好つける必要はないでしょ。ユウはそれでいいの! いざとなったらちゃんと私がサポートするし。それに、魔法なんて使えなくたって、カッコよくないこともなくもないんだから……」


 エリスは少し頬を赤らめて視線を斜め下にしてそう言った。

 というか魔法が使えなくても格好良いのか良くないのか、どっちなんだ? 


「もう、この話はおしまい。明日も早いんだからもう寝ましょう」


 もうちょっと話をしたい気持ちもあったけど、エリスがそう言うので僕らはそのまま寝る事にした。

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