第20話・逃亡者

 夕刻の食事は、心が尽くされたものだった。イモとマメの香草スープ、カリカリとろとろにソテーされたゲツメンカブ、ムラサキパンの粥には卵まで落としてある。そしてツユハミの乳はあたたかい。どれも滋味深く、弱りきった体内にやさしく染み入る。顔の腫れが引いてきたテオは、口の中が痛い痛いとわめきながらも、お粥を六杯もおかわりした。オレは、年増女に葡萄酒で誘惑されつづけた。その間もシスター・プランは、皿を運び、料理をサーブし、水を注ぎ、子供たちのよだれを拭いて、黙々と立ち働いている。七人の子供たちも一緒の食卓だ。さじやリンネルを使った即席の手品を見せてやると、みんな目を剥いて大よろこびしてくれる。そしてタネを明かした途端に、わっと笑い合い、マネをしはじめる。遅れて食卓についたシスター・プランは、子供たちに手品を見せられ、目を丸くする。そんな情景をうっとりとながめた。やさしく穏やかな時間が流れていく。

「うまいよ、どれもこれも。シスター・ソレイユ、あんた、料理の天才だね」

「まかしときなよ。こんな荒れ地での暮らしじゃ、飲み食いだけが楽しみなんでね」

 このひとといると、禁欲的な修道院にいることを忘れてしまいそうだ。

 食事をすませると、体力がかなり回復した。からだ中の出血も、丹念に巻かれた包帯の下でなんとかとまったようで、傷口がふさがっていく感覚がある。本当に奇跡を見るようだ。いや、この朗らかなシスターが意図して、傷口をふさぐ効果のある食事を摂らせてくれたのだ。まったく、口に似合わず、憎い配慮だ。

「ちなみにあのシスター・プランは、煮炊きはまるでダメなんだ。食い意地が張ってない子は、つくるほうもダメだね」

 それを聞いた可憐なシスターは、耳を真っ赤にして恥じ入っている。いたたまれず、テーブル上の空いた皿を重ねると、そそくさと水場に消えた。

「シスター、よせよっ。かわいそうだろ」

 酔いがまわったオレが毒づく横で、年増のシスターは葡萄酒を煽りつづける。

「ふふっ・・・だけどそのかわりにね、あの子は、裁縫の天才なんだよ。あんたらのからだの傷も全部、彼女が夜なべで縫い繕ったんだ。感謝しな」

 あのオオカミたちに派手に裂かれた傷跡を、すべてひとりで縫合してくれたというのか?だとしたら、パズルの達人だ。思わず、からだのあちこちに触れて確かめてみる。なるほど、どのピースも正確に合わさり、しっかりと閉じている。

「すごいな・・・上手いひとでよかった。さもなきゃ、ヘソが真ん中になかったかもしれない」

「こういうのはね、手際じゃない。熱意だよ。あの子は、人助けに労を惜しむことを知らないんだ」

 心底からそう感じる。あれだけ荒らされた皮膚と筋肉を修繕するのに、いったいどれほどの根気と集中力を費やしてくれたことか。

 水場から戻ってきたシスター・プランと、ふと目が合った。またもほおを赤らめている。そして汚れた木鉢を山と積み上げ、きびすを返して下がっていく。忙しいひとだ。オレは葡萄酒を片手に、その後ろ姿をうっとりとながめる。すると、ヒジ打ちがきた。

「あんたの業も深いね。修道女は、貞潔の誓願を立ててるんだよ。そんな目で見たってダメさ」

「って・・・あんたこそ、もう少し禁欲したらどうなんだよっ」

「あははーっ。いっけね、そっか」

 シスター・ソレイユは高笑いしながら、模造の巻きタバコを吸いはじめる。破戒シスターめ、これでも神に仕える身なのか?・・・しかし、両者はやさしさの質が違うだけの話なのだ。シスター・プランは静かに、シスター・ソレイユは快活に、オレたちを気にかけてくれている。感謝しかない。

