《童話》うさぎさんと森のとしょかん

K・t

うさぎさんのあじみどくしょ

 とある深いふかい森のおくに、一人きりで暮らしているうさぎさんがいました。


 レンガづくりの小さなお家には、かわいらしいキッチンとリビング。こぢんまりとした暖炉だんろもあります。

 そこには色々などうぶつの形をした小物がならんでいて、とても楽しそうでした。


 ◇◇◇


 まっ白なからだと赤い目のうさぎさんは、エプロンすがたでリビングのいすに座って本をよんでいました。

 テーブルにはおいしいお茶とクッキーもあります。


 本はだいすきです。

 少しとおくの町に出かけるたびに本屋さんで買っていて、気が付くと大きめの本だなは本でいっぱいになっていました。


 お料理のつくり方、絵かきさんの画集がしゅう、神さまのお話……。

 だれでも楽しめる絵本から、ちょっと小むずかしいおべんきょう用のものまで、はば広くそろっています。


 中でもおきに入りは詩の本でした。

 みじかいことばの集まりに、たくさんのことがつまっているからです。


 よんであれこれと想像そうぞうしている間は、ふわふわと心がじゆうになれる気がします。


「はぁ」


 ところが、今日はだいすきなはずの詩の本をパタンととじて、ため息をついてしまいました。

 詩に、「おともだち」がでてきたからです。


 うさぎさんには「おともだち」がいません。

 森には他にもどうぶつたちが暮らしていましたが、うさぎさんはひとみしりで、すれちがってもどう声をかけたらいいのか分からないのです。


 ご近所さんと「おはようございます」や「こんにちは」とあいさつをかわすのが、せいいっぱい。

 それさえも、いつもゆうきをふりしぼっていました。


 詩の本には、「おともだち」との楽しいひとときが生き生きとえがかれています。


 うさぎさんは、うらやましくなりました。でも、じぶんから「あそびにきて」と声をかけるゆうきはありません。

 何か言おうとするときんちょうしてしまい、ことばが出てこなくなるのです。


「このお家に、だれかあそびに来てくれたらいいのにな」


 そうして、お家の中をぐるりと見まわした時です。どの段もいっぱいになった本だなが目に入りました。

 そうだ、もしかしたら……と、すてきなことを思い付いたのです。


 ◇◇◇


「こんにちは」


 ある日、うさぎさんのお家におきゃくさんがやってきました。

 近所にすんでいるヤギのおばあさんです。


 ゆっくりとやさしく話してくれるので、うさぎさんがあまりきんちょうせずにいられる相手でした。


「こんにちは」

「おもてのかんばんを見たの。ほんとうにご本を読みにきてもいいのかしら」


 そうです。じぶんからさそうゆうきがないなら、向こうから来てもらおうと思ったのです。

 それも、じぶんと同じように本が大好きなひとに。


 そのためにいちど、本だなから本をぜんぶ出して、た内容ごとにわけて並べなおしました。


 絵本やものがたり、虫や草木についての本など、内容をかいたメモもはっておきます。

 それから家じゅうをそうじして、さいごにお家の前にかんばんを立てました。


『本が好きなひとは、読みにきてください』


 それを見て、ヤギのおばあさんは来てくれたのです。


「はい。どうぞ」


 うさぎさんはうれしくなって、えがおでへんじをしました。


 相手がご近所さんで、やさしいおばあさんだったからか、ふしぎときんちょうもしませんでした。

 かわりに、ワクワクしています。


「じゃあ見せてもらうわね。わたし、本が大好きなのよ。でも、あしが良くないから、町まで買いに行けなくて……」


 そう言いながら本だなをながめ、手にとったのはおかし作りの本でした。


「このおかし、おいしそう。まごに作ってあげたいわ」


 うさぎさんははっとしました。お料理の本は、ここで読むのには向きません。キッチンで見ながらつかうものです。

 メモをとってもいいのですが、りょうが多いとたいへんです。


「あ、あの、よかったら、どうぞ」

「え? いいの?」


 うなづいてこたえました。その本のおかしの作りかたはおぼえたので、あげてしまって良かったのです。


「ありがとう。……あぁ、それから、なにかおもしろい絵本はないかしら」


 こちらも、まごに読みきかせてやるためだそうです。うさぎさんはそれならと、いっしょにさがすことにしました。


 けれども、小さな子のために絵本を本だなの一ばんしたに並べたために、あしの良くないおばあさんには見ることができません。


 そこで、おばあさんにはいすに座ってもらい、うさぎさんがなん冊かはこんで、テーブルにひろげて見てもらうにしました。


「まぁ、いっぱいあるのね」

「はい。どれもおもしろいです。お味見あじみしてみてくださいね」

「えっ、おあじみ? この絵本、たべられるの?」


 おばあさんは目をまるくします。うさぎさんも、ほんとうにたべられてしまうと思ってびっくりし、あわててせつめいをしました。


「た、たべられません。本をちょっと読むのを『味見』っていうんです」

「そうなの。ふふ、かんちがいしちゃったわ」


 おばあさんがおかしそうに笑ってくれたので、うさぎさんもほっとしました。

 それからは絵本を「味見」してもらいながら、お茶とクッキーもたべてもらい、楽しいじかんをすごしました。




「ありがとうね。お茶もごちそうさま」

「こ、こちらこそありがとうございました」


 もっと伝えたいことがあるのに、ひとみしりのうさぎさんは、おれいを言うことしかできません。

 でも、おばあさんはそこにこめられた気もちを、わかってくれたようでした。


「絵本はまたかえしにくるわね。そのときは、ほかの本も読ませてもらっていいかしら?」

「……はい!」


 ◇◇◇


 深いふかい森のおくにたつ小さなお家の前には、かんばんが立っています。

 それを見て、今日も本が好きなどうぶつたちがおとずれます。


『本が好きなひとは、読みにきてください。おいしいお茶と、おかしもありますよ』



《おわり》

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