第20話 幕間 服を選ぼう

「メル、みんなの服を用意したい」

 魔女の館の食堂。みんなが集まった朝食の席でアルムが言った。

 

「さすがに、いつまでもこの服着てるわけにもいかないか」

 メルは、自分やクルーたち服装を見回した。みんな他に着るものがないので、ドイツ海軍の軍服のままだ。

 当然ながらイルミナで一般的なデザインではない上、特にメルが着る士官服は、ダブルの金ボタンに腕には階級を示す金の袖章など、かなり仰々しい。ロザリンドはそれを嫌がって、士官なのにあえて下士官服を着ているくらいだ。こちらの偉い人と会うときの礼服代わりにはちょうどいいが、普段着にはとてもできない。

「ありがとう、アルム。助かる」

「いい。メルたちも前に私の服を用意してくれた。これくらいは当然。とりあえず、普段着と、船に乗る時に着られそうなものを用意してもらった。好きなのを選んで欲しい」


 朝食が片付けられたテーブルに、何着かの服が並べられた。

 普段着の方はゆったりとしたワンピースや、柔らかな生地のズボンと貫頭衣の上下、シンプルなスカートとブラウスの上下など。こちらはそれぞれのクルーの好みで好きに選んでもらえばいいと思う。

 ただ、船に乗る時のいわば仕事着は、できればクルーで統一感をもたせたい。

 仕事着として用意されていたのは3種類。


 まず、上下一体のツナギのようなアンダーの上に半袖のボレロを組み合わせたもの。アンダーの膝と肘の部分は補強されており、ボレロも動きやすいよう肩から袖周りは少しゆったり仕立てられている・・・作業用の服みたいだ。


 2つ目は、飾り気のないズボンとシャツに上にローブを重ねたもの・・・これはアルムを助けた時に着ている服とよく似ている、一番魔術師らしい衣装だ。イルミナで一般的なデザインなのかもしれない。


 そして、最後のひとつがメルの目を引いた。

 少し厚めの生地を使ったズボンと立ち襟の上着との組み合わせだ。上着の丈はハーフコートくらい、ボタンは胸までで、上から被って着るタイプだ。両胸に外ポケットが取り付けられており、腰の部分は革ベルトで締める。

ズボンはゆったりとした太めの仕上げで、両太股の外側に大きなフラップ付きの外ポケット、裾は紐で絞れるようになっていた。丈夫そうでポケットも多く、旅装束か狩猟服のようなものだろうか。


 なんとなく、前のルイーゼ号の船員服だったサファリジャケットに似た感じがして、その上着を手に取る。

「わたし、船に乗る時はこれがいいと思うんだけど、どうかな?」

 メルは上着を持ち上げて、みんなに見せた。

「機関士としては、こっちのツナギっぽいやつの方が馴染みがあっていいな」

 ロザリンドは、ツナギのような上下一体の服を手にしている。機関班にはそちらの方が動きやすいかもしれない。

「メル様、僕はロザリンドの持ってるやつの方がいいですー」

「私はメル様がお選びになった方に賛成です」

「前のルイーゼ号の船員服みたいで、懐かしいです。私もメル様に賛成です」

「すいません、私は機関長が選ばれた服の方が良いと思います」

 ロザリンド案とメル案で、操舵室の面々の間でも意見は割れた。機関班はロザリンドにほぼ賛成のようだが、船務班もシェリーはメルに賛成、それ以外の面々はロザリンドに賛成、という感じ。全体としてはロザリンド案優勢だ。

「そっか・・・みんながそう思うなら・・・」

「メル様、この2種類をどちらも採用ということではいけないのですか?」

 名残惜しげに上着を下ろそうとしたメルに、エリスがおっとりと言う。

「操舵室と機関室では仕事も環境も違いますし、操舵室や船務班のクルーも仕事はそれぞれです。船務班でもリディアは操舵にもつきますし・・・それぞれの仕事に適した方を選べば良いと思うのですが?」

「エリスの言うとおりなんだけど、なんというか、クルーの統一感みたいのものが欲しかったの」

「では、服の色を合わせるということでいかがでしょう?例えば、ルイーゼ号の船体と同じサンドベージュにするとか」

 エリスの提案に、メルはパッと喜色を浮かべた。

「アルム、服の色は指定できるの?」

「できる。ルイーゼ号と同じような色で良ければ、問題ない」

「うん、それでいきましょう。さすがエリス、ありがとう」


「アルム、みんなが選んだ分、着替え分も含めて3着づつ用意を頼める?・・・あと、できれば下着もお願いできると嬉しいんだけど」

「わかった。用意しよう」

 仕事着、普段着ともにそれぞれのクルーが選んだ分を注文書のようにまとめて、アルムに渡す。

 ちなみに、メルは普段着には貫頭衣とズボン、エリスはワンピースを選んだ。

 当面はこれでどうにかなるだろう。それ以上の衣類や日用品は、物資輸送でもらえる報酬をみんなに分配するので、各自で好きに買い物してもらうことにする。


「職人を呼んで採寸させるから、そのまま待っててほしい」

 言いながら、アルムもツナギ型デザインの服を自分用に追加した。

 後刻、採寸で明らかになった自分の胸部が、エリスはもちろん、アルムにさえ負けていたことを知ったメルが涙目になるのは、内緒の話。

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