 テオは、満腹になったかと思ったら、たちまち横になっていびきをかきはじめた。わずか数日前の境遇を思うと、なんと幸福な画づらであることか。

「さ、夜も更けたし。そろそろ寝ようかね」

「部屋にカギはついてるんだろうな・・・」

 夜這いなどされてはかなわない。

「自分の身は、自分で守ることさ、ははっ」

 冗談とも本気ともつかない・・・気をつけなければ。

 しかしこの夜は、泥のように眠った。周囲をまったく無警戒の、深い深い眠りだ。これほどの純粋な眠りは、いったい何年振りのことだろう。シスターたちの慈愛のおかげか、それとも、懺悔で神の許しを得たからなのか。長年悩まされつづけた悪夢からも開放されている。心は、確かに軽くなっている。ふと、あの可憐なひとが吸収してくれたのだ、と気づく。気づいても、深い眠りの中だ。久しく忘れていたそんな普通の平和を、まばゆい闇の中でむさぼる・・・


 が、翌朝ははやくに目を覚まさせられた。

「むっ・・・」

 気配がある。耳を澄ます。重い空気の震え。やがて、脱走者に緊張を強いる、あの爆音が聞こえはじめた。

 ト、ト、ト・・・ドドドドド・・・

「・・・まずいっ。テオ!」

 ベッドから身をのり出し、カーテンに指ですき間をつくって、窓外をのぞく。遠く迫りくる土煙で、それがバギーだと確信した。

「いくぞっ、すぐ準備しろっ!」

 シーツから転げ出て、身支度を調える。ベッド脇に、いつの間にか衣類がたたまれている。エッジが効いて、正確極まる折り目だ。枕元にきてくれたのが、どちらのシスターだったのかは明らかだ。感謝に十字を・・・と、そんなヒマもなく、包帯でぐるぐる巻きの腕を袖に突っ込んだ。

「おいっ!」

「う、ん・・・なんだってんだよう、フラワー・・・?」

 テオはすぐには起き上がれない。ベッドを這い出し、床にゴロリと転んでいる。傷が癒えきっていないのだ。赤黒く染まった木剣に寄りかかり、必死にバランスをとって立ち上がる。

「はやくしろっ!」

 部屋を出て、シスターたちの姿を探した。すでに起き出して、朝の祈りをささげているらしい。子供たちの美しい、神を讃える歌声が聞こえる。ひどく下手くそなオルガンの旋律と。礼拝堂だ。あそこへは、接近者から死角となる裏口から入れる。身を伏せて走り、場違いながら、厳粛な雰囲気の中へ踊り込んだ。

 バタン・・・!

「なっ?・・・なんだい、こんなはやくに」

 シスター・ソレイユは、指揮棒を振る手を止め、賛美歌を中断させた。シスター・プランは、オルガンの鍵盤から手を離す。

「お、お世話になりました。もういかなきゃ・・・」

「なんでだい?もっとゆっくりしておいきよ。遠慮することはないんだよ。酒も、タバコも、食べ物も、いい女も、お気に召すままに用意できるんだよ」

「いや、これ以上、迷惑をかけるわけには・・・」

 ドドド・・・ドドドドドウ・・・バルルルル・・・

 バギーの爆音がいよいよ近づいてきた。すぐそこだ。それを気にするオレのただならぬ切迫感を見て、ついにシスターも何事かを察した。

「シスター・・・」

「なにしてんだいっ!きなっ、こっちだよ!」

 テオもちょうど礼拝堂にたどり着いたところだ。昨夜のご馳走の栄養がゆき渡り、精気を取り戻している。が、傷が痛むのか、木剣を杖に、足取りはおぼつかない。

「地下室がある。こっちだよ!」

 シスター・ソレイユがふたりを導く。

「テオっ、はやくしろ!」

 足をもつれさせている。焦って転んだ。そのとき、制動音が響き、ついにバギーが停車した。間近だ。もう間に合わない。居住棟にいってくれればと願ったが、曇り窓の外の影は、まっすぐにこちらに向かってくる。ホールの正面扉に手がかけられた。

