3
「あぁーーーっ! こいつオカマだーーーーっ!」タケシが言った。
「うぇーーーっ! 気持ち悪いーーーーっ!」今度はケンジが言った。
「うるさいわね、アンタたちっ!」健太郎が応戦するが、悪ガキには通用しなかった。
「わーぃ、わーぃ!」
すると悪ガキ二人は、空の脱衣篭を健太郎の頭に被せた。
「オカマ。オカマ。オカマ」
「オカマ。オカマ。オカマ」
見かねたデカい天使が「コラーッ!」と言いながら、小天使二人を追い回した。だが図体がデカいだけの信之天使に捕まるほど、小天使は間抜けではない。走りながらも二人は声を揃えて叫んでいた。
「オカマ。オカマ。オカマ」
「オカマ。オカマ。オカマ」
オカマの大合唱に、健太郎は女々しく崩れ落ちたまま左腕を床に付き、残る右手で涙を拭った。さすがに放っておくわけにもいかず、京子も番台から降りて叫んだ。
「ちょっとアンタたち! いい加減にしなさいっ! 女の・・・ 様な人をイジメるんじゃないわよっ!」
「女の様って何だよ、女の様って」ケンジが食って掛かった。
「自分は男の様じゃないかっ!」 タケシが混ぜっ返した。
タケシとケンジは二人して、京子を指差して笑った。
「男の様、男の様」
「男の様、男の様」
京子の怒りに火が点いた。
「うるさいっ! アンタら、また痛い目に遭わすわよっ!」
「わーー!」「怖ぇーーっ」と言って、小天使二人は浴室に消えて行った。それを追って、信之天使も浴室に消えた。
三人を見送った京子が振り返ると、健太郎はまだ崩れ落ちた格好でメソメソしていた。頭には脱衣篭を被ったままである。京子は健太郎に近付いたが、何と声をかけていいか判らなかった。あの素敵な健太郎先輩の、真の姿がコレなのか? 裏切られた? いや、勝手に妄想を膨らませていたのは京子の方だ。本人の承諾も無く自分の理想を彼に投影し、一人悦に入っていたのは京子の方なのだ。何だか申し訳ない様な気さえした。
「だ、大丈夫?」被っている脱衣篭を取ってやりながら、そう尋ねる京子に健太郎が答えた。
「うん、大丈夫。ありがとう」もう京子は、健太郎を同性として見ていた。と言うか、男としては見れなかった。
「あの悪ガキ、いっつも問題起こすのよ。ったく・・・」
「うふ・・・ そうなんだ・・・」健太郎が少し笑った。チョッと躊躇したが、京子は思い切って言った。
「ねぇ、あの・・・ 先輩って、三年四組の健太郎先輩ですよね?」
「へっ? アナタ、ウチの学校の子?」
「はい、二年一組の田部京子です」
健太郎は何かを思い出す様な顔になった。
「そう。よろしくね。それからありがとうね、京子ちゃん」
そう言って右手を差し出した。京子はそれを握り返した。何だか彼女とは・・・ いや、彼とは友達になれそうな気がした。それは、京子が今まで感じたことの無い、不思議な感覚であった。
「健太郎先輩って、そういう感じだったんですね?」まさか、オカマだったんですね、とは言えない。
「そうなの。学生服を着てる時は気が張ってて男子男子してるんだけど、服を脱いじゃうとどうしても・・・」
そう言った健太郎は、ちょっとサバサバした感じで微笑んだ。自分の秘密を、図らずもカミングアウトしてしまったことにより、何だか重荷を降ろした様な感じなのだろうか。
「でもね、京子ちゃんにバレて良かったのかもしれない。だって、自分を偽って生きてるのが凄く辛かったの。このまま生きていたら、自分自身がバラバラになっちゃいそうな気持だった」
京子は判る様な気がした。自分を偽って生きることほど、ストレスを産むものは無いであろう。きっと世のサラリーマンなどは、そういった日常を当たり前のように生きているのだ。
「でも、少なくとも京子ちゃんには、私の秘密を・・・ 本当の姿を判ってて貰えてるって思うと、何だかもう少し頑張れそうな気がするんだ」
「うん」と京子は答えた。男としての健太郎に自分が惹かれていたことは黙っていようと思った。京子が健太郎の腕を引っ張り上げて立たせてあげると、彼の目は京子のずっとずっと上に有った。二人は見つめ合ったまま、クスリと笑った。
その時、目の前にある健太郎のチンチンが、今は明瞭に見えることに気が付いた。あの後光ならぬ前光は消え去っている。失恋(?)を経て、京子がまた一歩成長した証かもしれない。
その視線に気付いた健太郎は「イヤん」と言って、その逞しい胸を隠した。
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