不可説不可説転の未来
あさねこ
刹那の日常
そんなもの、今の私にはとても想像できないことだ。不可説不可説転先の未来になったら、世界はどうなっているんだろうか。
ぼんやり、とりとめもなく空想に耽っていた。
「おーい、見えてる?
「……」
「あ、こっち向いた。」
私に声をかけてきたこの茶髪ボブの子は、
「理恵は入り込むとなかなか出てこなくなるからな。もうすぐ次の授業始まるぞ。移動教室だから早く行こうぜ。」
廊下を足早に歩きながら、御華が言う。
「理恵はクールぶってるけど、意外と天然だって説を広めていきたいな。」
「何よ、説って。クールぶってもいないし、天然でもないわよ。」
「天然じゃないって言う奴ほど天然なんだぜ。やーい、天然。」
「馬鹿って言う奴が馬鹿ってのと同じ匂いを感じるんだけど。」
「あ、チャイム鳴ってる。早く行こう?」
4時限目の授業は化学だった。私はずっと御華の言葉について考えていた。
……私は、天然なんだろうか。
天然もの、という言葉には、まず、自然界で獲れたもので、養殖ものではない、という意味があるんだろう。そこからどう転じたのか、まあ、はっきり言えば……馬鹿。周りとは違う行動をとってしまう、いわゆる「空気を読む」ということができないような人間を指す、そんな意味を持つようになっているようだ。
私は空気が読めていないのだろうか。隣の御華のほうをちらりと見やる。授業中だというのに、彼女はぐっすり寝ていた。一応頬杖をついて、机に突っ伏しているわけではないのだが、心地よさそうな寝顔で、少し
人差し指でそれを拭ってやる。彼女は全く気付いていない。彼女の涎に濡れた、自分の人差し指の先をじっと見つめる。先生は黒板に向かって、複雑な構造式を描きつけていた。誰も私のほうに注目していないのを確認し、私は人差し指を舐めた。
昼休み、御華と私は向かい合って座って弁当を食べる。
「おっ、たこさんウインナーじゃん。」
「コラ、人の弁当勝手に食うな。」
のびてきた赤いプラスチックの箸を、割り箸で迎撃する。
「いいじゃん、一個くれよ。」
赤い箸が反撃してくる。負けじと割り箸は攻め込む。両者は複雑に絡まり、カチカチと音を立てる。
「分かったけど、なんか交換してくれるって条件がないと平和条約は締結できないな。」
「あー、そうだ。私の卵焼きあげるから。」
プラスチックの箸は降参し、割り箸に拘束された。無事終戦である。
私は勝者の余裕を見せながら御華の卵焼きを頬張る。
「御華の
たこさんウインナーを一口で食べた御華は言う。
「だよな?卵焼きは甘いのがおいしいんだよ。」
戦後の平和であった。
午後の授業はどうしてこんなに眠くなるのだろう。昼食で食欲を満たした後は、睡眠欲を満たしたくなるのだろうか。食べてすぐ寝ると牛になるとか
御華のほうを見ると、まだ起きていた。しかし、その首は、何に頷いているのか、コックリ、コックリと上下に振動していて、目は完全に閉じている。授業中の睡眠は、目を閉じても話を聞いている、という自分への妥協から始まる。一度妥協して目を閉じてしまうと、あとは夢の中へと続くレールから抜け出すことは叶わない。彼女は逃れがたい運命に囚われた悲しき囚人なのだ。
でも、こんなことを言ってる私も、そんな運命に……囚われ……。
今日も一日頑張った。午後4時13分、ようやく学校という牢獄から解放された。家に帰った後にも、宿題という刑務作業が残っているわけだが。しかし、これも卒業するまでの辛抱だ。卒業したら、こんなことから解放される。……その後、私は何をするんだろう。できれば、御華と一緒に居たい。でも、それ以上は何も考えられない。
あの雲はウサギみたいだね、こっちの雲はチョウチンアンコウに似てる。あの彗星の尾がいい感じだから。そんなことを楽しそうに言っている隣を歩く御華は、何をするつもりなんだろうか。御華との仲は、自任するくらいには深いものだと理解している。だからこそ、今更、そんな重い話を持ち出せない。仲がいいからこそのジレンマだった。
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