「しょうがない。イスの陰に隠れなっ!」

 シスター・ソレイユが手振りで示す。あわてて伏せた。

「あたしたちがうまく追い払うから・・・」

 小声でささやいてくれる。

 ギ、イ、イ・・・

 扉が開きはじめた。そのとき、堂内の中央通路の床を見て、ギョッとした。ケガ人を引きずった痕跡が、はっきりと残っているのだ。思わず目を覆いたくなる。こんなにもわかりやすい画づらがあるだろうか。血の流れ跡が点々と、今この足元にまでつながっているのだ。「ここにいます」と矢印を差されているようなものだ。シスターたちは、神様のおわすこの場で、蘇生と治療をしてくれたにちがいない。木の床に染み込んでどす黒く変色したそいつは、清潔好きのひとがぬぐってもぬぐっても、ぬぐいきれなかったのだ。これを問いつめられれば、シスターたちは招かれざる客のことをしゃべらざるをえない。

 ギ・・・ギ・・・ギ・・・

 中央から射し込む陽光が、堂内にひろがっていく。

「いいかい・・・あたしたちが尋問されてる間に、そっと逃げ出すんだよ・・・」

 シスターが耳元で言う。いや、そんなことができるはずがない。このひとたちは恩人だ。裏切れない。だとしたら、自ら名乗り出て、もう一度、死を覚悟で逮捕されるか?しかし・・・あれはもういやだ。死んでもいやだ。だとしたら、やり合うしかない!腹をくくる。

 ギイィィィ・・・

 扉がついに開け放たれる。影はふたつだ。やつらの前に躍り込もうとした、しかしそのとき、背後からむんずと肩をつかまれた。

「仕方ないね・・・」

 ギョッとした。シスター・ソレイユは、ふところからナイフを引き抜いている。辱めを受けたときに自決できるように、聖職者がいつも持ち歩いているものだ。シスターはそいつをオレの手に握らせると、突如、立ち上がって悲鳴をあげた。

「ああーれーえぇ・・・!」

 ナイフもろともにオレの手を、自分の太い首に巻きつけている。端から見れば、暴漢がシスターを人質に取っているように見える。なるほど、闖入者たちの強要で仕方なく世話をさせられた、と芝居を打つわけだ。生きる道はこれしかない。シスター・プランもとっさに察し、テオの木剣を自分の首にあてた。テオも応じる。

 ギイイ・・・バタンッ!

 タイミングよく、扉がいっぱいに開いた。朝焼けの中に、ふたつの影が立っている。その影が、こちらに向かって声をかけた。

「どっ・・・どうしました!?シスタ・・・」

「動くんじゃねえっ!」

 ドスの効いた声で叫んでやった。礼拝堂に入ってきたのはふたりの党員で、なんとそれがまさに、オレに穴を掘らせたやつらだ。忘れもしないぜ。くそうっ・・・なんだか本当に腹が立ってくる。

「うっ・・・シ、シスター・・・」

「きっ、きさまはっ!?」

 木っ端役人たちは息を呑んでいる。動揺の色がありありときた。こいつは愉快だ。ふたりはふところの拳銃に手を伸ばしかけたが、すぐに思いとどまった。オレのからだの前面には、ナイフを突きつけられたシスター・ソレイユがいる。その大柄なからだが覆いかぶさり、盾の役割となっているのだ。いかに強い権限を持つ党の役人とて、聖職者に銃口を向けることはできまい。いや、ひょっとしたら、ふたりともこの修道院に通う信者なのかもしれない。どちらにせよ、シスターたちとは顔なじみらしい。

「しずかにしろいっ!下手な真似をしたら、シスターたちがどうなるかっ・・・ふっふ、わかるな?」

 オレの演技もたいしたものだ。党員たちは狼狽し、じりじりと後ずさっていく。

「ようし。銃を床に置けっ!」

 命令すると、おとなしく従ってくれる。穴掘りの際にも感じたのだが、性根は悪いやつらではなさそうだ。これはおもしろい。

「よろしい。見ての通り、オレたちは礼拝堂を血まみれにしながら勝手に転がり込み、シスターを脅して、無理やりにケガの手当てをさせたのさ。このヒトビトはちっとも悪くない。なにしろ、人質なんだからな。いやはや、極悪人だぜオレたちは。ふっははは・・・」

