第25話 妨害と対策
妖精たちが連帯感も皆無に、三々五々、我先に森の方向へと飛び去っていく。
(デレクのキングレオか。匂いでバレたか? それとも、妖精たちの声を聞きつけたか)
姿は見えないが、気配は感じる。
急速に近づいてくる圧倒的な存在感。
「ああもう! 人形が重くて速く飛べないよぉー!」
「あちきもー!」
欲を出し過ぎた一部の妖精が、逃げ遅れる。
「だいじょぶ。俺が、時間を稼ぐ」
俺は手に入れたばかりのマタタビもどき――パピルナの木片を投げて、キングレオの誘導路を作る。
(やつも一応、『猫』の類縁だろう。多分)
ならばきっと、パピルナの木片が好きなはずだ。
建物の陰から、キングレオがその巨体を現した。
デレクの姿はない。
きっと、キングレオが独断で俺に嫌がらせをしにきたのだろう。
俺のことが嫌いなヘラの意図を忖度したということもあるだろうし、一応、母から妖精討伐の指令も下っている。
グルルルルと、静かな唸り声。
『そんな見え見えの手に引っかかるか』とでも言わんばかりに、こちらを傲慢に一瞥するキングレオ。
そのまま、パピルナの木片を避けて、一直線に俺たちの方へ突っ込んでくる。
「やだああああああ! あちき食べられちゃうっ!」
「グルルルルルルルルルルっララララアッ!?」
ブチッ。
瞬間、奴は前脚のバランスを崩して、前につんのめった。
「ルラァ!」
しかし、そこはさすがに王の名を冠する獣だけある。
動物ならではの身体感覚で後ろ脚で跳躍すると、空中で一回転。
そして華麗に地面に着地する――
ズルルルルルゥ!
ことなく、横倒しにすっ転んだ。
(俺がただ木片を拾って遊んでいるだけの子どもだと思ったか?)
母との庭の散歩の合間に、地道に仕込んでいたトラップが功を奏した。
草の蔓を使った単純なロープトラップと、落とし穴とも言えないような、滑りやすくしただけの柔らかい土のぬかるみ。そのままだと足止めにもならないのでいずれも即席に魔法で強化してあるが、キングレオからすれば『悪戯』程度にすぎないささやかな抵抗。
ちなみに木片を置いていた場所は、トラップを設置した場所ではなく、逆に、『トラップの設置が間に合わなかった』場所である。
(あまり危ないトラップを仕掛けて大事にする訳にもいかないしな)
万が一、誤ってトラップに引っかかった家人が死ぬような事態になっては困る。
何事も加減が大切だ。
「ははは! やっぱりキミはボクたちの『なかま』だね」
「また来るよー!」
残った妖精たちが笑いながら、家の敷地外へと逃げおおせる。
俺も荷物をまとめて、その場を後にして、敷地の端ギリギリまで走り、身をひそめた。
早く屋敷の中に帰りたいが、キングレオを追ってデレクがやってくることを考えれば、しばらく様子を見なければならない。
「ギニャー!」
キングレオは悔しそうな鳴き声をあげながらも、それ以上は追跡しようとはせず、ふてくされたようにパピルナの木片で遊び始めた。
(第一ラウンドは俺の勝ち、か?)
俺もキングレオも、お互い本気で潰したい訳ではないという、暗黙の了解。
いうなればこれはゲームのようなものである。
急に人気になったホストが同僚に衣装を隠されるくらいの、他愛もない嫌がらせだ。
「おーい! ったく、どうしたんだよお前、急に走り出して」
「グルルル」
「なんだ? ――これは、パルミナの木か。これが欲しかったのか?」
「グラァ!」
「そうか。なら、今度、一緒に森に採りに行こうぜ! そのためにも、今は特訓だ! どんなモンスターに出会っても勝てるようにな!」
「グルルル」
キングレオはデレクに従い、素直に元の場所へと去っていった。
どうやら俺のことをチクるつもりもないらしい。
(ふう。助かった――)
パカラ! パカラ! パカラ!
「どうした? 正門はそちらではないぞ。こちらに何かあるのか?」
俺がほっとしたその瞬間、今度は蹄の音が近づいてくる。
そして、困惑するアレンの声。
(ちっ! 今度はユニコーンか!)
運悪く、帰ってきた所に遭遇してしまったらしい。
いつもならアレンはもう少し遅めに帰宅するはずなのだが、森での狩猟は収獲次第。
完全に計算はできない。
「ブルルルルルルルル!」
ユニコーンが俺のいる草むらに鼻先を突っ込んでくる。
こっちはチクる気満々だ。
こいつは、キングレオとは違い、根本的に俺という存在のありかたが嫌いなんだろう。
(舐めるなよ! この童貞馬が!)
俺はバッグから秘密兵器を取り出して、ユニコーンの鼻先に強く、押し付けた。
「ブルルァ! ブルルルァ! ブルルルァ!」
刹那、首を振り乱し、涎をまき散らして苦悶するユニコーン。
「どうした! 暴れるな! 暴れるな! ん? ――これは、女性の下着?」
(三人を世に送り出した経産婦のショーツの味はどうだ?)
備えあれば憂いなし。
こっそり母から一枚拝借しておいた意味はあった。
純潔を何より好むユニコーンにとっては、ただの下着も劇薬となるのだ。
「ブラララララァ! ブララララァ!」
「わかったわかった。水場で鼻先を洗いたいのだな。……それにしても、この下着、なんと言ってメイドに渡せば良いのだ……」
戸惑いながらも、落とし物を放置しておけないらしい善良な兄を後目に、俺はそっとその場を離れ、屋敷へと帰還する。
すまない。兄よ。
恨むなら、空気の読めない一角獣を恨んでくれ。
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