第3話

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 昼一の授業は家庭科だった。護人ディフェンシアを養成する士官学校ゆえ、戦闘と直接関係する修身などと比べると授業頻度の少ない科目である。

 場所は、古めかしい木製の調理台が十ほどある調理室だった。百年前の開校以来、手を加えていないため、何ともいえない静謐な雰囲気を漂わせる部屋である。

 だが今は静かとはほど遠い状況だった。原因は、一人の女子生徒にあった。

「ここで! この家庭科という女子力の大アピールポイントで! わたしはユウリ君のハートを鷲掴みにするのです!」

 切羽詰まった口調のカノンは、包丁を持った右手を恐ろしい速度で動かしタマネギを切っていた。丸めて表面に添えた小さな左手が何とも可愛らしかった。

 同じ班となったユウリは、カノンの挙動を注視していた。ニンジンの皮を剥く手は完全に止めている。隣ではフィアナも、思い詰めたような視線をカノンに向けていた。

 半分ほど切り終えた。だが、「痛っ!」包丁がわずかに左手の甲を掠め、カノンは顔をしかめた。床に包丁が落ちて、甲高い音を立てる。

「「大丈夫(か)?」」ユウリとフィアナが同時に叫び、カノンに接近した。血こそでていないが、心配なことに変わりはなかった。

 カノンはしばし、辛そうにしていた。だがやがて表情を和らげ、「うふふふふ」甘い声音で小さく呟き始める。

(なんだ、どうしたんだ?)ユウリが疑問を抱いていると、カノンは目を開けすうっと姿勢を正した。

「なるほどなるほど! わたしの恋路はどこどこまでも! 意思なき包丁にまで言われなき妨害を受けるというのですね! 上等です!」

 決意に満ちた表情で言い放ち、カノンは再びとんとんとタマネギを切り始めた。そして三十分後。

「どうですユウリ君! わたしの全力を注いだ野菜スープ! 五臓六腑でとくとご賞味あれ!」

 自信満々な様子のカノンは、ユウリをじっと見つめ始めた。机の上の鉄鍋の中には、ホカホカと湯気が立ち上っている。

(内臓じゃあ味覚は感じられないんだけどな)

 心中でクールに突っ込みつつ、ユウリはレードルでスープをカップに掬った。少し拭いて冷まして、ゆっくりと飲み進める。

「うん、うまい」ユウリが呟くと、カノンの表情がぱあっと明るくなった。

「そうでしょうそうでしょう! もうこれは、わたしをお嫁に迎える以外の選択肢はないでしょう!」

 興奮した口振りでカノンはまくし立てた。つぶらな瞳はキラキラと希望に満ちあふれている。

「それに関しちゃ悪いけどノーコメントだ。ただこのスープの料理には俺やフィアナも携わってる。カノン一人の力じゃあないっていう厳然たる事実は、忘れちゃあいけないよな」

 努めて冷静にユウリは諭すが、カノンの顔付きには一点の曇りも入る兆しはなかった。

「初対面の時から薄々感じてはいたけど、マイペースというか、自由奔放って感じの子よね」

 フィアナがひそひそとユウリの耳元で囁いた。

「ああ、まったくそうだ。でも悪い奴じゃあないからさ。温かーい眼で見守ってやってくれ」

 ユウリが静かに返事をすると、フィアナは小さく頷いた。

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