 あんた、芝居がヘタだねえ、見ちゃいられないよ・・・と、ナイフをアゴ先にあてた年増女に耳打ちされる。しかし、とっさのアドリブ芝居としては、出来のいいほうだろう。

「おお、たすけてっ。どうかころさないでっ、おーゆーるーしーを~・・・」

 シスターも迫真の演技をはじめる。が、ダイコン役者はどっちだ!これでよくひとのことが言えたものだ。ところが、党員ふたりは完全に術中にハマっている。シスターを敬い、疑うことを知らぬ、おこないよき凡人よ。ホールドアップをして、無抵抗の意志を示してくれる。

「愚か者め・・・神の天罰が下るがいい」

 すごい。あっちのセリフのほうが芝居がかっている。シブいじゃないか。しかし、負けるわけにはいかない。

「おっと、へらず口は叩かないほうが身のためだぜ」

 シスターにナイフを突きつけたまま、じりじりとふたりににじり寄っていく。

「なぜ、ここがわかった?」

「・・・朝、おまえの穴牢を確認にいったら、オリが破られてた。すっかりくたばったものと思ってたんだがな、やられたよ。そこから血痕をたどったんだ。ヒグラシ岩までは、レールの上を伝ってくるようなもんだった。簡単な仕事さ」

「なるほど・・・」

 それもそうか。間抜けなことだ。気づかなかった。

「よく見つけてくれたな。職務、ご苦労。しかし、今、追い詰められてるのはそっちのほうだ。わかるな?」

「くっ・・・シスターを人質に取るなど、ケダモノの所行だぞ」

「なんとでも言えっ!うぬぬ~・・・おまえの顔ははっきり覚えてるぞっ。オレに掘れ掘れとせっつきながら、サービスタイムをくれなかったやつだっ。くそう・・・」

 ひとりが顔をそむけた。

「そっちのおまえは、『オオカミのエサになれ』と言ったやつだ。ゆるせん・・・」

 ムチまで振るってくれた、こいつが指揮官なのだろう。苦虫を噛みつぶしたような顔をして、ザマはない。ふと、腰に二本差しにされた剣が目に入った。親しみ深い相棒と再会でき、涙ぐみそうになる。

「おっと、そいつはオレの剣じゃないか。その名刀は、おまえに扱えるようなシロモノじゃないぜ」

 テオっ、と、背後に呼びかける。

「えっ?・・・あ、なに?」

「こいつらは、腰袋の中に革ヒモを持ってるはずだ。それでこいつらの手をギチギチに縛れ」

「あ、うん」

 テオは、突きつけていた木剣をひょいとシスターに渡し、足を引き引き、ふたりの党員の元へいった。シスター・プランは剣を手に、きょとんとしている。まったく、芝居のできないダイコンどもめ。フォローが必要だ。

「えーと・・・きれいなほうのシスターよ、相方のその木の剣を持っていてもらおう。切れないやつだから安心だ」

「はっ・・・はいっ」

 嫉妬深い年増女から、ヒジ打ちがきた。きれいなほうってのはどういうことだい、と耳打ち。だって、いちばんわかりやすい言い方だろうが。

「そうだ、きれいなひと、もういっこお願いできるかな。ちょっとやつらのところまでいって、腰に差してやがる剣を持ってきてもらおうか」

「はい」

 きれいなほうのシスターは、二本差しの党員の元へいき、腰の剣を取り上げる。

「いや、それじゃない。かっこいいほうだ」

「あ、はい。こっちの剣ですね」

 片手に木剣、片手に東洋のワザものを持ち、シスター・プランは、ててて、と戻ってくる。年増女がまた嘆いている。まったくあの子らときたら、なんて芝居がどヘタなんだい、と。同感だ。相手がバカで助かった。ふたりの党員は手を上げたまま、にらみつけてくる。しかしきみたちが呪うべきは、自分のオツムと、演技の鑑賞能力だろう。

 テオは、ひとりの腰袋からヒモを引っぱり出し、手を後ろにまわさせて縛りはじめた。両手首の間にもどかしくヒモを通し、ぐるぐる巻きにしていく。

「悪いがおふたりさんよ、小さい彼が縛りやすいように、ひざまずいてもらおうか」

 党員たちはおとなしく従う。

「こら、テオっ。ちゃんと縛れよ。ギチギチにな。おもっきり縛れ。指が赤むらさきになるくらいだぞっ。もう、こいっつら、ぜっっったいゆるさねえからな・・・オレがどれっだけ苦しんだかっ・・・」

