第2話

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 二日後、ユウリは退院した。快復に向かっているため、日常生活に戻って問題ないと判断されたためだった。

 その日はルカの神葬だった。死の当日に行われなかった理由は、兄であるユウリの退院を待つためだった。

 法皇庁関係者を含めて、多くの者が列席していた。フィアナ、シャウアの姿もあったが、話しかけはしなかった。

 翌日からユウリは登校を再開した。午前は授業を受けたが、昼から早速、悪竜ヴァルゴン退治の任務が課せられた。場所は、ルミラルの右翼の先端の川辺だった。

「久々の、そして待望のゴールデン・タッグ結成ですね。ただ二人がかりで敵が通常の悪竜ヴァルゴン一匹では、物足りない思いもあります。ただおそらくこの人事采配は、ユウリ君のリハビリを兼ねている。だからわたしとしては、全力でもって臨むだけ。ベストオブベストを尽くすだけ! ですっ!」

 前を行くカノンから強い自負を感じさせる言葉が来た。

 ユウリは「おう」と気のない返事をし、カノンの後ろを歩き続ける。

 下草の道を踏みしめる単調な音が続く。疎らに生えた木々の間からは、眩いばかりの陽の光が降り注いでいた。

 しばらく歩くと林が途切れ、川が現れた。幅は二十ミルトほどで、清らかな流れを見せている。両側にはたくさんの小石が見られ、自然豊かでなんとものどかな場所だった。

 だが川の中ほどに、周囲の風景にそぐわない異形の姿があった。悪竜ヴァルゴンだった。ぐるりと首をユウリたちに向けると、猛々しく鳴いた。すぐにばしゃばしゃと水を跳ね上げつつ突進してくる。

 カノンは早口で詠唱し、キビタキの翼と黒黄刀を生成。遅れはしたが、ユウリも詠唱を開始する。しかし。

「……翼が、出ない?」ユウリは呆然と呟いた。いつも通りにやるのだが、翼も武器も出現する気配がなかった。

 悪竜ヴァルゴンが火球を吐いた。どす黒い死の炎が轟音とともに迫り来る。不意を突かれたユウリは目を瞑った。だが一秒ほど経っても何の衝撃も来ない。

「甘い! いやもはや甘々です! そんなちんけな炎で、わたしたちの永遠の絆をどうにかしようだなんて!」

 芝居じみた口調の喚き声がした。ユウリが目を開けると、目の前にカノンが仁王立ちしていた。そのすぐ前には黒色の火の粉が舞っており、すぐに消えた。

「カノン。……ごめん」カノンに守られたと知ったユウリは悄然として呟いた。

 カノンはちらりと振り返ると、にかりと屈託のない笑みを浮かべた。

「今、ユウリ君は、終わりの見えない暗黒の淵にいるのです。でもわたしにはどうにもできません。ユウリ君の内面の問題だから、自分でどうにかするしかないのです。それまでわたしは、外患という外患を根こそぎ引っこ抜いて、ぼっこぼこにしてぺちゃんこにしてやる所存です!」

 達観した口調で宣言したカノンは、ふわりと飛翔。悪竜ヴァルゴンに急接近し、黒黄刀をテイクバックする。

 悪竜ヴァルゴンは噛みつかんと口を広げる。カノンは羽ばたいて回避。後方に回り込み、横薙ぎに一閃する。

 胸を切り裂かれた悪竜ヴァルゴンは絶叫した。瞳のない両眼に憤怒を浮かべ、カノンへと突き進む。

 その後もユウリは蚊帳の外で、カノンは戦い続けた。躱し、いなし、隙を見て切りつけ、カノンは危なげなく悪竜ヴァルゴンを追い込んでいく。

(シャウア。お前は、ずっとこんなだったんだな)ユウリはぼんやりと、シャウアの悩みを察する。

 大事な人に身体を張らせるやりきれなさ。自分では誰も助けられない無力感。ユウリは嫌が応にもそれらを痛感していた。

 悪竜ヴァルゴン、その場で一回転。人間の胴体並みの太さの尾でカノンを狙う。

 カノンは頭を引いて避けた。身体を戻す勢いも利用し、左腰に置いた黒黄刀で顔面を狙う。

 右目に命中した。悪竜ヴァルゴンは苦しげに吠えて、右へと倒れていく。

 カノンは地を蹴って加速。悪竜ヴァルゴンの頭が地に着くや否や、両手持ちした黒黄刀を高く掲げて振り下ろした。

 ザギッ! 黒黄刀が悪竜ヴァルゴンの首を貫いた。悪竜ヴァルゴンはびくっと痙攣し、すぐに完全に動きを止めた。

 ユウリが言葉に迷っていると、カノンは振り返った。またしても純粋で、どこか寛容さも漂わせる笑顔をユウリに向けてくる。

 いつもは幼いとしか感じないカノンが、不思議と今はずっと年上に思えた。

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