第七章 上陸

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 タカヒサは既に、一端の船乗り気分であった。相変わらず海は荒れる事が多かったが、比較的波が落ち着いた時などに、オオサワが船の操縦を教えてくれた。一度、大波の乗り越え方を間違えて、危うく転覆しそうになった事が有り、それ以降、タカヒサが操舵桿を握る時には、PUZがこっそりと船のECUユニットに介入し、その危なっかしい操縦をサポートしている事に気付いていないのは本人だけであったが。

 そんなある日、タカヒサが上機嫌で操舵桿を握っていると、オオサワが声を上げた。目に当てた双眼鏡を離さず、南を指さして。

 「着いたぞ」

 「南極ですかっ!?」

 タカヒサは船室から首だけを出して、オオサワの指す方に目を凝らした。だが肉眼で大陸を確認する事は出来ず、緩やかな曲線を描く水平線以外に、何も認めることができなかった。それでも、もう直ぐ南極大陸に到着するという匂いの様な物を感じていたタカヒサであった。

 水中に岩礁が有る為、そこからはオオサワが操舵桿を握った。スピードを落とした船は、暫く海岸線と平行に進路をとったが、小さな入り江の前で面舵を切ると、穏やかな天然の港に吸い込まれるように、岬の陰へと消えていった。

 「これが南極かぁ…」

 タカヒサは体の内側から込み上げるワクワクを抑えきれず、そう呟いた。

 海岸線から程なく離れた位置に錨を下したオオサワが、船尾に装備されている小さなボートを指差しながら言った。

 「ここからはアレで行く」

 あまりにも海岸に寄せて停泊させては、嵐が来た時に船が岩などに激突してしまうからである。

 タカヒサは自分の荷物でパンパンになったザックを掴むと、グッと両足に力を入れて立ち上がった。待ってろよ南極!


 上陸した三人は、まず海岸線を歩きだした。そこは、いわゆる砂浜ではなく、大きな石がゴロゴロと転がる河原の様相であったが、海も川も無い火星しか知らないタカヒサにとっては、どちらが海岸らしいか? などという問題はどうでも良い事であった。岩から石へ、そして石から砂へと変化を繰り返す地質学的な様態変化に関する情報など、タカヒサの頭には全く存在しないのだから。このゴロゴロとした丸い石が、かつての氷河によって削られた物であり、それが砂になるほどの長い年月を、この海岸は経てはいない。つまり、つい最近まで氷の下に閉ざされていた、生まれたばかりの海岸なのだという、ダイナミックな事象を感じ取る事が出来ないのだ。むしろ、寄せては返す波の方が、タカヒサにとっては不思議な現象なのである。

 「波って、どうして起きるんですかねぇ」

 「風の影響なんじゃないのかな」

 正確な答えを知っているわけでもなかったが、オオサワは何となくそう言ってみた。するとザックに中からPUZが付け加えた。

 「風だけではなく、海流でも波が生成する事が知られています」

 「へぇ~、海流でねぇ…」

 そんな他愛もない会話をしながら、入り江を形作る西側の岬を回り込んだ時、それは現れた。三人の目の前に忽然と、巨大な物体が、いや難解な芸術作品のオブジェの様な物が現れた。リング状の真っ白なアーチが連続し、その奥にすすむと、これまた真っ白な小部屋が隣接している。タカヒサはそのアーチをくぐりながら二人に話しかけた。

 「なんです、これ? 何か人工的な物のようにも感じますが…」

アオタは言った。

 「これがクジラだ」

 「えぇっ!」

 タカヒサ達は、白骨化した巨大なクジラの中にいた。その脊髄は地中に没しているが、直径3メートルはあろうかという湾曲した肋骨が左右に林立する光景に、タカヒサはいたく感銘を受けた。地球上には、こんなにも雄大な生物がいたのか? あの暴風雨の日に、水面を割って突如姿を現した島は、やはりオオサワの言うとおり、巨大な魚だったのだ。タカヒサが撮影したデジカメの画像を無線で受信していたPUZが言った。

 「頭部の骨格の形状から、これはミンククジラだと思われます」

 「ミンククジラって、こんなにデカかったっけ?」

 オオサワの問いかけに対し、PUZが答えた。

 「人類が地球を捨てて以降、クジラが乱獲されることが無くなり、従来よりも大型化が進んだものと推定できます」

 「なぁーるほどねぇ。そんな事よりPUZ、俺んとこの養子に来るのはいつだ?」

 「プログラムを養子にするという意味が判りませんが…」

 「またまたぁー!判ってるくせにぃー!」

 オオサワとPUZのいつもの漫才を聞き流しながら、タカヒサは想像した。この巨大な生物が海中深く潜行し、光の届かない深海を、どこまでも旅する姿を。

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