第9話 才能
俺が無属性だと判明したその夜。
「母ちゃん。そう心配することはないけえ、別にヴァレリーさが偉い軍人さんや魔法使いになれなくてもええでねえけ。そったらことは、中央さ行く、兄様方に任せてとけばええ。おいらたちの仕事は、しっかりこのメディスの地盤を守っていくことだって、母ちゃんも言うとったろ」
少年が、そう言いながら、小器用に藁で帽子を編んでいく。
年の頃は、アレンと同じ――おそらく十歳前後だろうか。
彼こそは、俺と同腹の兄の内の一人、マタイである。
顔は、ゴリラとカエルを足して二で割った感じだ。
健康的に日焼けした小麦色の肌と、土いじりで汚れた爪は、貴族というよりは、むしろ農民に見える。
なまりがひどいが、むしろ、この地方ではこっちが当たり前らしい。
「そうよ。陰から、メディス家本流の方々をお支えするのが私たちの役目。でもね。この子は綺麗すぎるの。綺麗すぎる子は、良しにつけ、悪しきつけ、平凡な人生は送れないのよ。貴族ってそういうものなの」
母が流暢な都言葉で答えた。
母もこの地方の出身だが、なまっていない。それは、おそらく、父に嫁ぐに当たって、家庭教師に都言葉を仕込まれ、それを意図的に使っているからであろう。
そして、マタイが都言葉に矯正されていないということは、逆説的に、メディス家は――父は、彼を中央に出すつもりはないということを意味する。
要は第二夫人の子は土着の貴族として、内治に努めろということだろうが、それは俺にとっては都合が悪かった。
(なるほど。これが『障害』ね)
第二夫人の子である俺が中央に出るには、それなりの『何か』が必要になるという訳だ。
「そっだらもんかなあ。確かにおいらともヨナとも違って、まるで、キニエが持ってる人形みたいなべっぴんな顔してんもんなあ。でも、悪い事ではないべ? ひょっとしたら、偉い姫様に見初められて逆玉の輿に乗れたりするかもしれんし」
マタイは衒いのない口調で、呑気に答えた。
この世界は中世的価値観がデフォルトなのか、全般的に子どもの精神的自立が早い。これが地球ならば、十歳前後で新しい弟ができて母親の愛情を独占されると、嫉妬の一つでもしそうなものだが、マタイにはそんな様子が一切見られなかった。
ちなみに、キニエとは、俺の姉の名前である。
第一夫人の娘で、基本、そちらで養育されているらしい。
すでに数度、挨拶がてらこの部屋に来てはいるらしいのだが、どうやらその時、俺は寝ていたらしく、まだ直接の面識はない。
「そうなればいいけど、中央の高貴なる方々の中には、その、少々特殊な趣味を持つ方もいらっしゃるっていうから、心配なの。あの『稚児侯爵』みたいに」
つまり男色家のショタコンか?
さすがにそれは勘弁だ。
「ほんに。母ちゃんは心配性だなー。そっだらこと今から考えてもしょうがないべ。なー、ヴァレリー」
マタイは俺に、出来立ての麦わら帽子を被せて呟いた。
「だぁ」
俺は肩てを挙げて適当に頷く。
「もう! そう言ってみんな真剣に聞いてくれないんだから!」
母はそう言って頬を膨らませた。
いい年なのに、そんなぶりっ子じみた仕草をしても違和感ないのは、一種の才能だろう。
「そら、みんな忙しいからなー。さあ、おいらも明日植える種芋の準備さしねえと」
マタイは呆れたように言って、部屋から出て行った。
「はあー。本当、母の心は子知らずだわ!」
母はそう言って、ベッドに不貞腐れたように寝転がる。
こうして、また俺に手持無沙汰の時間が訪れた。
(何かないか……おっ。そういえば)
俺は枕元のテーブルに無造作に置かれた、色とりどりの石に目をつけた。
デレクより献上された、ただ綺麗なだけのそれ。
初めは一色だけだったが、彼が石を拾う度に持ってくるので、今は赤・青・黄の三原色と、白と黒のバリエーションが揃っている。
(絵でも描くか)
俺は寝返りを駆使して移動し、石を手に入れる。
そもそも俺がホストになったのは、立ち上げたアパレル会社で作った借金がきっかけだった。
元よりそれなりに美的センスはあるつもりだし、芸術家の太客の歓心を買うために、絵を描いていたこともある。
(キャンバスは――これでいいな)
俺は足下に落ちていた麦わら帽子を手に取ると、石を使ってその側面に絵を描き始めた。
ちょうど目の前には、動かない寝姿の母というモデルがあるので、それをデッサンするのだ。
俺の経験上、自分の絵を描かれて喜ばない女はいない――もっとも、それには、相応のクオリティなら、という但し書きがつくが、まあ、この母ならば、どんなものでも喜びそうだ。
思うように力の入らない手に苦戦しながら、俺は作品を仕上げていく。
子どもらしさを意識してわざと下手にするような無粋な真似はしない。
美に関しては妥協しない主義なのだ。
(うむ。出来た)
「ばふゥー」
俺は満足感と共に、石を置く。
努力の末、実物×1・3くらいの美しさの母が出来上がった。
大抵の女は自分を実物以上にかわいいと思っているので、盛るくらいでちょうどいいのだ。
一仕事終えて、俺もうつらうつらと眠気に身を任せた。
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