仁義なき戦い

1

 「ココに置いとくよ」

 そう言って男は500円硬貨を番台に置き、中に入ろうとした。それを見た京子が声をかけた。

 「あっ、ちょっとお客さん・・・」

 「釣りなら要らねぇよ」男は振り返りながら言った。

 「いや、そうじゃなくて・・・」

 その男は見るからにヤクザで、派手なアロハにバミューダパンツという、いかにもチンピラという感じだった。別にチンピラでも構わないのだが、問題はユルユルのアロハの隙間から見える入れ墨だった。

 「あの~・・・ 一応、入れ墨の有る方はお断りしてるんですが・・・」

 「何だとぉ、コラ」チンピラが凄む。

 「いや、だから入れ墨は・・・」

 「誰がそんな事決めたんだぁ? あぁん?」アホっぽい顔を番台に近付け、京子を睨んだ。その様子はヤクザと言うよりも、むしろヤンキーとかそういった感じであったが、さすがに入れ墨をしているところを見ると、本物のヤクザなのだろう。

 「いや、誰って・・・ 銭湯ってそういうもんだから・・・」

 「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ、このブス! 俺を猪熊組のサブと知ってて言ってんのか?」

 「ブス」がいけなかった、「ブス」が。京子に向かって「ブス」はいけない。だって本人は、見る角度によっては斎藤麻衣だと思っているのだから。京子のこめかみ辺りで、バチンと何かが切れる音がした。

 「んなもん、知ってるわけないでしょ!」

 「へっ?」

 ヤクザは更にアホみたいな顔になった。

 「サブローだかサブシだか知らないけど、私がアンタの事なんか知ってるわけ無いでしょ、って言ってんの! ちょっと考えれば判るでしょ、そのくらい!」

 「は、はぁ・・・」

 「だいたい何よ『誰が決めた?』って。ウチが決めたに決まってんじゃん。ウチの銭湯なんだから。バッカじゃないの」

 「あ、あの・・・ いや・・・」

 「そもそも銭湯がそういう所だって、アンタも知ってるんでしょ? アンタがヤクザ者になるずっと前からそうなのっ! それが判ってて紋々背負ったんだから、今更グダグダ言うんじゃないわよっ! 表にそういう看板も出てるでしょ?」

 「で、でも、姐さん・・・」

 「姐さんって呼ばないで! 私まだ高校生なんだからっ! JKなんだからっ!」

 「へ、へぇ。すいやせん」

 頭ごなしにガンガン言われたサブは、ショボくれてシュンとした。そのミジメったらしい姿が、公園に捨てられた仔犬の様で、京子はチョッと言い過ぎたかしら、と思い、口調を少しだけ和らげた。

 「アンタもさぁ、こんな小っちゃい事で難癖付けてないで。もうちょっとしっかりしなさいよ。いい女性とか居ないの、サブ」

 姐さんとサブという上下関係が確定した。

 「い、います・・・ リンと言います・・・」

 「リンさん? 外国の方かしら?」

 「へぇ、中国から出稼ぎに来てやして・・・」

 「そう」京子は大きく頷くように言った。

 「そのリンさん、アンタのこと待ってるんじゃないの?」

 「・・・・・・」

 「話してごらん」

 どういう立場で聞いているのだ、という気もするが、なんてったって京子は『姐さん』なのだから。

 「リンは元々、ウチの組が手を回した不法労働外国人の一人でして」

 「ちょっと待ちな、サブ。『手を回した』じゃなくて『斡旋した』でしょ。それに『不法労働外国人』じゃダメでしょ。せめて『外国人留学生』くらいにしておきなさいよ」

 「わ、判りやした、姐さん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る