終幕

桜の花弁が、風に吹かれて静かに川面に舞い降りた

さくら【桜】

①バラ科サクラ属の落葉高木または低木の一部の総称。同属でもウメ・モモ・アンズなどを除く。中国大陸・ヒマラヤにも数種あるが、日本に最も種類が多い。園芸品種が非常に多く、春、白色・淡紅色から濃紅色の花を開く。八重咲きの品種もある。古来、花王と称せられ、日本の国花とし、古くは「花」といえば桜を指した。材は均質で器具材・造船材などとし、また、古来、版木に最適とされる。樹皮は咳止薬(桜皮仁)に用いるほか曲物まげものなどに作り、花の塩漬は桜湯、葉の塩漬は桜餅に使用。また桜桃おうとうの果実は食用にする。ヤマザクラ・ソメイヨシノ・サトザクラ・ヒガンザクラなどが普通。

②桜色の略。

③桜襲さくらがさねの略。

④紋所の名。単弁の桜花を正面から見た形を描いたもの。桜紋。

⑤(色が桜色なのでいう)馬肉の異称。桜肉。

⑥ただで見る意。芝居で、役者に声を掛けるよう頼まれた無料の見物人。

転じて露店商などで、業者と通謀し、客のふりをして他の客の購買心をそそる者。また、まわし者の意。

⑦(隠語)市街の繁華な所。


「広辞苑」(第六版)より抜粋

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 「これはこれは珍しい。あなたの様なお嬢さんが釣りとは。釣れますか?」

 「いいえ。ちっとも」

 イヴは振り向きながら、背後から話しかけてきた老紳士に微笑み返した。

 「時々、ここでお見掛けするようですが」

 「はい、父が生前、ここで釣りをするのが好きだったものですから・・・ 釣れたって話は、遂に聞くことは有りませんでしたが」

 イヴは寂しそうに笑った。静寂が辺りを満たした。小川を流れる清らかな水音が、その静寂を更に強調していた。その時、小魚がイヴの投じた浮きをピクピクと震わせた。しかし彼女は何もせず、ただじっとそれを見守った。

 「あなたの御父上はきっと、ここで釣り糸を垂れながら何かに思いを馳せていたのかもしれませんね」

 「えぇ。きっと」

 彼女の左肩にとまっていた桜の花弁が、風に吹かれて静かに川面に舞い降りた。そして今度は、水にもてあそばれながら流れていった。彼女は眩しそうに目を細め、花弁の行方をいつまでも追っていた。

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天使たちの墓標 大谷寺 光 @H_Oyaji

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