第5話 そして勇者に

 そんな感じで僕が彼女に告白するに至った経緯を説明したと思う。

 正直恥ずかしすぎてちゃんと話せたかはよく覚えていない。


 彼女は途中から顔を赤らめて恥ずかしそうにしながら僕の話を聞いていた。

 まあ話している僕がこれだけ恥ずかしいんだから、聞いている方も恥ずかしいだろうというのは想像に難くない。


「そ、その話は分かったからもういいわよ! あなたがいま説明してくれたのは向こうの世界でのわたしの事でしょう? わたしが知りたいのは、こっちの世界でのわたしが誰なのかを、あなたが知っているのかってところなのよ」


 え? いま僕が恥ずかしさを堪えてした説明って必要なかったの? 

 恥ずかし損? 


 まあ済んでしまった事は仕方ないとして、こちらの世界での彼女が何者かというのは、まさにいま僕が彼女に一番訊きたい事だ。

 状況から察するに彼女はこちらの世界の人間、つまり異世界人という事で間違いないのだろう。


 ただ、誰なのか知っているかという質問に対しては何と答えたらいいのか分からない。

 そうだ、もしかしたら……。


「ええと……。女神様かな?」


「な、何を言っているの!? 女神様ってわたしが? そ、そんなこと言われても嬉しくなんかないんだから!」


 彼女は頬を真っ赤にしながらそう言った。


「いや、異世界召喚って言ったら女神様っていうのが定番かなと思ったんだけど、やっぱり違うの? ああ、女神様は異世界転生の方だっけ?」


「もういいわ。分かったわよ。あなた本当に何も知らないのね」


「うん。だからそろそろ姫宮さんが何者なのか教えて欲しいんだけど」


「え? わ、わたし? ど、どうでもいいじゃない。わたしの事は」


「どう考えてもどうでも良くはないでしょ!? 自分が誰かって先に訊いてきたのは姫宮さんの方だよ? それに何で僕は異世界召喚されたの? どうやったら元の世界に帰れるんだ?」


「そんなに一度にいろいろ訊かないで! ええと、ちょっと待ってね。も、元の世界に帰る方法でしょ。今から考えるから」


「今から考えるの!?」


 どうやらやっぱり簡単には帰る事ができないっぽい……? 

 それに彼女の正体についても教えてくれないし。

 するとしばらくして彼女は顔を上げ、僕の目を真っ直ぐ見てこう言った。


「うん。やっぱり、わたしと一緒に魔王のところへ行きましょう。元の世界に戻るには、それしかないわ」


 やっぱりというか何というか……。

 でもやっぱりそういう流れなのかと僕は思った。


「それじゃあ僕は『魔王を倒すために異世界に召喚された勇者』って事になるのか……?」


「えっ?」


「えっ……て、違うの?」


「…………ち、違わないわ! そうそう、そうそれ、そういう事なのよ! 飲み込みが早くて助かるわ!」


 彼女は両手の手のひらをパチンと合わせ、上手く説明できて良かったという感じで喜びの笑顔を見せていた。


 でも答えるまでにちょっと間があったし、慌てた様子だったのは何だったんだろうか? 


 僕は質問を続けた。


「でも何で僕が勇者として選ばれたんだろう? 何か理由があるの?」


「え、えっと……。そ、それはね。わ、わたし、勇者を探すために異世界転移して日本に留学してたんだけど、ん……と、そう! ピンときたのよ! この人だ! って」


 彼女は僕から視線を逸らし、斜め上の何もない空間を見ながらそう言った。

 完全に目が泳いでいる。


「ピンときたって……。それにしては最初こっちの世界に来た時に、僕のせいで転移しちゃったとか何とかで怒られた気がするんだけど」


「違うのよ! 違わないけど。こっちも想定外だったっていうか。だっていきなり告白されるなんて思ってなかったんだもの」


「でも放課後に校舎裏に呼び出して、来てくれた時点でそれは察してくれててもいいんじゃないかな?」


「だって、わたしの周りには認識阻害の結界が張られていたから、魔法力を扱えない向こうの世界の人が、わたしに必要以上に注意を向けたり恋愛感情を持つなんてあり得ないのよ。魔王が送り込んだ監視員だって思うのが普通でしょう?」


「それで最初、魔王の手先じゃないかってあんなに疑ってたのか……。でもさっき僕を勇者に選んでこっちの世界に連れてきたって言ってなかったけ? なんか話がおかしくない?」


「ち、違うんだってば! そ、そう。最初は魔王の手先だって思ったんだけど、向こうの世界の人がわたしにかけられた結界を破るなんて凄い事なのよ。もうこれは勇者に違いないわ!」


「でもそれが分かったのって、こっちの世界に転移してきてからだよね?」


「そ、そうね。わたしもまさか転移魔法が発動するなんて思ってなかったからビックリしたわ」


「やっぱり後付け!? つまり、僕が告白したせいでビックリして転移魔法が発動しちゃったけど、後から僕が結界を破ったのが分かったから勇者にしちゃおうって、そういう事なの!?」


「ええと……。う、うん。そういう事になるのかしら……」


 いいのかそれで? 

 彼女は異世界留学してまで魔王を倒す勇者を探しに来ていたはずなのに、そんな選び方で大丈夫なのか? 


「本当に僕でいいの? さっきモンスターと戦った時、全然歯が立たなかったけど」


「それは仕方がないわよ。まだこっちに来たばっかりだったんだから」


「そうか。これから改めて勇者としての力を与えられるってパターンなのか」


「え? そ、そうね。そんな感じね」


 なんだか彼女の返答がことごとく歯切れが悪い。

 本当に大丈夫なんだろうか? 

 そんな僕の不安が顔に出てしまっていたのだろう。

 彼女は少しうつむいて、か細い声で僕に向かってこう言った。


「ごめんなさい。急にこんな事を言われても困るわよね。でも、魔王のところに行かないと元の世界には帰れないの。だから、お願いだから私と一緒に来て欲しいの……」


 そういう事か。

 こちらの世界に来てしまった以上、勇者として魔王を倒す以外に選択肢は無いわけだ。


 だがこの話を聞くまでもなく既に僕は結論を出していた。

 彼女の言動に不自然なところがあるのは気になってはいたけど、僕は彼女を信じる事に決めていたのだ。


 なぜなら、彼女がめちゃくちゃ可愛かったからである。


 馬鹿かと思われるかもしれないが考えてみて欲しい。

 憂いを秘めたクール系美少女だと思っていた彼女に、急に目の前でポンコツ味あふれるギャップを見せつけられ、それになにより、仮に彼女が何かを隠しているとしたって、こんなにも嘘をついたり誤魔化したりするのが下手な女の子が悪い娘なわけがないのだ。


 僕は初恋の彼女に対して二度目の恋に落ちていた。


 しかも二人で一緒に魔王を倒す旅に出るという、これ以上ないくらい燃える展開でもある。


 モンスターに襲われて彼女に守られるという情けない姿を見せてしまったけれど、勇者としての力を身に着けて僕が彼女を守れるくらい強くなって、そして魔王を倒すことができたなら、彼女に振り向いてもらえるはずだ。


 そうだ! 魔王を倒してからもう一度彼女に告白をしよう。


 どんなに大変な道のりかは分からないけれど、僕にとって魔王討伐の旅に出る理由としては十分だ。


「わかったよ! 一緒に魔王を倒しに行くよ!」


 僕は彼女にそう告げた。


「ほんと!? よかったあ!」


 彼女は眩しい笑顔でそう答えた。

 とにかく天使の様に可愛かった。

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