第4話

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 その後、ユウリは変わらぬ日常を送った。朝に士官学校に登校し、フィアナとともに夕方まで授業を受けて帰宅(カノンのアプローチは華麗にスルーし続けた)。七日に一度の安息日には、ルカやフィアナと遊んだりもした。

 三、四日に一度、悪竜ヴァルゴン退治でルミラリアの各地に赴いたが、神代かみよの戦を経て強くなったため苦戦はしなかった。ルカにもあれ以降、神託は下らず、ユウリは穏やかな日々を過ごしていた。

 二十日後の夕方、ユウリは教室で歴史学の授業を受けていた。ほぼ正方形の教室は、一辺が歩幅で十歩分もないほどの大きさである。

 木製の二人掛けの机が二十個近く並んでいて、灰色の長袖制服を着た生徒たちが席に着いていた。壁は深みのある茶色の木でできており、落ち着いた感じの雰囲気を醸し出していた。

 教壇には、学者然とした黒ガウン、黒帽子を纏ったシャウアの姿があった。背後の黒板には、やや荒っぽい字で年号などの記載がされている。エデリアの歴史を教える、一日限りの特別講師だった。

「こうして無翼フリューグナへの偏見は根絶され、エデリアに住む者は皆、神蝶エデンの子として等しく尊重されるようになったって訳だ。とは言っても、有翼フリュールの連中の差別意識が公にはなくなったってだけで、無翼フリューグナが感じる劣等感は永遠になくならないんだよな。残念なことにな」

 諦めたような口調で弁じると、シャウアはちらりと窓の外に目をやった。そびえ立つ時計塔は、授業終了の時刻を示している。

「エデリアの歴史を神話時代から現代までまとめると、ざっくりこんな感じだな。何かの参考になれば嬉しいぜ。授業はこれにて終了」

 きっぱりとシャウアが告げると、生徒たちは動き始めた。帰宅しようとする女子生徒の間を縫って、ユウリはシャウアに近づいていく。

「なんか凄いな。大勢の年上を相手に、全然緊張してる素振りもないじゃないかよ。何というか、大物だな」

 ユウリが素直に賛辞を述べると、シャウアは自慢げな笑みを見せた。

「なんてったって俺は労働者だからな。大人の世界の荒波に揉まれて鍛えられてるんだ。ユウリたち学生のお子様からしたら、物腰とか違って見えるのは当然なんだよ」

「もう、シャウアったら! そんなに変な内容を話してるわけじゃないのに、いちいち言い回しが挑発的過ぎるのよ。直すべきところよ。立場は関係ありません」

 いつの間にか隣にいたフィアナが、むっとした表情で断じた。両手を腰に当てる様には、可愛らしさと同時に威厳が感じられた。

「はいはい、わかりましたよ。ご立派なフィアナさんのありがたーいご指摘だ。せいぜい善処するさ」

 からかうような声色でシャウアは返事した。聞き届けたフィアナはいっそう厳しい面持ちになる。

(好きな子に意地悪、か。ワンパターンだなこいつも。でもこのスタンスだといつまで経っても関係は変わらないだろ。どうやってフィアナとひっつく算段なんだ?)

 首を捻る思いでいると、「ん?」とシャウアが訝しげな面持ちで呟いた。視線は窓の外に向けられている。

 ユウリは屋外に顔を向けた。黒い半透明の膜のようなものが士官学校の敷地境界を覆っていた。

(何だあれは? 誰かの力か?)ユウリが疑問を抱いていると、「……あれは何かしら」フィアナが不審げな口振りで時計塔の上を指差した。

 黒色の渦巻があった。どんどん大きさを増している。ユウリが凝視し続けていると、やがて一つの人影が渦の中心から現れた。

「あいつは、まさか……」ユウリは思わず言葉を漏らした。ファルヴォスが、時計塔の頂点に降り立っていた。身に纏う禍々しい鎧も以前と同じだった。両腕を胸の前で組み、瞳のない眼で士官学校を睥睨している。

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