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 暫くすると、金髪が脱衣所に現れた。予想を超える敵の善戦に合い、一歩間違えば負けていたかもしれないという動揺が隠し切れない様子ではあったが、そこは王者としての威厳で取り繕い、すこし強張った笑みを顔に張り付けていた。そして勝者の余裕を振り撒きながら身に付けたTシャツの胸には『I LOVE KOKESHI』という意味深な言葉が巨大な胸に引き延ばされて、妙な感じになっていた。そして彼女は、その場に居た全ての女性の自尊心を粉々に砕き、「サンキュー」という言葉を残して去って行った。京子は黙ってそれを見送った。それから急いで脱衣所を横切り、浴室に向かおうとした時だ。ガラガラガラと引き戸が開き、中から香名恵が姿を現した。それは精も根も使い果たしたかのような弱々しい足取りで、目をそむけたくなるような痛々しい姿であった。

 香名恵はヨタヨタと歩きながら扇風機の紐を引っ張り、そして休憩用のビニールの長椅子にドッカと腰を下ろした。両膝の少し上の辺りに両肘をつき、俯くような姿勢だ。そして肩で息をしながら言った。

 「あの女・・・ やるわね・・・」

 ホセ・メンドーサとの死闘の末、リング上で白い灰になってしまった矢吹丈の様なその姿に、訳も無く涙が溢れてきた京子が膝から崩れ落ち、両手で顔を覆いながら言った。

 「もう・・・ 意味が判らないよぉ~・・・」

 それを黙って見ていた幸恵は、自分の首にかけていたタオルを取ると、それをそっと香名恵の首にかけてやった。そして、二人の肩に手を置いて、少し屈んだ。向かい合う形で項垂れる二人の間に顔を持ってきた幸恵が言った。

 「いい試合だったよ」

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