「わかってる。やってるよ」

「強くなっ」

「はいはい」

 あの痛みを思い出すと、つい興奮して取り乱してしまう。しかし、落ち着かなければ。

 テオは、感心なことに足まで縛り、ついでに余った革ヒモで、ふたりを背中合わせにつなぎ留めた。そして、床に転がす。これなら、動こうにも動けまい。

「やるな、テオ」

「へへ。屋根のカヤを葺くのと同じ要領さ」

 引き下がりどきだ。シスター・ソレイユにナイフを突きつけたまま、移動を開始する。残念だが、ここにはもういられない。限られた時間で、できるだけ遠くまで逃げなければならない。シスターと息を合わせ、床に横たわるふたつのからだをまたぐ。

「おのれ・・・神をも恐れぬ大罪人め・・・党の人間にまでこんなまねをして、ただではすまんぞ・・・」

 賞金首にまたがれた男たちは、手も足も出せないまま、にらんでくる。

「うるせー、ばーかっ!数日前とは真逆の構図だな。いやー、いい気味だ」

 べりっ・・・べりべりっ・・・

 またぎ際に、やつらの胸についているエンブレムをもぎ取ってやった。都にいったら、役に立つだろう。テオも合流し、正面扉に向かう。シスター・プランは、二本の剣を持ったまま、楚々とついてくる。

「おお・・・」

 扉の外では、朝映えのたなびきが消え、強い日差しが世界を照らしていた。

「世話になったな、シスターさんがたよおっ!」

「この大悪党めっ。もう二度とこないでおくれっ!」

 大声で演技をつづける。年増シスターの背中に、指で「あ・り・が・と・う」と書いた。すると返答のつもりなのか、シスターの手の平が股間をにぎにぎしてくる。本当にぶっ飛ばしてやろうかと思った。

「あばよっ。達者でなっ!」

 オレとテオは、シスター・プランの手からお互いの剣を受け取った。礼拝堂を出て、ヨロヨロと走る。扉から少し離れたところに、タンデム(ふたり乗り)のバギーが停まっている。バギーは、戦地で何度か扱ったことがある。キックレバーに蹴りを入れ、スロットルを吹かす。爆音がとどろく。居心地のよかった修道院・・・名残惜しいが、去らなければならない。

 バキューン、バキューン・・・

 不意に、背後で拳銃の弾が発射された。驚いて振り向くと、シスター・ソレイユが、空に向けて二丁拳銃を放っている。このー、ばーろー、などと叫びながら。まだ芝居をつづけたいらしい。そのまま駆け寄ってきて、耳元で言った。

「奪ってやったよ。一度撃ってみたかったんだ、はっはー」

 声はバギーの爆音にまぎれて、礼拝堂内に寝そべる党員たちには聞こえまい。シスターは次弾を込め、もう一発、二発と、空に向かって発射した。

「ありがとう、シスター・ソレイユ。あなたはすてきなひとだ」

「やっとわかったかい?おっと。あんたに大事なことを言っておかなくちゃ」

「なんだい?」

 彼女は、横に従えた見習い修道女をチラリと見やった。

「岩陰であんたたちを見つけて、日が落ちるまで口移しで水を与えつづけたのは、シスター・プランのほうだよ」

 シスター・プランは、今度こそ真っ赤にほおを染めた。オレの耳も真っ赤だったにちがいない。ふたりの頭上には、虹が差して見えたことだろう。

「ありがとう、シスター・プラン!」

「あの・・・あの・・・剣士さまに、主のご加護あらんことを!」

「フラワー、はやくっ」

「よしきた、テオ」

 バギーは、前輪を高々と掲げて発進した。地平線に向かってぶっ飛ばす。今度こそ、あの向こうにある都へいくのだ。ジュビーを救いださなければならない!

 ・・・が、今は、手の甲に残ったやさしいあたたかみをいとおしんだ。懺悔室で握ってもらったあのひとの体温は、まだそこに残っている。

 バキューン・・・バキューン・・・

 銃声がする。振り返ると、シスター・ソレイユが、弾が尽きるまで空に向かって撃っていた。その横で可憐なひとは、いつまでもいつまでも手を振りつづけていた。

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