二十四話・二十五話

 二十四


 中学三年生の頃。

 私はカケルや他の仲間たち六人と公園で酒を飲んでいた。夜の十一時を下った頃だった。リーダーと私以外の奴らは泥酔しており、その中に夏羽もいた。夏羽は「夏羽トイレ行きたい」と頬を真っ赤に染めて言った。カケルを見たが泥酔しきって地面で伸びていた。

「ケンジ一緒に行こ!」

 夏羽は無駄に大きな声で私を指名した。喧しいなこいつと思ったが、放置しておくと勝手にどっかに行って他で別の事件を引き連れてくる可能性を考慮したので仕方がなく、リーダーに他の奴らを見てもらい、私は夏羽と少し離れた場所にある公衆トイレに向かった。

「あ~あ~」と夏羽は意味の分からない言葉を発している。

「ラリってんのか」

「ラリってへんわ」

「あ~あ~ふぅ~」

「酔いすぎやろ」

「酔ってへんし」

「噓つけ。ふらふらやんけ」

「は。ほんまに酔ってへんから。ていうかさ。なんでA子と別れたん。カケルに理由聞いたら呆れたで。友達と遊びたいから? ケンジって最悪やな」

「いやなんで急に罵倒?」

「ほんまに。あートイレ遠いわ~」

 夏羽はお酒を飲むと分かりやすいくらい酔っ払いを見せる女だった。そして私は考える。なぜ私は今わざわざこいつのトイレについて行っているのだろうか。私自身は特にトイレに行きたい訳でもないし、よくよく考えたらリーダーに変わってもらえばよかっただけだ。

 夏羽がトイレから帰ってくるまでの間、私は煙草を吸って待っていた。十五分しても夏羽が帰ってこないので、あと五分待ってみることにした。二十分しても帰ってこないので、さてどうしたものかと悩んでいたら、先まで伸びていたカケルがやって来て、即座に状況を説明したら迷いなく女子トイレに入って行って、便座に座って眠っていた夏羽が帰ってきた。

 私はこのとき、二人の関係性に強い疎外感を覚えた。それと同時に、公衆トイレで眠る夏羽と迷いなく女子トイレに入って行ったカケルに嫌悪感みたいなものを感じていた。


 二十五


 小学六年生になって私は野球俱楽部を辞めた。

 監督が変わって、頑なに攻めて攻めて攻めまくる攻撃スタイルから、堅実に守って守って守りきる防御スタイルになって方向性が合わなくなって、私以外にも一緒に続けてきた、数人の友人たちも辞めた。

 前の監督は、若くて明るく常に野球を楽しもうとする監督で、婦人たちにも人気があって、それに成果をあげて大会で優勝したりすることも多かった。

 だが今の監督は、年寄りの寡黙頑固ジィで怒る時は、今目の前で殺人事件でもあったんではないかと思うくらい唾を飛ばしてヒステリーに叫ぶ癖があったのと、二回ほど大会があって全部初戦で負けたりとどう考えてもチームカラーに馴染んでいなかったのが原因としてあった。

 私は残りの八か月間バスケ俱楽部に入った。一緒に野球をしていた友人たちもそこに入っているとのことで、誘われて入ってみたら案外楽しかったので土日はバスケになった。

 それにバスケは野球と違って休み時間に練習も出来るので、野球みたいに人数と場所と道具と服を用意する手間がないのは、私のこの六年間における一種の革命であった。

 こうして私の将来の夢はバスケットボール選手になった。特に理由はないが、それしか考えられないと思った。

 この頃の私は世間一般的に言う浮気をしていた。私はバスケ俱楽部の女生徒と携帯メェルを通じて付き合うことになっていたのだ。アドレスは私が直接聞いた。そしたら二つ返事で了解をもらえた。私は彼女のことが好きだったのだと思う。オデコは広めだったが、全体的な器量は良かったし、快活で元気がよく却ってオデコがチャアムポイントなほどだった。だがお互い恥ずかしくて、放課後に遊ぶことはおろか、デェトなるものをすることは一度もなかった。我々の関係は誰にも知らせず、メェルでのやり取りのみだった。そして十二月の暮れに私は別の女生徒・A子と浮気をした。

 A子は学年で一、二と言われるほどの器量の持ち主で、四年生の頃一緒のクラスだった。だが当時は殆ど喋ることはなかったと思う。私も坊主頭で野球一筋といった感じであったし、A子は可憐な花みたいな存在で、住む都が違いすぎたのかも知れない。大方私がカンカン照りの太陽の下で白球を阿呆みたいに追いかけている間、A子は冷房のきいた部屋でご本でも読み、勉学とかピアノにでも励んでいたのだろう。

 だが六年生になって私は髪を伸ばしはじめおり、母親に美容室にも連れていってもらってわりかし整えられていた。母親は元々私が野球漬けの、中毒状態になることにそれ程賛成していた訳ではないことは承知していた。どちらかと言えば教養や上品さを身につけて欲しかったのだろう。野球は父親の勧めで、残りの学習塾、習字教室、スイミングスクールは母親の勧めであった。私立の中学校に行って欲しいことも知っていた。

 私は昔から婦人たちにはよく可愛いと言われる顔の持ち主らしく、いつも優しくしてくれた。それが原因かは分からないが、突然、クラスの女生徒を通じてA子のアドレスに連絡して欲しいとのメェルが送られてきた。

 私はその後A子とお付き合いをすることになった。A子は四年生の頃から私のことが好きだったらしい。それにA子は私がオデコと付き合っていることは知らない。私はそのことを言わなかった。きっとA子に半ば告白のようなことを言われて思いあがっていたのだろう。そのまま正月が過ぎて一月の始業式までA子とのメェルのやり取りは続いた。オデコとのやり取りは殆ど無かった。A子と私は会って遊ぶことはなかったが、お互い好きだという風なやり取りをしていた。始業式の時に運動場でA子を見かけた。彼女は恥ずかしそうに腰の辺りで手を振ってくれた。私も浮かれてやあという風に手をあげた。A子の周囲にいた友達がそれを冷やかすように背中を押したりしていた。

 数日後、入浴を済ませ、ベットで携帯を開くとオデコからメェルが送られてきた。

『ケンジ ウワキ シテマスヨネ?? ワタシヨリA子某 ノホウガ スキ??』

 私は肝が冷えて尻の穴から全身にかけてぞわっとした。何でばれたんかな。何でこんな平仮名ばっかりなんやろか。などと脳内にあらゆる疑問を浮かべながら数時間が経って、素直に謝ることにした。

『ごめんなさい。A子と付き合ってしもうた。ほんまにごめん』

 私はふぅっと一息ついてベットに寝転がった瞬間、すぐに返信がきた。

『アヤマッテモ ユルシマセンヨ ケンジ A子某 フタリトモ シネ』

 なんて口が悪いんだろうと思った。彼女は私と付き合っていた時はそのような粗雑な言葉遣いなど一つもしなかったはずなのに、浮気が発覚した次の間にはこうも変貌してしまうものなのか、女という生き物は。

 だが事実私に非があるのは間違いないので、何度も謝罪メェルを送り続けることしか出来なかった。その後オデコとの関係は一切無くなった。バスケ俱楽部で会っても私には見向きもせず、いないものとして私を扱った。私も気まずい思いをせずに済むので却ってその方が楽だった。

 そのやりとりがあった二日後、A子にも振られた。原因は私がオデコと付き合っていた事を隠していたからだという。それでも私はA子を選んだのだが……女は良く分からない。

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